どうやって迎えますかif | ナノ

伊地知


「伊地知さんはえらいねぇ」
「え、偉い、ですか?」
「うん、えらいよー」

高専内でデスク作業に追われていた伊地知はエナジードリンクを買いに自販機へ向かった。そこで呪術高専の生徒如月琴葉と出会した。

「あー。伊地知さんだー。こんにちはー」
「こんにちは、如月さん。校内で授業だったのですか?」
「そうなの。五条先生に体術教わってたんだー」

「お陰で体のあちこちが痛いんだよねー」と言いながら如月は自販機で炭酸飲料を購入する。
五条は伊地知にとっては二つ上の先輩で如月にとっては担任という接点がある。あの五条が生徒と言っても優しく教えるとは考えにくい。きっとスパルタだった筈だ。しかし如月はそんなそんな素振りを見せず炭酸飲料を口に入れる。

「伊地知さんは今日が学校内でお仕事なんだねー」
「ええ、次回の仕事の書類の作成をしていました」
「へぇー」

ここで二人の会話は途切れる。補助監督の伊地知と生徒の如月は任務の時に同行する関係で校内でこのように喋るのは稀だ。それに如月は女子高生で高校を何年も前に卒業した伊地知にしてみれば関わりの少ない未知の存在だ。下手に会話をしてセクハラだと言われてしまったらどうしよう。仕事以外の会話となると身構えてしまうのだ。
伊地知が気まずさを感じていることなど気にもせず如月は飲み物を買ったのに去ろうせず伊地知を見つめている。目当ての飲み物を買ってお暇しよう。そう思いながらエナジードリンクのボタンを押そうとしたところ、上記の会話が始まったのである。いきなり褒められ動揺した伊地知ばエナジードリンクの隣のボタンを押してしまったがその事実に気づいてはいない。

「私達がこうやってお仕事にできるのは補助監督の伊地知さん達のお陰だもん。えらいよー」
「それは如月さん達が円滑に仕事をこなして頂く為に当然なことなので」
「その当然をするのに沢山の準備をしているんでしょ?そんなしんどそうな顔をしながら」
「…私そんなにひどい顔をしています?」
「夜歩いてたら一般人に心配されるか、声上げられそうな顔してるー」

遠回しに伝えているつもりだろうが直接的な伝え方に自分は今どんな表情になっているのだと少しショックを受けてしまう。

「それに五条先生の無茶振りにも対応しているんでしょう?凄いよー」

五条悟は地位もあり力もある何もかもを持ち合わせている…敢えて持っていないものがあるとするならばそれは性格だろう。五条の思っている平均は他から見たら平均を軽く飛び越える無茶なものばかり。そんな五条の無茶を伊地知は何年も対応してきた。

「伊地知さんって五条先生の後輩だよね。ってとこはそこから十年近くはやってきたんだよね。…うん。凄いよ」

最後の方は何時もの間延びした言い方ではなくしみじみとした口調になっており本気で尊敬されたというのが分かる。逆に自分の生徒にここまで言わしめる五条とは、とも思ってしまう。

「伊地知さん、頭下げて」
「はい?」
「いいから、下げてー」

何がいいからなのか。そんな疑問を持ちながらも如月に言われた通り頭を下げる。

「伊地知さんはえらいねぇ」

先程を同じ台詞を言いながら如月は伊地知の頭を撫でてきた。何が起きたのか思考は追いつかずフリーズしてしまう。しかし今の光景を他の人に見せたらまずい。それだけは伊地知は理解し、透かさず頭を上げた。

「うわー。びっくりー」
「びっくりは私の台詞です!いきなりどうしたんですか」
「ねえねえ伊地知さんは甘いお菓子好き?」

話を聞かない如月に五条の姿を連想される。これは自分の話は聞いてくれないと伊地知は諦め「甘過ぎなければ」と返事をする。第三者がこの流れを見ていたら「そういうところだぞ伊地知」と思うだろう。

