夏油

私が住んでいた所は東京から遠く遠く離れた冬には雪で覆い尽くされる山奥にあります。春、と言ってもまだ雪も残る季節に私はとある理由で東京へ移り住みました。
寂しいとは思いません。だってあそこには素敵な思い出がないのだから。ただ、ただ辛い思い出だけだから。会いたいと思う人もいません。あの人達と私は互いに傷つけ合おう事しかできないのだから。
東京から遠い遠くにある村に、他所からくる人も偏狭なこの村にサングラスをかけたおじさんが現れて私を東京へと連れ出してくれました。
少し早めに寮へ入り4月の入学式がくるのを待ちます。その間私はずっと部屋の中で過ごします。サングラスをかけたおじさん、夜蛾おじさんは部屋に籠ってばかりではなく外へ出てみたらどうだと小言を言いますが出たくありません。外には人が溢れかえっているから。
閉ざされたあの村が嫌で東京へ来ました。しかしやっている事は変わっていません。離れても私の本質が変わらなければ何も変わらないのでしょう。少しの諦めを感じながら今日も1日が終わっていきます。


そろそろで四月になるある日の事です。私の部屋の扉を、ノックを叩く音が聞こえます。此処へくるのは夜蛾おじさんだけです。でもそのおじさんも「冬月入るぞ」と私の苗字を必ず呼びます。では扉の前にいる人物は一体誰なのでしょう。居留守をしたいのですが此処で無視をしてバレたら夜蛾おじさんに叱られてしまうかもしれません。恐る恐る扉を開けると私よりも少し背の高い男の子が立っていました。

「……」
「初めまして。俺は夏油傑。君は?」
「…冬月百合」

人と喋るのは苦手です。それにあちらから私に会いに来たのですから黙っていたら、男の子はそんな私を気にせずに外用の笑顔でしょうか笑みを貼り付けながら自己紹介をしてきました。

「俺も君と同じ一年で今日、寮に来たんだ」
「そう、ですか…」

挨拶も済ましたのでこれで良いでしょう。扉を閉めようとしても男の子はどいてくれません。扉を閉められないのです。私が迷惑そうな顔をしても目の前の男の子は笑みを貼り付けたまま立っています。それどころか手を差し出してきたのです。

「…何?」
「握手。これから長く過ごしていくのだからその挨拶さ」
「……」
「嫌だった?」
「嫌、と言うよりも…貴方が、その…困ると思う
「ん?何だい?」
「…貴方が困ると思う」

目の前にある手を私は躊躇してしまいます。あの時から皆が私に触れるのを近寄るのを避けてきたからです。実の両親さえも隠していたかもしれませんが私に触れるのを恐れていたの知っています。

「どうして困るの?」
「私がみんなを凍らせてしまうからって…」
「凍らす…。それが君の術式?」
「うん…」

男の子は優しい声で私を探り入れます。でもそれが不思議と不快には感じません。そういえばこのようにまともに喋ったのは夜蛾おじさん以外だと久しぶりです。

「凍らせたいとは君がそう思ったから?」
「そんなことない。したいとも思わないわ!」

私はみんなを凍らせたいとは思っていません。傷つけさせたいとも思っていません。それを主張してもあの人達は聞く耳を持ってくれませんでした。それどころか更に私を恐れ遠ざかっていくのです。

「だったら君は何も気にしなくていいじゃないか」
「…」
「此処は君と同じ人達が集まる場所。勿論俺もその一人だ。気にしなくても大丈夫だ」

彼は自分は大丈夫と言います。可笑しな人、もしも私が術式を発動してしまってもそのような事を言える保証などないのに。可笑しな人、まだ呪術師にもなっていないのにどこからその自身がくるのでしょう。しかし、この人はあの人達とは違い私と向き合おうとしてくれています。その勢いに押されてしまい私はおずおずと彼の手を握ります。

「よろしく」
「よ、よろしくお願いします…」

私と同い年ですが彼の手は大きく私の手をすっぽりと包み込みます。それが何だか恥ずかしい気持ちになりました。

「俺は今から届いた荷物の片付けをするから。またね冬月さん」
「ま、またね」

私が恥ずかしがっているなど彼は気づかずに手を話部屋を後にして行きました。扉が閉まり残ったドキドキしている私一人。顔が熱い。今鏡を見たら私の顔は赤くなっているでしょう。彼はそんな私に気づいていたでしょうか?それと同時にどっと疲れを感じました。あんなに人と喋り、触れたのは久方ぶりです。
それに「またね」と言ってましたが後でまた私の前に現れるのでしょうか。たった数分の出来事なのに彼、夏油傑は私にとって穏やかなのに嵐のような人でした。




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