夏油
夏油君の「またね」はあの日だけではなくあれから毎日私の前に現れるものとなりました。これから一緒に過ごす同級生を無下することはできず寮の広間で長くはないですが二人でお喋りをします。ですが私は人と話すのが得意ではありません。あの村人達以外とどう話して良いか分からず言葉を詰まってしまったりしどろもどろになってしまいます。それでも彼は私の話を最後まで待ってくれます。聞いてくれます。
「明日が入学式だね」
「そう、だね」
彼が来てから私の一日は早く過ぎていきます。もう明日が入学式。呪術師としての生活が始まるのです。この学校は特殊なので入学式と言っても来賓はありません。両親の参加もありません。そもそも呪力がないと入れないので生徒も少ないのです。夜蛾おじさんから聞いた話では私以外にも数人の生徒は入ると言ってました。でもこの寮は私と目の前の彼しか住んでいません。そうしたら数人ではなく私の他にもう一人の表現の方が正しいでしょう。では残りの人達は何処へ?
「あの、私達以外は何時寮に来るのかな」
「あれ?冬月さんは夜蛾先生から聞いてなかった?残りの二人は明日の入学式を終えてから来るみたい」
「……初めて、聞いた」
「俺も寮に行く前に夜蛾先生に挨拶に行った時に聞いて、そうしたら教えてくれたんだ」
私には全くそのような事を教えては下さらなかったのに夜蛾おじさんは酷い人です。それか私が興味を持たないと思いあえて言わなかったのかもしれませんが。そうなると否定はできません。
「それと一緒に教えてくれたんだ。今寮に居るのは部屋に引きこもりの一人だけ。と」
それは明らかに私を指していたでしょう。真実ではありますがなんと酷い伝え方でしょう。夜蛾おじさんは酷い人です。
「…その伝え方はどうかと思う」
「でも事実だった」
「……否定は、しないわ」
私はそっぽを向くと向かいから笑い声が聞こえてきます。しかし今の話で彼が私に来た理由が夜蛾おじさんの計らいだと判明しました。薄々そうだろうと感じてはいましたが。
「俺達の同級生の内の一人は呪術に歴史がある家みたいだ。だから色々と準備をしているのかもしれないね」
「よくそんなに情報を入手したのね。あなたも呪術師の家系?」
「いや俺は非呪術師の家庭さ。此処の人達に声をかけられて。冬月さんは?」
「夜蛾おじさんが私を誘ってくれたの。私は、呪術師の家系だけど何十年もみんな術式も呪力も持たないで…それで、それで…」
人な何も持たないのが当たり前になると少しの異変を感じただけで恐怖します。平常ではいられなくなってしまいます。初めは小さい小さいものだったとしてもそれが次第に大きくなっていき、そして
「冬月さん?」
私を呼ぶ声でハッとします。目の前の彼は不思議そうな顔で私を見ていました。
「嫌な話題だったかな。気分を悪くさせてしまってごめん」
「ちっ、違うわ!私が、悪いの。私から話題を振ったのだから!ご、ごめんなさいっ…」
自分が嫌になってしまいます。勝手に考え込んで相手を困らせてしまうのだから。恐らく夏油君は夜蛾おじさんから或は私との会話で実家やその村に確執があると薄々は感じ取っている筈です。
「じゃあお互いに悪かった。という事にしようか」
「う、うん…」
それでも彼は普通にこんな私に接してくれます。話しかけてくれます。可笑しな人。村には彼の様な人は居ませんでした。恐らく外に出ても彼の様は人は中々現れないでしょう。だから
「あ、あのね。私、その」
普段の私よりも一歩前へと、踏み出してしまうのです。
「…苗字で呼ばれるのがあまり好きではないの」
苗字は家系を表すもの。私があそこに住んでいた。あの人達の血が流れている。というのを嫌でも感じられ、私を縛り付けるもの。
「だから、私のこと、なっ名前で読んでもらえますかっ…!」
いきなり名前で読んで欲しいなんて馴れ馴れしいと思うでしょう。それでも私は此処では冬月の人間ではなく、百合として見て欲しい。そう思ってしまうのです。
「分かったよ百合」
「ん"んっ…!あっ、ありがとう」
まさか呼び捨てで呼ばれるとは思っていなかったので不意打ちを食らいましたが夏油君は私の要望を受け入れてくれました。一安心をしていると
「そうなるとフェアじゃないから俺も下の名前で呼んで貰おうかな。勿論君付け無しで」
「…ええっ!?」
まさかそうくるとは思わず驚く私に夏油君は「ほら、早く」と笑いながら急かしてきます。これは言うまで納得をしない流れでしょう。自慢ではありませんが今まで男の子を呼び捨てで呼ぶなんてことがなかったのした試しがありません。
「…す、すっすすー!」
「ラマーズ法みたいだ」
「すっ、傑…」
「んっ?どうした百合?」
第三者から見たら私たちは馬鹿なやり取りをしているでしょう。そして彼の返答に恥ずかしさが頂点に達し、顔が急速に赤くなるもの分かります。そんな私を
「百合の肌は白いから赤くなるのがすぐ分かるね」
げとう、いえ傑はまた楽しそうに笑って私を見るのでした。