「甘過ぎないのね。わかったー」

一体何が分かったのか。如月はそう言うと「またねー」と言ってい去ってしまった。彼女は一体何がしたかったのか。未知の生物との遭遇に伊地知はどっと疲れが押し寄せる。
そうだ。飲みのもを。そう取り出し口に飲み物があるのを思い出し取り出してみると出てきたのはエナジードリンクではなくフルフルプリンシェイク、甘いデザート系の飲み物で。そこで伊地知は自分がボタンを押し間違えたのを理解した。




「おーい、伊地知さーん」

女子高生に頭を撫でられるという出来事から数日後、二年生の仕事の同行を終え報告書を作らなくてはと高専内を歩いていると間延びしたあの声が聞こえてきた。

「如月さん、どうされましたか?」

如月個人が伊地知に用があるとは考えにくい。では誰かに頼まれたのか。そう思っていると如月が伊地知にある物を差し出しす。それは透明な包装袋に入って可愛らしくリボンで巻かれたカップキーキであった。

「これは」
「お菓子作ったんだー。あげるね」
「あ、ありがとうございます」
「もしかして他人の手作りは嫌なタイプだったー?」
「いえ、そんなことはありません」

なでなでの次は女子高生の手作りお菓子。これは一体何のイベントだと伊地知は混乱をしてしまう。そんな伊地知に如月は「真希先輩も戻っているか」を聞いてきた。

「ええ、禪院さん達も既に校内にいます」
「良かったー。真希先輩達にも作ったんだー」

そう言って可愛らしい紙袋の中身を伊地知に見せる。紙袋の中には伊地知が貰ったのと同じ個装されたカップケーキが入っていた。どうやら伊地知以外にもお菓子を配っているようだが何故仲の良い先輩や同級生はまだしも自分に渡すのかと不思議に思う。しかし如月はそんな伊地知の疑問を気にせず「次会ったら感想聞かせてねー」と言い、去ってしまった。嵐のように現れて去っていく如月に呆気に取られるが貰ったものを蔑ろにはできない。事務室に戻り食べてみると見た目に反して甘さ控えめであった。


◆◆

それから伊地知は如月と会う機会が増えていった。手作りのお菓子や既製品のお菓子も貰ったりし次にあった時にその感想を話す。会話が続かないと当初は思っていた如月と話の話題が増えていく。どうやら如月は伊地知の疲れを緩和するのにお菓子を渡しているのだと最近になって気づいた。ストレスを軽減すると謳い文句にしているチョコを貰ったのだから気づかない方がおかしい。そして話していく内に、未知な生物と思っていた如月についても分かってきた。

如月琴葉はのんびりした口調に対し言う内容は厳しかったり、キツく感じたりすることもある。マイペースを超え我儘だと思われる行動を取ることもあるが、甘いお菓子やスイーツが好きで釘崎と一緒に買い物を楽しむ仲間思いの何処にでもいる女の子だ。そう、何処にでもいる女の子。
仕事の前は何時も通り振る舞っているが気を張り集中しているのを如月と関わってから気付くようになった。仕事が無事に終わるとその集中が切れたようにふにゃりと笑い「終わったよー」と言って戻ってくる。帰る時には口数も行く前に比べ多くなる。まだまだ子供で、何処にでもいる女の子なのだ。
如月だけではない。虎杖も伏黒も、釘崎もまだ子供なのに彼等は危険と隣り合わせで傷つきながらも前に出て戦う。まだ思春期という複雑な感情の中で人の死と負の感情に直面しながらも前に出て戦わなくてはならない。その為補助監督は彼女達、呪術師が思いっきり戦えるように準備をするのだ。少しでも彼女達の負担を減らせるようにと。だが、それでも様子外の出来事が起き最悪へと繋がってしまう。

ハンドルを握る手が強くなる。アクセルを踏む力を強めるがそれで後ろの彼女の負担にならないように意識をする。
如月が負傷した。一緒に仕事をしていた生徒を庇い傷を負ってしまったのだ。仕事は達成したが如月の体調は悪くなる一方だ。自分達はどうにかして帰るから如月を病院げ連れて行ってと残った生徒達に促され伊地知は病院へ向かう。

