徳川さんの場合



「お疲れさまでーす。」


野球場の売り子よろしく俺はクーラーボックスにたくさんのスポーツドリンクを入れて練習中の高校生達の元へやってきた。
今日も今日とて野外コートは熱い、けれど冷房によって丁度良い室温に調整された室内コートで練習するよりも皆イキイキしている様に見える。まぁテニスって外でやるものだって俺は思っているけれど。

重たいクーラーボックスをベンチに置いて首から下げていたタオルも置く。練習を止め此方へやってくる高校生達は誰を見ても汗だく、しかしイケメンばかりだからなのかむさ苦しいとは思わないのは何故だろうか。種ケ島さんが目が合うなり脱ぎ始めたせいかもしれないけれど。


「慎ー待っとったよー☆」
「半裸の人は近寄らないでください。」
「えーやって暑ない?」


俺はさっきまで冷房のきいた部屋でスポドリ作りをしていたのでまったくもって暑くない。まぁ外に出たら流石に汗が出たけどタオルで拭いているので問題ない。
俺に抱きつこうとするのを跳ねかえして「俺は暑くないんで」と強めに言い切る。
それを見てケラケラとお腹を押さえ笑う入江さんに大和さん、呆れたように溜め息をはく鬼さんに俺をがっつり見てくる越知さんとソレに怯える毛利さん…そして、


「いつもすまない。」


俺にとって一番汗が似合う気がする徳川さんが小さく頬をほころばせスポドリを飲んだ。
クールな顔つきは冷たそうな雰囲気を残したまま、運動した事によって火照る頬に流れる汗が温度差を作っているんだけど…ソレが絶妙としか言いようがない。数歳違うだけなのにこんなにも違うのか、とドリンクを飲む様を思わず見続けてしまう。
ごくごくと上下に動く喉を伝う汗すら格好良いと思える…てかこの一癖どころじゃない高校生達の中では徳川さんが鬼さんの次に普通の良い人だからこんなに良く見えるだけかもしれないけれど。


「そんなに徳川ばっか見てどうしたんだい?」


そんなに見ている気は無かったけれど入江さんが声をかける位、ということはそこそこの時間見ていたのだろう。ハッと現実へ戻ってきた時には遅かった。
ドンっと背中に降ってくる暑苦しい重たい物に「ぐえっ」とカエルのような声を出してしまった。しかもその暑さは妙だぞ、なんかじっとりしている。むしろ大きなカエルが乗っかったみたいな…まぁ人なんだよな、うん、おそらく服着ていない人だよ。


「俺の事見んで徳川見るとか嫉妬してまうやんかー。」
「まじ重いですキモイです服来てください変態ですキモイです。」


あのまま上半身裸な種ケ島さんが俺の背後から覆いかぶさっては顔をすりよせてくる。ついキモイを二回も言ってしまったじゃないか。
これには見ているだけだった鬼さんも流石にアウトと取ったのか、種ケ島さんの頭を叩いて「離れねぇか」と一言。だがこの間のタオルの一件を忘れたようで鬼さんに言われようともなんのその、と俺のジャージのチャックをジャッとおもいっきり下げた。


「ちょ、」
「肌と肌のお付き合いせぇへん?」


そう言うや中に着ていたTシャツの裾から素早くサッと入りこんできた褐色の肌。何て事をしてくれるんだ、堂々とした野外しかも観客ありのセクハラに種ケ島さんの顔を見れば「気持ちええと思うで?」と笑顔で返される。

懲りない、この人懲りない。
呆れて一瞬動く事を止めたしまった、その間に種ケ島さんのフワフワの髪目掛けて飛んできたのは鬼さんの拳。大丈夫、これも慣れたことだから…もう何十回目か分からない。


「いっ…たいやんか!!」
「お前が悪ぃだろ!!越知、抑えとけ!!」


種ケ島さんの腕を掴んで越知さんの方へ差し出せば、コクリと頷いたのち上半身裸なのも気にせず素直に羽交い締めしてコートの隅へ連れて行かれる。越知は嫌やー…!なんて声を聞きながら、俺は下を向き溜め息を吐いた。
あーぁ、またからかわれて迷惑かけちゃったよ…越知さんはどうでもいいけど鬼さんには申し訳ないな、と顔を上げて見れば、


「……と、徳川さん?」
「っ…!」


さっきまでの格好良さはそのまま…なのに、顔はさっきよりも真っ赤に染まっていた。しかもわなわな震えていて、声をかければ大げさにビクリと跳ねた。
何度か口をパクパクとさせた後、俺が持ってきたタオルを取り顔を隠した。だが震えは相変わらず。
もしかして…熱中症になりかけているのでは…。


「徳川さん、大丈夫ですか?」
「な、何が、」
「体調悪いなら休んだ方が…部屋まで送りますよ。」
「おく…!?だ、大丈夫だ!少し走ってくる!」


その姿は見たことが無かった、俺の言葉に顔を上げると慌てふためきコートから飛び出してしまった。真っ赤な顔のまま落ちつきなく飛び出して行った徳川さんに俺が声をかける暇は無し。「え、」と短く声を出せただけでも褒めてほしかった。


「あっははははあははは!!!!」
「入江くん笑っちゃ…くっ、ははははは!」
「止めんせーね、も、苦し…っ!」


なんだか嬉しそうな楽しそうな入江さん達の笑い声に鬼さんを見れば何も言わず俺の頭を撫でた、お前は悪くない、と言いたげに。
今の俺では徳川さんの機嫌を悪くさせてしまったがゆえに逃げられた、としかとれないんだけどそれでもいいのかな…とはいえ飛び出して行った本人を追いかけるほど俺は暇じゃないし徳川さんに嫌がらせをする気にはなれない。
というかタオル持ってかれたんですけれど、俺の汗を拭いた後のやつ。新しいタオル欲しいなら用意するのに…。



慎から逃げ出した徳川がタオルに気付いたのは、コートから200m離れ流れてくる汗を拭いてしまった後だった。


「………あ。」


慎は知らない、高校生達は皆知っているけれど徳川が見えてしまった慎のお腹についつい脳内でよろしくない事を想像してしまったこと。そしてソレが日常生活では当たり前だという事。
おかげで話しをするだけでも油断していると押し倒しそうになる…というちょっとした病気を患っているとは、知らなくていい事。




徳川さんの場合




「最高、あのむっつり馬鹿最高!」
「俺よか変態やないかーい。」
「いけませんよ、こんなに笑っちゃ…。」
「一番笑っとーの大和さんやん!」
「…さして問題はない。」

「…鬼さん、あの人たちはどうしましょうか。」
「おう、外道呼んで来い。黙らせる。」


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徳川さんは
そのまま帰って
きませんでした。


2014,07,04


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