「……んっ」
閉じられていた瞼をゆっくり開け目を覚ます。私の視界に広がる光景は見慣れた部屋ではなく何処だか分からない殺風景な部屋であった。
寝起きにより私の思考力は鈍っており「何処だ此処?」と部屋を見渡して思った。しかしだんだんと頭の中の意識ははっきにしだす。
此処は船の、海賊船の中の一室であること。そして何故私が此処にいるかの理由も完全に思い出す。
「…夢じゃ、なかったんだ」
この目の前の現実に落胆する。
寝て起きれば何時もの日常に戻れるかもしれない。そんな根拠のない無意味な可能性を心の何処かで私は期待していたのだ。
「ははっ…」
しかし現実はこれである。私は手で顔を覆い力なく笑う。今の私はきっと疲れ切った顔をしているのだろう。それに泣き疲れて寝たのだから目も腫れて酷い顔になっているはずだ。
顔を冷やしたいは扉の外から鍵が掛かっているのでこの部屋から出ることはできない。
どうすることもできないので私は再びベットに横になる。
何も考えたくないから
ボーっとしながら横になっていたら扉の外から鍵を外す音が聞こえた。
ベットから起き上がるのと同時に扉が開く。ペンギンさんが扉を開けて部屋に入って来た。
「何だ、起きてたのか」
「えっと、おはようございます?」
時間帯が分からないがとりあえず起きたばかりなのだから朝の挨拶をする。
「朝の挨拶にはもう遅い時間だけどな」
「えっ、今何時何ですか?」
「10時を少し過ぎた位だな」
「えー…」
一体私は何時間寝てたというんだ。色々あって疲れていたと言っても寝過ぎてしまった。
「まあ疲れはとれたとは思うが、気分はどうだ?」
「…どう思います?」
良い気分なわけがない。でもそれを自分の口から言うのは気が引けるかわ相手ペンギンさんに逆に問いかけてみる。その言い方が少し嫌味っぽくなってしまったが、それはしょうがないとしておこう
「好調、ではないようだな。そうだとは思ってたが」
嫌味っぽく言ってしまった私の問いかけにペンギンさんは表情を変えずに答える。まあペンギンさんも私の顔と様子を見れば一目瞭然だったのであろう。
「ほら、これで顔を冷やせ」
そう言ってペンギンさんは私に水で濡らしたタオルを渡す。渡されたタオルを目元に被せ冷やす。…気持ちいい
「今日の着替えを机の上に置いておく」
目元を冷やしているから真っ暗で何も見えないがペンギンさんの声が聞こえる。その言葉を聞き、タオルをずらし机の方を見ると昨日と同じ、つなぎが置いてあった。
「もう少ししたら又来る。それまでに着替えておけよ。そしたら遅めの朝食だ」
そう言うとペンギンさんは部屋から出て行ってしまった。勿論外から鍵を掛けるのを忘れずに。部屋には私一人だけとなり再び静寂が訪れる。
私は、何が起こるのか全く予想がつかない一日の始まりに憂鬱な気持ちになり重い溜息をついた。
□
着替えを済ませ、顔の腫れも先程よりは納まったであろうと思った時、ペンギンさんが再びやってきた。私の顔を見て「さっきよりはマシになったな」と言うと、部屋を出て食堂へと向かう。
「おっやっと来たか。サヤ、お前何時まで寝てんだよ。おせーぞ!」
「おはようサヤ」
食堂に行くとシャチさんとベポさんがいた。そして彼等の他にも十人いるかいないかの人数の男の人達がいた。
「おいシャチー、“仲間になる女”ってまさかこの嬢ちゃんのことかよ」
その中の一人が私を見ながらシャチさんにそう言った。
「そうだぜ、コイツが船長も言って、俺も今話していたサヤだ」
「おいおい、冗談だろ?血でもみたら倒れちまいそうな子じゃないか」
「そう思うだろ?身体能力はまだ分からねぇけど、コイツの能力結構すげーんだよ。お前らも見ればぜってー納得するから」
そんな会話をシャチさん達はする。他の人達もマジマジと言った視線で私のことを見ている。その視線の多さといずらい雰囲気に私はたじろぎ、この場から去りたいという気持ちが生まれる。
そんな中、一人の男性が立ち上がったと思うと私の前まで来て立ち止まる。
「アンタのことは今朝船長から、詳しいことはシャチとペンギンから聞いたよ。色々と大変だったと思うけど同じ場所でこれからは生活するんだし、よろしくな」