「ぃ…じち、さん…」

後部座席から声が聞こえる。普段とは違う弱々しい声が。

「もう直ぐ病院に到着しますから安心して下さい」
「ご、めんねぇ…」

声を固くならないよう、不安にさせないよう何時も通りの声を装うも返ってきたのは謝罪の言葉であった。

「いっぱい、いっぱい伊地知さんが頑張って準備してくれたのに…迷惑かけちゃった。病院の、手配もしなくちゃ…だよねぇ。仕事増やしちゃって、ごめんなさい…」

小さな、消えそうな声で独り言を呟くかのように如月は言う。その内容に何を馬鹿なことを言っている。と強い口調で言いそうになるのを伊地知は堪える。
自分達は戦えるよう、戦えやすくなるよう準備をするが逆に言うと彼女達を傷つけてしまう道を作っているのも大人の、自分達によるものなのだ。伊地知よりも小さな手で彼女は戦っている。今もこうして傷つきながらも戦っている。そんな伊地知に如月は迷惑を掛けてごめんなさいと言ってくる。

「謝らないで下さい。貴方達のサポートをするのが私達の仕事なのです。謝らなくて良いのです。気にしなくて良いのです。それで如月さんが死んでしまってはそれこそ私達の頑張りも意味がなくなってしまいます」

伊地知は呪術高専に学生として入学してから今になるまで多くの人の死を見てきた。同級生や先輩や後輩が死んでしまい、補助監督になってからは同僚や自分が送り出した生徒が帰らぬ人になってしまうことも度々あった。

「貴方はまだ学生です。子供なのです。大人を頼って下さい」

他にも言いたいことは沢山あったが今の如月の状態から最低限の伝えたい内容を言う。普段は言わない伊地知の強い口調に如月も驚くが小さく「ふふっ…」と笑うのが聞こえた。

「伊地知さん、大人なこと言ってる」
「大人なこと、ではなく如月さんから見たら大人です」
「ふふふっ…。そうかぁ、大人かー。…じゃあ大人な伊地知さんに、甘えてちょっと寝るねぇ…。あ、とは…よろしく…」

その言葉通り如月は喋らなくなり聞こえてくるのは寝息だけ。後もう少しで病院に到着をする。次に如月が目を覚ます時には何時もの間延びしたのんびりな口調で自分に喋り掛けて欲しい。

◆◆◆

如月が怪我を負ってから少し月日が経った。あれから如月は何時もの、伊地知が知っている如月琴葉で過ごしている。何時も通りの日常だが如月が伊地知の顔を何も言わず見つめる回数が多いこと気づく。「どうしました?」と聞いても「んーん。何でもなーい」と答えが返ってくるだけ。如月と距離が縮まったと思ったがやはり不思議な、未知なところもまだ多い。今日も片手に如月から貰ったお菓子を持ちながら伊地知は思う。


秋に突入し掛けた時期。呪術高専の東京校と京都校の交流会に、校内に呪霊が現れる前代未聞の事態が起き、呪術師や補助監督数名の犠牲が出てしまう。生徒達も交流試合の時に特級呪霊と遭遇し戦ったが誰一人死人は出なかった。しかし重症の生徒は数人いてその中に如月は含まれていた。それが伊地知の耳に入った時背中がすぅーと寒くなるのを感じる。如月の容体を確認したかったが呪術高専は今までにない事態に混乱が生まれ情報収集が必要だ。伊地知もその中に駆り出され如月に会うタイミングを作ることができずにいた。それから数日、如月は元気に過ごしていると人づてに耳に入りほっと胸を撫で下ろす。時間が空いた時に会いに行こうと思っては見るがこれから起こる仕事の山々に立ち塞がれ、叶うことはなかった。


それから呪霊の襲来から仕事に追われてた伊地知だが急に明日から数日間の休暇を得ることになる。更にそこに今日の夜、以前から素敵だと思っていた女性に食事に誘われた!まるで夢のようなお誘いに何が何でも今日中の仕事は早めに終わらせなくてはいけない。

