狩りしましょ 6-2-








ザァザァ、風が葉を揺らす音だけしか聞こえない。
木に囲まれた小さな川に腕の傷口を浸し、血を洗い流せばハッキリ見える傷の大きさ。ソレを確認する視界の端から、川へ滴り落ちる自分の血も眺めれば嫌でも掌に力が籠り拳を作りあげた。

銀色のリオレウスは、降り立つや光へ目掛け走るや大きく一鳴き。ビリリと空気を震わせる咆哮を傍で聞いてしまい耳を塞ぎやり過ごすことしか出来なかった光を、その巨大な体を支える足で蹴りあげた。
俺よりも身長のある光の体が軽く宙へ上げられた、その瞬間、考える事もなく痛む耳を労わる暇などなく俺はすぐさま自分の腰から下げていた矢筒から矢を一本手にし弓の弦をひいていた。

その後はリオレウスの隙をついて光を安全な場所まで担ぎ運んでやり、さらにリオレウスを遠くへ誘導するために1人で立ち向かった…なんて、言葉だけなら格好良い。
現実は無様、幾らか矢を放ち応戦したとはいえ俺の方がボロボロ。体中に傷とリオレウスが吐き出した炎によって出来た火傷だらけ。


「…いってぇな…。」


腕を川から引きあげて服を引き裂いて作った即席の包帯を巻けば、一応様にはなる。ただ止血を期待したい所だけど巻いた瞬間から滲む赤に舌打ちしかできなくて。
そして木に寄りかかる光が、何も言ってくれなくて俺は不安でしょうがなかった。
血の匂いをぷんぷんさせた弱った生き物が2人…腹をすかせたリオレウスにとっては格好の獲物。正直…無事に村まで帰れるか自信がない、例え村へ帰れたとしてもリオレウスを連れて行ってしまう可能性だってある。
だけど急がないと光が危ないかもしれない。息はあるけれど荒いまま、時たま咳をすれば血が零れてきて。それ以外にも俺ほどではないにしろ体には傷が幾つもある。


「光…起きてるか?」


どうか意識だけは繋ぎとめたままでいてくれ、そう願いながら傍へ寄って頬を流れる汗を親指で拭ってやれば少しだけ顔がコッチを向いてくれる。
あぁ、なんて顔をしているのだろう。その表情はいつもの生意気さの欠片も余裕そうな笑顔も何もない、苦しくて痛くて怖いのだろう、眉尻を下げ涙がうっすら瞳を覆い唇を薄く震わせ必死に何かを言いたげで。
動かすのも辛いだろうに、頬に触れる俺の手に光は自分の手を重ね縋る様に指に力を込めてくれる。そしてゆっくり言葉をつないでくれる。


「…こんな…慎、さん…」


光は人よりもハンターとしての才能があった。蔵も認めてくれた才能は光にとって自慢でもあって自信でもあった。自分は必ず一人前のハンターになれるんだという確かな保障…ただその才能は、油断を生みだす危険なものでもあった。
サボっても大丈夫、自分なら何時でも一人前になれる。そんな甘えた考えを抱いていた所があったのだろう。
今、初めてこんなにも傷を負い痛みを受け命が亡くなるかもしれない状況なんか経験した事がなかった光は、ただ静かに涙を流し鼻をぐずぐずとならし普段馬鹿にしている傷を負った俺の手に縋った。


そんな姿を見て、何も出来ない自分に怒りを覚えた。


「…大丈夫だ、絶対に帰れるから。」


例え生意気で可愛くない奴だとしても、村長から預けられたこれからのユクモ村を守ってくれるだろうハンターの見習い。
それは俺にとって初めての後輩であり年の近い弟の様な存在。お互い馬鹿しに馬鹿にされていたとしても、俺は光を見捨てようと思った事が一度もないんだ。


「俺が、なんとかするから。」


二本の足で立てる以上、俺は光を守ってやろう。


「村を出てから結構経っているし…きっと蔵が様子を見に来てくれる。」


光の手を握り返しながら空いている手で原形をとどめていない血の汚れが付いている俺が着ていたマントを光に被せてやる。
大丈夫、何度も口にしながら俺は依頼のケルビの角が入った革袋を光へ預けて笑って。ソレだけで何かを分かってしまった光の涙は一層大きな粒となり、握りあう手に籠る力は増した。けれど…振りほどけないものではなかった。
名残惜しさを感じながら、俺はその手を振りほどいた。零れてくる涙を拭ってやりたかったけど急がなきゃいけないからグッと堪え、精いっぱいの笑顔を向けて立ち上がった。
月明かりが弱くなってきていた、徐々に朝へと近づくのを光の瞳の輝きで感じながら弓を手にして、光に背を向けた、格好悪い傷だらけの背を。


「大丈夫だよ、俺が何とかするから村に帰ろうな。」


パシャリ、川へ踏み入れた足に水しぶきが上がる。冷たさよりも体を動かすたびにやってくる痛みの方が大きくて歩みを止めてしまいそう。だから急いで次の足を、次の足を、と急くように動かしていく。


「まって、慎さん、おれも…!」


光の声に一度だけ振り返れば、一生懸命左腕を伸ばしてくれていた。くしゃくしゃに歪んだ泣き顔に俺は『本当に置いて行っていいのだろうか』と思考を奪われた、けれどもう止まることなんか出来なくて。
リオレウスに1人で向かうと決めたことに後悔なんかなかった、それで死んでもリオレウスが俺を食べて光を諦めてくれるなら本望だと思えた。
ただ光の手を握り返せなかったこと、ソレだけが心残りだった。


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