柳と一年二か月



「蓮二ストップ、まだ食べないで!」


呆れる、とはまさにこのこと。
同棲して早いもので1年と2か月、大学を卒業して大手企業に真面目に勤め安定を覚えたころ、そろそろ良い頃合いだろうと計算し長い付き合いだった慎に今までの想いを伝えて了承を得、二人で暮らし始めた。
そんなに新しくないとはいえ、セキュリティや広さ、周辺の店の充実性、駅へのアクセス、すべてにおいて希望通りのマンションの一室が俺らの城となったあの頃…初々しいというよりも余所余所しさの方が目に付いた。
それはそれで微笑ましく、そして自分を意識してくれているのだと思うと愛おしく。もっと眺めていたいとも思えるもの。
だが月日が経てば、それもひと時のものだったと笑みが零れ落ちるほど。


「早くしないと冷めてしまうだろう。」
「だって、」
「ソースがないから、とお前は…」
「分かってんなら手伝えよ!」


俺は会議だけですんなり帰宅でき、慎も仕事が休み。「腕によりをかけて美味しいものを用意しておく!」と朝意気込んでいた通り、コロッケに煮物にサラダにと和洋折衷ないつも以上に品目の多い夕食となったのだが。
冷蔵庫の扉を開き中のものを全部出さんとする慎。コロッケにはソースが定番ではある、そのソースが見つからないという。
確かにソースがあれば良いが、俺は慎が作ったというだけでどんなものでも食べられるから問題ない。が、一緒に食べたいという言葉を言われてしまえば空腹も我慢するしかない。

湯気と匂いをリビングいっぱいに振りまく夕食をただ眺めているのもつまらないし、何気なく付けたテレビのニュースを眺めるのもつまらない。仕方なしに椅子から立ち上がってキッチンへ向かってやる。


「おかしいんだよ…なぜかソースがない。醤油とケチャップとマヨネーズはあるのに…。」
「買い置きはないのか?」
「あるけど、後で出てきたときの悔しさが半端ない。」


キッチンに行けば、冷蔵庫から追い出された味噌をはじめとする調味料にペットボトルの水や頭が痛くなりそうなことに生肉や生魚までも。痛むのでやめてほしいが、同棲してから俺は料理を一切していない。たまに慎が寝込んだときくらいだ。
なのでキッチンに関することは何も言えない、のだが。さすがにソースのためだけに食べ時だろう夕食を逃すのはいただけない。
慎の言う悔しさは分からなくはないが、ここは夕食を優先してもらおう。なに、一年以上一緒に住んでいるんだ。何に弱いかよく知っている。


「慎。」
「待って、もうすぐ見つけるはず、」
「慎。」


まずは名前を呼ぶ、できるだけ優しい声で。次に冷蔵庫に体を入れてしまいそうな慎の背後に回って、そっと抱きしめてやる。


「蓮二…って、おわぁっ、」


そしてできるだけ速やかに抱き上げて、リビングへ行き椅子に座らせる。さらに止め、前髪をかきあげて現れた額を一ついい音を立てて叩いてやる。最後に目線を合わせて慎が嫌がっている(今日の場合は買い置きのソースを使った後に、使っている途中のソースが見つかること)に対する対策を提案する。


「もしも使いかけのソースが出てきたら、その時はまたコロッケでも作って使い切ればいい。せっかく作った今日のコロッケが美味しくなくなる前に食べるべきだと思わないか?」


キッチンは今から片付けておく、だからそこで待っていろ。
これでもう何もかも平和に解決する。この方法の成功率は今のところ90%、失敗は一度だけだ。大丈夫、一年以上も一緒にいた仲なんだ。お前のことならちゃんと分かっている。これから先も一緒にいるつもりなんだからな。
唇に触れるだけのしかし長い長いキスに、そんな思いを込めてみるが1%も伝わる見込みはない。いや…伝わらなくてもいい、これは俺だけの誓いであればいい。


「…蓮二。」
「なんだ?」
「もう一回。」


ぐいっとひかれた襟首。キスをするのは構わない、服が伸びるかもしれないのも構わない。少しの心配と言えば冷蔵庫から出された肉や魚が悪くならないか、そしてコロッケが冷めてしまわないかというもの。
まぁ、それらを犠牲にしてやってくるものが長年片思いしやっと手に入れた恋人…いや、もう事実上の伴侶の笑顔と愛ならば俺は腹がいっぱいになる。さらに言えばもっともっと、欲張ってしまう。
俺にしては珍しいかもしれん…慎、おかわり。




一年二か月の誓い




「ところで。」
「うん。」
「慎が怒る確率、96%の話をしてもいいか?」
「え、なに浮気?」
「いや…ソースなんだが。」
「ソース?」


「一昨日の夜、慎が風呂に入っている時に小腹がすいてな。目玉焼きを焼いて珍しくソースで食べたんだが…確かあの時に使い切った記憶がある。」
「……蓮二?」
「分かっている、「苦労を返せ」とお前は言うんだろう?」
「次の休み、掃除と洗濯よろしく。」



next...亜久津
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甘くなっていればいいなぁ(遠い目)


2014,09,01

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