「おーっと。伊地知さん発見。お久しぶりでーす」

浮かれている伊地知の前に如月が現れた。そういえばこうして如月と会うのも久々だ。

「お久しぶりです。如月さん、あれから容体はいかがですか?」
「元気だよー。伊地知さんは何だか嬉しそう。良いことでもあったのー?」

何時もとは違う伊地知の雰囲気を察し如月は訪ねてみる。

「実は明日から数日間のお休みを頂きまして」
「そうなんだー!良かったねー。最近の伊地知さんお仕事大変そうだったもんね」
「それで今日の夜食事に出かけることになりまして」
「へー。ご飯食べに行くんだ。誰と行くの?」

浮かれに浮かれ過ぎていた伊地知は如月の雰囲気が変わったことにも気づかずに話を続ける。

「実は、その…家入さんとです」
「うそー!家入さんと?二人ってまさかそんな仲良しさんだったのー?」
「そんな恐れ多い!先程喋っていたら誘われたもので…」
「へぇ。ねえねえ、伊地知さんは家入さんが好きなの?」
「すっ…!?」

如月の豪速球なも質問に伊地知は声が出なくなる。女子高生はこうも恋愛話は好きなのだろうか。

「好き…と言うよりは、素敵な女性だと思います」
「素敵な女性と夜のお食事。なるほどー。嬉しいよねー。なるほどー…」
「も、もう私の話はいいじゃないですか!そういえば、如月さん。その紙袋は」


恋愛話を女子高生に伝えると言う羞恥プレイに伊地知は耐え切れなくなり違う話題を探す。目に入ったのは如月が持っている紙袋。中にはお菓子が入っていであろう。そして何時もの流れならそのお菓子を伊地知は貰って…

「んー。伊地知さんには、あげない」
「えっ」

まさかの渡さない宣言。今までになかった流れに伊地知は動きを止めてしまう。

「だってこのお菓子食べて折角の素敵な夜の食事が食べられなくなったら家入さんに失礼だよー」

「だからあげないよー」と理由を言う如月に怒らせたのではないかと思った伊地知は安堵する。

「じゃあ、伊地知さん。お休み楽しんでね」

そう言って如月は伊地知から去って行くが去り際に「日下部先生にあげよっかなー」と声が聞こえてきた。理由があって貰えないのは分かる。しかし今直ぐには食べなくても夜に食べたりや次の日に食べたりはできる訳で。何時も渡される甘さ控えめなお菓子。それが自分ではない違う人に渡る。寂しさを感じた。


◆◆◆◆

家入との食事は蓋を開けると五条とも一緒の食事で。それはそれで楽しく、その後の数日の休みも有意義に過ごせリフレッシュをした伊地知だったがいざ職場へ戻ると五条による大量の仕事を持ち込まれ、書類を作り走り回る日々が始まった。
そんなある日、校内で伏黒が如月をおんぶしているという不思議な光景に出会した。

「あー。伊地知さんだ。お久しぶりでーす」
「こんにちは」
「伏黒君、如月さん、一体どうしたのです?」
「今日の課題で伏黒君を庇ったら足捻っちゃって、家入さんの所までおんぶして貰ってるのー」
「と、いう訳です」
「はぁ…」

庇って怪我をした。それは前回もあったが今は足の捻り以外は怪我はなさそうで安心をする。が、異性がこうも密着をしてのおんぶとは。伊地知が高校生の時にはこのようなことは起きなかった。それも誰とでも仲良くなる虎杖とではなく伏黒と。だからか二人の距離の近さに驚いてしまう。しかし伏黒も課題で疲れている筈だ。それだったら

「よろしければ、私が如月さんを連れて行きましょうか?」

自分で言った内容に伊地知自身も驚いた。まだ自分の仕事も山程残っている。正直言うと如月を連れていく余裕なぞない。では、何故伊地知は咄嗟にあのようなことを言ったのか。伏黒も意外だと言いたげな驚いた顔で伊地知を見る。

