謙也と一年目



「あー、謙也ーパンツ忘れたー。」
「っぶ…慎、人が飯食っとるときになんやねん!」


風呂場の方から聞こえてくる間の抜けた声は「風邪ひくから早くー」と飯を食っとる俺を急かす。せっかくのトンカツが台無しやんか…。
でも、ここで無視してトンカツ食い続けたら慎がタオル一枚で出てきて俺を蹴っていくからしゃーないわ、取ったろ…箸を置いて椅子から立ち上がる。

一緒に生活して一年経ったからやろか、ピリッとせえへん。慎はその辺では働いとって俺は研修医。お互い揃う夜なんか久々やった。ちょお家空けとったら何や変なもん増えとる、なんやねんあの猫のぬいぐるみとかきもいヒヨコのキーホルダー…大方慎が好きなクレーンゲームやろうけど。


「ったく…何でもええのか?」
「おー。」


箪笥の一番上の段を開ければ、パンツ忘れる癖にきっちり並んどるパンツ達がシュールや。細かいねん、こういう所だけ。綺麗に並べて満足して後を忘れんねんな…アホか。
ちゅーか、俺がたまたま今日居るだけでしょっちゅうやっとるのか?ほんま家に1人で大丈夫かアイツ…鍵締め忘れたりせぇへんよな?

カラフルなパンツを前にどれがええのかよう分からんから、とりあえず手前のパンツを取って即閉める。
……あんまな、慎のパンツ見たくない。こう、まぁ年頃な訳やし…忙しいっちゅーても若いし…って、さっさと届けてトンカツ食おう。

ぺたぺたと廊下を裸足で歩いて脱衣所の扉を腕一本通る位に開ければ、ぬっと出てくるほっそい腕。また見ん間に痩せたな…言ったら不貞腐れるから言わんで目的のモノだけ渡す。


「ちゃんと指差し確認してから入れや。」
「今日は謙也がいるから気が緩んだだけですーいつもはしてますー。」
「コッチは飯食っとるんやぞ。」
「いいじゃん、恋人のパンツ知れて。」


あ?と素っ気なく返す言葉とは裏腹に、ほんの少し動揺する。さっき考えてもうたことがバレとるわけないし、所謂ちょっとしたギャグなんやろうけど。
あんま可笑しなこと言わんといてくれ、そう思いながら「アホやな」と零しながらトンカツへ戻る。
あぁ久々に揃って夜を越すわけやし、険悪な雰囲気は避けたいっちゅー俺の思いにあいつは気づいとるのか?別にギャグ言うなとは言わへんけど…ああいうこと言うの、らしくないわ。

ほんの少しのやり取りの間に若干冷めてもうたトンカツを箸で持ち上げてかぶりつく、同棲始めたばかりはこんな美味い料理作れへんかったくせに…その辺で食うトンカツよりも美味くて逆に嫌になるわ。


(ほんま、ええ嫁やな…)


医者の道へ進むと覚悟を決めた時。
苦労かけるし今まで以上に会えなくなるし、一緒に居っても楽しなくなるっちゅー話しをした。家に帰れても呼びだされるかもしれんし、家に居っても寝とるだけかもしれんし…俺の親父がそうやったみたいに。
すぐそばで見たソレに耐える母親は子の俺を生きがいにしてくれとった、せやからなんとかなったのかもしれへんけど…。


(俺達には、子供できんし)

「いやー、ビバノンノ。」
「あかん、空気読まん奴きた。」
「なんだよ。まだパンツで怒ってんの?」


めっちゃ、めっちゃ真剣に考えとったのにコイツは。振り向けばTシャツに短パンと夏全開の服装に肩からタオルを下げとった。なんやろな色気ないわ、いつも思うねんけど慎の風呂上がりはなんか色気ない。

はぁ、心配し損なんか?味噌汁を飲みながら向かいの席に座った慎はワシワシと髪を拭き始める。せやな、風邪ひくからよう拭き。


「で?なに考えてたの?」
「……別になんでもないわ。」


お前の事や、とは言わん。せっかく2人で一緒に居れるんやし湿っぽいのは無しがええしな…なんて、考えとったら慎は立ち上がって席を変えた。正面の席から、隣の席に。
座るなり何も言わんで俺の肩に、まだ濡れとる髪も気にせんで寄りかかって。傍にあったテレビのリモコンを手にして遠くのテレビの電源を入れる。でももう夜や、11時やからおもろい番組ないやろと心の中で思いながらその行動を観察する。

一通りチャンネルを回して、結局消して。今のは何やったんやろと聞く前に残り一切れのトンカツを口に入れる。
噛んで噛んで、そして飲みこんで、それを待っていたと言わんばかりに慎は口を開いた。


「俺さ、謙也が飽きるまで一緒にいるよ。」
「あきる?」
「うん。」


その飽きるっちゅーのはなんや?聞こうと視線を慎へ向ければ、慎も俺を見とった。
いったい何に飽きろっちゅーねん、生活か?研修医か?慎か?
気になった…けどや、答えも考えも口にせんでおいた。とりあえずビールを一口飲んで口の中に残っとったソースを流してから、久々にキスをした。何時ぶりなのか思いだせへん位、久々に。

あぁ、1人は寂しいし不安やったよな。1人に飽きたんかな。

キスをする間、思った言葉を飲み込んで。俺はただ濡れとる髪ごと逃がさへんようにしっかり抱きしめた。考えとるの知られたくなくて素っ気ない態度とったせいやろか、不安になったんかな…自分アホやったわ。

飽きるわけないやん、こんなええ嫁なのに。こんなに愛しとるのに、な。
むしろ、浮気されへんか心配や。




一年目の不安と確認




「ほい、弁当と着替えな。」
「おん。」

「じゃ、いってらっしゃい。」
「…慎、」
「ん?」

「いってらっしゃいのキスは?」
「………夜といい今といい、調子にのるな馬鹿!」
「痛っ!またいつ帰ってくるかわからんのやからええやろ!!」


next...千石
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びばのんの。
謙也さんは良いお医者さんになってほしいな。
書いていて楽しかったです。

2013,07,04

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