そう言って男性は私の前に手を差し出す。握手をしようということは分かったが、突然の男性の好意的は発言と行動に私は戸惑いながらも差し出された手を軽く握り握手をする。
「…サヤと言います。よろしくお願いします」
何と言っていいのか言葉に迷い、結局易的な挨拶になってしまった。他の人達は私の目の前にいる男性に向かって
「何一人だけ良い印象持たせようとしてんだよ!」
「お前、女が入ったから嬉しいんだろうー」
なんて野次を男性に飛ばしていた。
その後、その場にいる全員ではないが数名のこの船の船員である人達と簡易的な自己紹介をし私は席に着き遅めの朝食をとる。
シャチさんやベポさん、そして自己紹介をした人達は私に話しかけてくる。
話の内容は昨日と同じ、私の能力のことや異世界から来たという話であった。この船の船員の人達はファー帽子の男に、私が異世界から来たということを簡単に聞かされたみたいだ。
この場にいて、彼等と会話をして気付いたことがある。
それは一部の人達の視線と雰囲気である。一部、というのは今会話をしていない人達のことである。彼等は警戒、というより疑いを持った目で私を見ている。
まあ、いきなり“異世界から来たと言っている変な能力を持った女を仲間にする”なんて言われたら警戒心を持つのは分かる。それは昨日のペンギンさんで経験済みだ。だけど大の男、数人に疑いを持った目で見られるのは怖いものである。
そしてもう一つ、私の話を聞いている彼等も本当に信じているという雰囲気でないのが感じられる。
ここの人達は船長であるあのファー帽子の男に逆らうことができないのだろう。だから私がこの船にいることに対し、拒否したくてもできない。そして身元不明な怪しい女である私に疑いの目を持ってる。
全てを信じてもらえるなんて思っていない。でも彼等の雰囲気とこの現実に少し悲しくなった。
□
朝食を済ませ、食器を片づけにキッチンに行くとコックと思われる男性がいた。簡単な自己初回をし昨日の食事のことに関して感謝の言葉を伝えると
「メシを作るのがオレの役目だから当然のことだ」
と素っ気なくかつ男らしい返事が返って来た。そこで会話が終わってしまい気まずい空気になってしまったので私は食堂に戻る。
が、戻ってきたが良いが私はこれから何をしたら良いのだろう?
ペンギンさんは、用事があるから少し席を外すと言ったきり食堂に戻って来ない。ペンギンさんが私の世話係(…嫌言い方だが仕方ない)なのだかペンギンさんが来るまで此処で待っていた方が良いだろう。しかしこれから何をするのかな?
そんなことを思っていたらペンギンさんが戻って来た。
「サヤ、船長が呼んでいる」
「…………え゛?」
戻って来た途端のこの言葉に顔が強張るのを感じる。えっ、ちょっファー帽子の男に会う心の準備なんてまだできていないんですけど。
しかし、ここで「嫌だ!行きたくありません!」なんて子供の様に駄々をこねることなんてできるはずもない。行きたくなくても行くしかないのだ。
………………凄く嫌だけど
連れて来られた場所は昨日の談話室ではなくなんとファー帽子の男の部屋であった。船長というだけあって広い部屋で、本が沢山置いてある。
「じゃあ俺は出て行きますね」
何だと?
私はペンギンさんの何気なく言ったその言葉に大きく反応する。えっ、一緒に此処にいてくれるんじゃないの?この男と又も二人っきりになるという状況に不安だった気持ちが一気に増す。
それが顔にも表れていたのだろう。ペンギンさんは私に向かって困ったように笑うと部屋から出て行ってしまった。
待って!私を置いていかないで!
なんて聞き方によっては勘違いをしてしまいそうな台詞を心の中で叫ぶが、出て行ってしまった今、意味がない。
ペンギンさんは出て行った途端、静寂が一気に部屋を覆う。うん、凄く気まずい。
そして今の状況を言いますと、ファー帽子の男がソファーに座り私は少し離れた場所に扉付近に立っています。そして男は私に何一つ喋られません。ええ、昨日と全く同じ状況ですとも!