「大丈夫だよー」

二人が驚いている中で如月だけが何時もの口調で伊地知の提案を断る。

「だってこれは伏黒君を助けたことへのお礼なんだよー。伊地知さんもお仕事あるし、伏黒君の私への気持ちを蔑ろにできないよー」
「いや、オマエがおぶれって言っただろう」
「あー。足が痛くなってきたかもー。いたーい!ほら早く連れっててー。じゃあねー伊地知さん」
「大声で喚くな。うるせぇだろ。…失礼します」
「はい…。如月さん、お大事に」

二人が伊地知から離れて行くも会話が伊地知の耳にも入ってくる。

「ねえねえ伏黒君。疲れちゃったなら式神使ってもいいよー。満象でもいいんだよー。王族ごっこができるね!」
「それ以上言ったら蝦蟇にぶっこむからな」
「蝦蟇は羞恥プレイだよー」

会話はアレだが男女の同級生の姿は傍から見たらジャレ合っている可愛らしい恋人に見えるだろう。その光景を忙しいにも関わらず伊地知は思わずじっと見つめてしまってた。

◆◆◆◆◆

ここ最近如月に避けれれている。それに気づいたのは会う回数が減ったからであった。伊地知は社会人で仕事があるし、如月も学生でありながら呪術師の仕事もしているのでしょうがない。そう思っていたら会う回数は、お菓子を貰うようになった以前に戻っていた。伊地知は気づく。如月が伊地知に会う為に出向いてくれていた事実に。そして伊地知自らが如月に会いに行くことがなかったことに。如月が現れない、それでけでここまで会う機会が減ったのだ。
では何故、今まで如月は会いに来てくれたのか。そして何故会いにこなくなったのか。彼女のことが分かってきたと思ったがやはり分からず如月琴葉伊地知にとっては未知な生物だ。
しかし何気ないお菓子の話を楽しそうにするあの間延びした声が聞けなくて寂しさを感じている自分がいることに伊地知は薄々気づいていた。

◆◆◆◆◆◆

久々に一年生の補助監督を受け持った。久々に会う如月は変わらず伊地知に接し喋りかける。その姿に自分の杞憂だったのか。会いに来なくなったのは単純に如月の気分が変わっただけだったのかもしれない。

仕事も誰一人怪我をせずに終え帰るとなった時、虎杖は映画館へ伏黒は本屋へ釘崎はショッピングへと伊地知の車には乗らずにそれぞれしたいことをしてから帰るとなる。何時もなら釘崎と一緒にショッピングをして帰る如月だけが今日は真っ直ぐ帰ると言い、一人だけ伊地知が運転する車に乗り帰宅をする。
如月は助手席に座るも行きとは反対で何も喋らず車内は沈黙が覆う。何を、どう話せば良いのだろうか。思えば話題を持ちかけるのは何時も如月であった。

「どこか、調子が悪いのですか?」

考えに考えて伊地知から話題を振ってみる。如月はずっと窓の景色を見て何も言わない。もしかしたら調子が悪くて先に帰るとなったのかもしれない。


「はー?」

返ってきたのは時々出てくる如月の強い口癖。どうしよう。勇気を振り絞って声を掛けたがもう心が挫けそう。しかし何とか踏みとどまり話を続けてみる。

「先程から静かでしたので気分でも悪いのかと」
「この渋滞で動かないんだから気分が悪いもなくない?」
「では眠かったとかでしょうか。すみません。声を掛けてしまって」
「眠くもないけど。…考え事をしてただけー」
「考え事ですか。私で良ければ相談に乗りますが」

そう提案をしてみると如月は伊地知の方へ顔を向け、表情は何処と無く怒っている。

「それは“大人“として相談してくれるってこと?」
「ええ…。私ができる範囲であれば」
「できない範囲だったら答えられないってことだよね。人の悩みを聞くだけ聞いて答えられなかったら、それってただの無責任じゃん」

何時もの間延びした口調ではない。これは怒った時の彼女の口調だ。どうしよう。私、彼女の逆鱗に触れるようなこと言ってしまったか?

