亜久津と五ヶ月目



すがすがしい朝、雲一つない晴れ空に気分は最高潮。いつも通り新聞を取りに玄関まで行くと、さっきまで俺がいたリビングからバシッと良い音がした。このマンションはペット禁止なので音が鳴る原因は絞られてくる。


「…仁?」


物が落ちてきた…にしてはかなり良い音だった。それにそろそろ同棲相手の仁が起きてくる時間だ。というか仁が出した音だろう、聞き覚えがある音だったからそうだろう。
朝から何かにイライラして物にでもあたったと思われる、よくあること。元々素行が悪くてキレやすい仁はつねに不機嫌そうにしている。というかいつも何かに不満を抱いていたり怒っていたりしている。原因はいろいろだけど。
一体朝から何に怒っているのだろうか…新聞の一面を読みながらリビングへ戻れば、案の定。


「おはよ、とりあえずコーヒー入れておくから顔でも洗ってきたら?」
「ぁあ?」
「ひっどい顔してるよ。」


今にも暴れ出しそうな顔してごみ箱を睨んでいる仁がいた。深く刻まれた眉間のしわが三白眼の瞳をより一層鋭く冷たい刃物にでも見せてくれる。寝起きのせいで髪がぺたりと寝ているから前髪で若干隠れているせいもあるね。
俺はもうこの顔も見慣れているので問題ないけれど、初めて見る人はビビッて何も言えなくなるんじゃないかな。その辺檀君はすごいよね。

新聞紙をテーブルの上に置いて仁の肩を洗面所の方へ優しく押す。「髪の毛セットしないと間に合わないよ」と笑顔で言えば、舌打ちを一つ残してリビングから素直に出ていく。ああ見えて物わかりが良い、というのは仁の良さの一つだと思う。

さっきの物音はいったいなんだったのだろう…仁の後ろ姿が完全に見えなくなってから、俺は仁が睨みつけていたゴミ箱を覗き込んだ。昨日ごみの日で中身がなくなったばかりのごみ箱…


「……あれ?」


その中にあったもの、それは仁が良く吸っている銘柄の煙草の箱。開いている箱の口からはまだ何本か入っているのが見える。
これがないとイライラする頻度が増えてさっきみたいな顔を四六時中していることになる。それは本人も分かっていることだ、それで一度俺に怒られているから。
なのに…大事な鎮静剤代わりの煙草が、ゴミ箱に捨てられている。テーブルの上には相方のライターがいつも通り鎮座しているのに煙草だけはこんなところにいる。なぜ?
しかも朝からイライラマックスで力いっぱい捨てられるってどういうことだろ。何気なく煙草の箱を拾い上げてみれば、


「おい。」
「あ。」


いつの間にか、寝起きのせいで低くなっている声が真後ろから聞こえてくる。振り返ればワックスでしっかり立てられた髪、それによって遮るものをなくした三白眼が俺のことを見ていた。
コーヒーを用意していないしゴミ箱あさっているしで仁のこめかみに嫌な筋が浮かび上がる。これは困った、だけど俺には暴力を振るわないのでビビる心配はない。

それよりも、今はこの煙草について聞くべきだと思う。この喫煙者にとって厳しい世間、喫煙場所の減少に煙草の値上がり…そんなご時世だというのに捨てるとはこれいかに。
仁との二人暮らし、どちらかと言えば俺は主導権を握っている側なのだ。家のことが何も出来ない仁がただ単に家事のできる俺によって生かされていると思っているせいかもしれない…いかにも動物っぽい理由だ。だから他人では聞けないことも強気になって聞ける。


「コレ、まだ残ってるよ。」
「…」
「銘柄変えるの?なら吸いきってからにしたら?」


煙草の箱を揺らして中に入っているのを音で確認してから、渡そうと仁の手を引いた、ら。


「いらねぇ。」
「…いらない?」
「チッ…もう吸わねぇよ。」


ふり払われた掌、そして言われた言葉。

吸わない?ヘビースモーカーのくせして?いきなり禁煙?

何を言っているんだ、思わず仁の顔をジッと見上げていれば今一度舌打ちをして煙草の箱を指でピシリと弾き叩いた。それだけしてキッチンへ向かっていった背は「俺からいう事は何もねぇ」と書かれていた。つまり、考えろと。
しかしあまりにもヒントがなさすぎる気がする…俺は壁紙が黄ばんだり服や家具に匂いが付くのを我慢する代わりに喫煙することによって保たれる仁の機嫌の方を優先してきた。やめてほしいと話したことはない。
なのにどうして…仁に弾き叩かれた煙草の箱をジッと眺めて可哀想に、と指先で撫でてやれば、ふと目に付いたパッケージに書かれた文字の羅列。


「……」


そういえば、昨日…千石に会ったって言ってたっけ。ギャーギャー騒がれて迷惑だったとか服のこととか仕事のこととか煙草のこととかいろんなことを話したと。

あぁ、そうなのかもしれない。

キッチンから仄かに香ってくるコーヒーの香ばしい香り。よく仁が煙草を吸うために使うベランダから雀のさえずりが聞こえてくる。何も変わりがない朝、すがすがしくて気持ちがいい朝。ただそこに入り込んできたのは…同棲相手の優しさと不器用な思いやり。


「仁。」
「んだよ。」
「俺は煙草味のキス、結構好きだよ。」


俺の身体を気遣ってくれるのも嬉しいけどさ、仁が煙草を吸う姿と香る紫煙、そしてしみついた苦みのあるキス…好きなんだよ。




五ヶ月目の禁煙




コーヒーとは違う苦み、触れるだけでも僅か香る煙草の香り。
捨てられたはずの煙草を一本ぬきだして仁の唇に当てれば、嫌そうな顔をしながら咥える。様になるその姿を見るたびに俺は仁の格好良さに惚れ惚れする。


「…慎。」
「ん?」
「俺に病気になれって思てんじゃねーだろうな。」
「惜しい。イライラしすぎて倒れたらどうしよって思っているよ。」


余計なお世話だ、かすれた低い声で吐き捨てられた言葉。いつも通りの手つきで唇から火のついていない煙草を離し、俺の肩を引き寄せて苦いキスをくれる仁の機嫌が相当良くなっている…それにちゃんと気づいているから何も言わず仁の首に腕を回す。
俺のキスで機嫌がよくなるなら禁煙してもいいかもしれないけれど…たぶん難しいからしばらくはやめなくてもいいんじゃないかな。倒れられても困る。

それに…苦い苦い仁とのキス、もう少し楽しんでいたいしな。


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あっくんは
ヘビスモのイメージ
しか…わかなかった


2014,09,08

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