「この機械は一体どんな役割だ」
そう言ってファー帽子の男が取り出したのは私の携帯電話であった。この世界では携帯電話が存在しないみたいだから分からないのも当然であろう。
「これは携帯電話と言います。相手と連絡をするときに使う機会です。他にもこれで調べものとかもできます」
「電伝虫みたいなものか…」
私の携帯の説明にファー帽子の男が呟く。でんでんむし?何、かたつむり?でもこの世界じゃ普通のかたつむりじゃないんだろうな。「何ですか?」って聞いてもどうせ教えてくれないだろうし後でペンギンさんに聞いてみよう。
「どうやって使う」
そんなことを思っていたら再びファー帽子の男は聞いてきた。
言葉で説明するのが面倒なので一通りのやり方と見せながら説明しよう。そう思い、私はファー帽子の男に近づく
「あの、私が携帯電話を使って一通り見せます。…だから携帯、借りてもいいですか?」
恐る恐るファー帽子の男に向かって尋ねる。しかし「借りてもいいですか」なんて、元は私の携帯じゃないか。しょうがないとしても弱気な態度に自分自身呆れてしまう。
ファー帽子の男は私の言葉を聞き入れ、私に携帯を差し出す。私が立ったままだと座っているファー帽子の男に画面を見せることができない「隣りに座ってもいいですか?」尋ねると「さっさと座れ」と許可を貰ったので隣りに座る。
「この機械は私の世界では皆必ず持っています。そして機械一つ一つに専用の番号があるんです。私の携帯電話だったら…ここに数字が並んでますよね。この数字が私の携帯電話の専用の番号何です」
携帯の設定の画面に行き、私の携帯の番号をファー帽子の男に見せる。
「相手に連絡を取りたいときはその相手の数字を打ち込んで連絡を取るんです。他にも電子メールと言って、この画面からで文字を打ったり、文字を読んで相手と連絡を取り合うなんてこともできます。手紙みたいなもんですね。
…本当に連絡手段に特化した機械なんですけど、此処では連絡を取り合うことが不可能だと思います」
「違う世界だから使えない。って言いたいのか」
私の言葉にファー帽子の男は嘲笑いながら言う。その態度にムッとするが「まあそうですね」と言い、画面の左上を指を指す。
「ここに“圏外”って書かれているんですけどこの文字が表示された時は相手と連絡を取ることができません。別世界だから圏外になってしまってると思うんですけど、圏外である限り携帯電話は使うことができないんです」
一通り携帯電話に対しての説明をし終える。正直に伝えないとファー帽子の男に見透かされて何をされるか分からないから凄く緊張した。それに隣りに座って画面を見せなくちゃいけないから凄く距離が近くてそれでもドキドキした。
言っておくが、断じて恋からくるドキドキではない。本当心臓に悪いわ
そんな中、私は画面を設定から待ち受け画面に戻す。待ち受け画面を見るとメールや電話の新着を知らせるものは何一つない。昨日と変化なしだ。圏外だからムリだと分かっていてもやっぱり落胆してしまう。
メールが来ないのはしょうがないが、私は今のファー帽子の男との会話である期待を抱いていた。
今の会話で携帯電話がこの世界で役に立たない、持っていても何の意味も持たないことを伝えた。そうなると、ファー帽子の男が携帯電話に興味をなくし私のもとに返すのではないか。そんな期待を胸に抱く。
財布も部屋の鍵も大切だけど今ここで必要なのは携帯電話である。圏外だから繋がることなんてありえないだろう。なんて分かってる。でも、もしものことが起きるかもしれない。いきなりアンテナがたち連絡が取れるかもしれない。そんな根拠のない期待を持ってしまう。諦めることなんて簡単にできないのだ。
携帯が戻ってくるだけでも心に余裕が生まれるかもしれない。
「成る程な」
そんなことを考えていたら、ファー帽子の男は私が持っていた携帯を取り、ズボンのポケットの中に入れる。
……ちょっと待て、何自然に奪い取っている
「…えっと、すみません。何故貴方がそれをポケットの中に入れるんですか?」
「お前の物をおれが預かるからに決まっているだろ」
なんだと…?
「あ、預かると言ってもこれは此処では使うことができないから貴方が持っていても、その…役にたたないと思います」
携帯が戻ってくるかもしれない。なんて思っていた矢先だったからこの状況に動揺を隠せない。思わず、ファー帽子の男に「それ、いらないでしょ?」なんて意味を込めた言葉を言ってしまう。
「どうするかはおれの勝手だ。お前には関係ない」
私の言葉をファー帽子の男は一刀両断する。それ私の携帯なのに…!
「でも、私この世界に来て自分の世界のものを一つも持っていないので心細いというか、そ「ダメだ」私はファー帽子の男に引き下がらずに言う。なんて無茶な、無謀なことをしているのだというのは自分でも分かってる。下手したら機嫌をそこね私の身が危なくなることだってあり得る。
でも今の私は携帯を取り戻せ!という思いとこの男に対する苛立ちの感情の方が勝っていて…まあヤケクソ状態に陥ってしまっているわけである。
しかしこの男、私の言葉を簡単に遮る。まだ最後まで言っていないのにっ…!
「週に一回なら貸してやる」
何妥協してやった。みたいな言い方しているんだ!
思わず怒鳴りそうになったが何とか踏み止まる。
「………どうしたら携帯、返してもらえますか?」
とうとう単刀直入にファー帽子の男に尋ねる。その問いかけにファー帽子の男は
「お前が心からおれの船の船員になったと思ったら、返してやる」
ニヤリと笑いながら言う。その笑みには「一体何時になったら取り戻せるだろうな」と思っているのがありありと伝わった。
怒りが湧き上がり「この野郎…!」と思ったのは言うまでもない
ああ、なんて可哀想お題,秘曲