伍
昨日の雨とは打って変わって今日は日差しが強く初夏を感じさせる。治療を終えた私と野薔薇ちゃん、伏黒君は校内にある神社に腰を掛ける。此処に虎杖君の姿はない。ううん、虎杖君はこの世にもういないのだ。彼の死に立ち会った伏黒君が聞いた、虎杖君が私達に言った言葉
「長生きしろよって…自分が死んでりゃ世話ないわよ」
「そうだね」
「…アンタ達仲間が死ぬのは初めて?」
「同級生は初めてだ」
「私も」
「伏黒はその割に平気そうね」
「……オマエもな」
「当然でしょ。会って二週間そこらよ。そんな男が死んで泣き喚く程チョロいおんなじゃないのよ」
野薔薇ちゃんはそう言うが、唇を噛んでいるのを見てそれが本心ではないと分かる。
「琴葉はどうなの?」
「私?」
「アンタ、虎杖を気にかけてたじゃない」
「まだ実感がわかないんだ。ふとした拍子にバカな事して現れるんじゃないかって思っちゃんだよね。…実感湧いた時は泣いちゃうのかな?」
下ばかり見ていたので顔を上げて空を見る。空は雲ひとつない快晴で、遠くから蝉の鳴き声も聞こえてきて
「暑いな」
「…そうね夏服はまだかしら」
夏は始まったばかりだ
「なんだいつにも増して辛気臭いな恵。琴葉もいつも以上に腑抜けた顔をして、お通夜かよ」
私と伏黒君の名を呼ぶ声が聞こえたので前を向くと真希先輩が立っていた。
「真希、真希!まじで死んでいんですよ。昨日!!一年坊が一人!!」
「おかか!!」
パンダ先輩と狗巻先輩もいる。真希先輩はそれを知らなかったようでもっと早く言えって二人?に怒ってる。
「何あの人?達」
野薔薇ちゃんは二年生に会うのが初めてなのでその個性の強さに動揺しており、伏黒君が二年生の説明をする。
「あと一人、乙骨先輩って唯一手放しで尊敬できる人がいるが今海外」
「アンタ、パンダをパンダで済ませるつもりか」
「パンダ先輩はねー、ゴリラ先輩でもあるんだよ」
「余計混乱するわ」
事実なのにー
しかし冷やかしで来る人達ではないので何か理由がある筈。真希先輩達の話を聞くと三年生が出られなくなった京都の姉妹校との交流会に参加しろとの事。その交流会で私達が戦えるように先輩方がシゴいてくれるようだ。
「やるだろ?仲間が死んだんだもんな」
そんなの決まっているじゃない
「やる」
二人からも想像通り全く同じ返答が返ってきた。私は強くなりたい。その為にはとことんやってやる。
「でもしごきも交流会も意味ないと思ったら即やめるから」
「同じく」
「時間って有意義に使いたいよねー」
それを伝えると先輩達は面白そうに笑っていた。
先輩達も今日は用がある為明日から特訓を開始すると言われた。学校での一日を終え寮へ戻る。制服から私服に着替え私はある場所に向かう。
「お邪魔しまーす」
扉を開け誰も居ない部屋に挨拶をする。誰も居ないというのはこの部屋の持ち主はもう居ないから。私が向かった先は虎杖君の部屋。思ったよりも散らかっておらず小綺麗だ。二週間しか住んでいないのも理由かもしれないが。壁に目を向けると胸を強調したポーズをとるグラビアアイドルのポスターが飾ってある。成程、お尻よりおっぱい派だったのか。
言っておくが部屋を物色する為此処へきたのではない。持ってきた花を飾った花瓶を机に置く
「何してるんだ」
私以外いない部屋に響く声、声のする方を向くと扉の前に伏黒君がいた。
「急に声を掛けないでよー。びっくりした」
「それはこっちの台詞だ。誰も居ない部屋の扉を開ける音が聞こえたから見にきたんだよ」
伏黒君は真っ直ぐ私を見る。その目に何処か居心地の悪さを感じ話題を変えようとあのポスターへ目を向ける。
「ねえねえ、虎杖君は水着のお姉さんのポスター飾ってるけど伏黒君も飾ってるの?」
「話をはぐらかすな」
伏黒君は話題を変えるのを許してくれない。しょうがない、観念するか。よく考えたら悪いことはしてないし。
「虎杖君ってさ、親戚もいないし友達にも何も言わずに来ちゃったから彼を知ってる人は死んじゃったって事誰も知らないじゃん」
「そうだな」
「虎杖君の遺体って解剖にだされてお墓には入れないんだよね」
「…そうだな」
「上の人達は宿儺を宿した人間が居なくなって一安心してるみたいだし…知られずに、悲しまれずに死んじゃうなんて」
そんなの寂しいよ
この部屋もその内整理され、虎杖君が居た証もなくなってしまう。だからこの部屋がなくなるまでの間は弔いたい。只の私の自己満足だとしても
それを伝えると伏黒君は悲しそうな苦虫を噛むような、怒ったかをもせずに黙って聞いていた。
「と言うわけで暫くは水の交換をするのにこの部屋に入ったりするけど気にしないでねー」
驚かせてごめんねー。と言いながら部屋を出ようとするが伏黒君が扉の前から動いてくれないので出られない。ちょっとどうしたー。
「明日の先輩達との訓練、俺は遅れる」
「始まる前からサボる宣言?」
「ちげぇよ。昨日のあの人の家に行ってくる」
あの人とは、息子を助けて下さいと悲願していた女性。伏黒君はあの時あの死体から衣類の一部を取っておりそれを女性に渡しに行くと言った。
「それなら私も行く」
「俺はおまえらと違って助けるのに乗り気じゃなかった。これは俺のけじめだ。だから」
一人で行かせてくれ
伏黒君のその願いを無下にはできない。私は「分かった」と了承した。
「それに俺とおまえが明日いなかったら釘崎が怒るだろ」
「…確かにー」
「昨日の今日で何二人していないんだ!」と憤怒する野薔薇ちゃんの姿が目に浮かぶ。やはり、この件は伏黒君にお願いをしよう。
「…伏黒君、強くなろうね」
そうすれば悩みももどかしさも解決するかもしれない。私の言葉に伏黒君から「そのつもりだ」と返ってきた。