「それでも言ってみたたら解決に繋がるかもしれませんし、言って心が軽くなる場合もあります」
「……。へぇ。そこまで言うんだ。だったら言ってあげる」


少し黙って考え込んだ如月であったが伊地知の提案を受け入れる。伊地知が如月が何と言うか固唾を飲んで待ってみる。彼女は一体何を悩んでいたのか。自分が答えられる範囲だと良いが。もしも答えられなくてもできる限り一緒に考えてみよう。



「好きだよ。伊地知さん」
「………えっ?」


今、一体彼女は自分に何と言った?


「一生懸命私達の為に仕事をしているところも、五条先生の無茶振りに死にそうな顔をしながら対応してるところも、無理して自分に頼れって言っちゃうところも…優しいところが、好き」
「えっ……。はっ…?」
「お菓子作って渡したのも最初は死にそうな顔して仕事してるからかわいそー。って思ってやったことだったけど、あれ伊地知さんの為に作ってたんだよ。伊地知さんも薄々気づいていたよね」
「そ、その」
「家入さんとご飯食べるとか、素敵な人って聞いた時すっごくイライラした。その理由が最初は分からなかったけど好きだから苛々しちゃうんだって、嫉妬しちゃうんだって分かったの」
「ーーー」
「伏黒君におんぶして貰ってた時、代わってくれるって言って貰えて嬉しかった。でも保健室で家入さんと喋るのは見たくなかった。嫉妬してる私を見られたくなかった。だから断ったの」
「ーーーーー」
「今日だって私だけが残ったのは久しぶりに伊地知さんと一緒になれるから。でも、ドキドキしちゃってなんて話したらいいか迷ってたら私を迷わせる当の本人が「悩みを言って下さい」なんて言うんだもの」


ほんっと、苛々しちゃう。

まるで物語を朗読するかのように流暢に喋る如月に伊地知の思考は停止をしそうになる。今が渋滞で良かった。こでが走行中ならこの車が事故になってたかもしれない。それ程伊地知にとっては衝撃的だった。如月琴葉が伊地知を好きだという事実に


「ほーら!言って困っちゃってるじゃん。んー。でも、本人に言ったらスッキリしたしたから伊地知さんの言ってたことは当たりだったね。ということで」

これからよろしくね。伊地知さん。

可愛らしい笑みを浮かべながら如月は伊地知の太ももに自分の手をそっと乗せる。いやちょっと待って

「如月さん!貴方、何処に手を置いているんです!?」
「何処って伊地知さんの太もも。軽く乗せてるだけじゃん。あー!えっちなこと考えたー?やらしー」

普段の間延びした口調に戻りながら如月はニヤニヤ笑っている。自分の想いを伝えたことで苛立ちはなくなりスッキリしたようだ。しかし、それと反対に伊地知は混乱の中にいる。

「えっち!?そ、そんなことは考えてません!」
「本当かなー?」
「それに、如月さんが思っている感情は学生の、思春期の時には誰もが持つ感情でそれが偶々渡しだっただけで恐らく好きという、恋愛感情では…」
「やめて」

ないはずです。そう伝えようとしたが如月の声で遮られてしまう。

「私のこの想いを否定しないで。他の誰でもない、貴方が否定しないで」

真っ直ぐに伊地知を見つめる目は一途さと熱情が含まれていて、その瞳に見つめられ伊地知の心臓は強く高鳴り、顔が熱くなっていく。
これは、突然言われ驚いてこうなっているのだ。そうでなければ、そうでなければ…

伊地知の脳裏に浮かぶのは自分の先輩でもあり彼女の教師でもある男の姿。それを考えるとまた別の意味でも心臓が早くなる。

道路の渋滞はまだ続いており車が走る気配はない。この間、そしてこれから自分はこの想いにどうすれば良いのか。伊地知潔高は隣の彼女の視線を感じながらこれからのことを考えた。


君の隣を僕で埋めたい
title.子猫恋


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