Day`s eyeをあなたへ | ナノ


  8.生きる理由


波の音が聞こえる。
海?それにしてはやけに血なまぐさい匂いが鼻につく。
見たくない。
目の前に何があるのか、なんとなく想像がつく。
私は恐る恐る目を開いた。

「___ひっ!」

目の前とは言わないが思ったよりも近くにそれはあった。
辺りは血だらけ。地面の土にも、岩にも、草花にも、おびただしいほどの血液が飛び散っている。
そしてその中心に横たわっているもの。
直視できない。
その顔は誰だか判別できないくらいに損傷していた。大量の血液で損傷部分があまり見えなかったのがせめてもの救いか。
だがその服装には見覚えがあった。

「…リゾット、さん?」

目の前で間違いなく死んでいるそれが、知っている人物であったと気がついた瞬間、猛烈な吐き気に襲われる。何故、彼がこんなことになっているのか。これは夢?いいや、夢なのだが夢ではない。
これはプレディツィ・オーネの能力の予知夢だ。
これから起こるはずの、不変の未来。

少し離れた岩陰からか細い息が聞こえてきたことに驚きソロリとそちらへ向かう。
これは夢。向こうから私の姿を視認することはできないと分かっていながらも、できるだけ物音をたてずに移動した。
そこにいたのは人だった。リゾットと同じく身体中のそこかしこから血液を流している。
地面を這いつくばるように移動するその人はとても苦しそうだ。酷く顔色が悪い。

「…見事だ。リゾット・ネエロ…。誇りは失わずに命を絶った。そして私は、この『ディアボロ』は依然窮地に追われたままの状態…。まずいぞ…。なんとかしなくては…。」

『ディアボロ』。珍しい髪色だ。はっきりとした桃色の髪。
どこかトリッシュを彷彿とさせるような。

男の向こう側からやってきた見覚えのある顔に私は思わず岩場に身を隠した。

「そこにいるヤツ!これから俺はお前を攻撃する!もし戦闘が不可能であるのならそこの岩場から出てこい!命を奪うことだけはしない!」

良く通る声。久しぶりに彼の姿を見た気がする。
(ブチャラティ…!!)
なぜか目から勝手に涙が流れ落ちた。

その時。
地面を這いずっていた男からズズズ、と何かが現れた。
その姿が明らかになった時、私は驚きで目を見開く。
これは、このスタンドは間違いない。サン・ジョルジョ・マジョーレ島で見たパッショーネのボスのスタンドと同じ。

「キング・クリムゾン…。」

間違いない。その気味の悪い姿はよく覚えている。
今まさに、キング・クリムゾンを発言させたこの男が、パッショーネのボス。トリッシュの実の父親でありながら、あの子を殺そうとしたすべての諸悪の根源。『ディアボロ』
ディアボロが能力を使用した瞬間、世界の全ての時間がスローになる。
この感覚はあの時と同じ。この時間のすべての出来事は吹っ飛ばされ、結果だけが残る。

(くるッ!)

ディアボロが能力を発動した瞬間、私も自分の能力を発動させようとした。
___だが、

「___え?」

先ほどとは全く別の場所に今私は立っていた。
血なまぐさい異臭もしないし、気持ちの良い風が肌を撫ぜる。
太陽の光が燦々と降り注ぐ気持ちの良い場所。
先ほどと同じ島であることには違いないが、とても同じ島とは思えない変わりようだ。
目の前には美しい海が広がり潮風の香りが心地よい。

遠くからは子供たちの元気な声も聞こえて、強張った顔が思わず綻んだ。

私は今一体どこにいるのだろう。
美しい場所なのに、どこか寂しい雰囲気。
子供たちの声がするほうへと私は歩き始める。
声を辿っていくと、ひと際眺めの良い、海を一望できる美しい景色の場所がそこにはあった。

再び良く見知った顔を見つけて反射的に木の影に身を隠す。

(ブチャラティ!?それにみんなも…!!)

トリッシュ以外の全員の姿がそこにはあった。
会いたい。ブチャラティの声を聞きたい。
だけどもう、ブチャラティに会うことはできないのだ。
木の影からひっそりと彼らの姿を見ていることしかできない今の私の姿は、私の心そのものだと思った。

(………?)

なにか様子が可笑しい。
それに、アバッキオは一体どこに行ったのだ?なにかを取り囲むように立ち尽くすジョルノ、ブチャラティ、ミスタ、ナランチャ。
そしてナランチャの悲痛な泣き声。

「アバッキオを一人でここに置いていくのかよォ!!嫌だ!!嫌だよぉ!!」

ナランチャの言葉に頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受ける。
(え?嘘?)
アバッキオが?

「ジョルノ!!テメェ気合入れて治せや!!」

ナランチャが涙を流しながらジョルノにつかみかかる。
ジョルノはグッと目を閉じて何かに耐えるかのように、ナランチャにされるがままだ。

「ナランチャ!やめろ!!アバッキオはもう…。」

ミスタがジョルノにつかみかかるナランチャを止める。

「なぁ!ブチャラティ!!言ってくれよォ!!アバッキオに起きろってさぁ!!」

ここからだとブチャラティの後ろ姿しか見えない。彼の身体が小刻みに震えているのが分かる。

「…ナランチャ。
____アバッキオは、死んだんだ。」




その瞬間ハッと意識が浮上した。
飛び跳ねるように起き上がるとベッドから勢いよく立ち上がろうとする。

「いたっ!!」

足が床についた途端痛みで再びベッドに座り込んでしまう。

「なにやってんだ、てめぇは。」

暗闇から聞こえた声に驚き、慌ててそちらのほうへ目を向ける。

「…ギアッチョ。」

ベッドの横の椅子に腰かけていたのはギアッチョだった。
何故彼がここにいるのだろうか。
まさかずっと気絶していた私を見ていたのか。
訳が分からず眼鏡越しの彼の目を見つめる。しかしその視線はじっと別のところを見ておりこちらに向くことはない。

「私、一体……?」

「リーダーのメタリカに攻撃されては気ィ失ってたんだよ。ホント貧弱だな。てめぇは。」

ギアッチョの言葉に気を失う直前のことを思い出し、痛む足に目をやる。
そこは未だジクジクと痛みはするものの、綺麗に包帯が巻かれて治療がされていた。

「…これ、ギアッチョが?」

「………。」

無言は肯定ということでいいだろうか。
正直以外すぎて驚きを隠せない。先ほどの台所でのよくわからない彼の態度のこともあり、なんとなく気まずい空気が流れる。

「あの…、ありがとう。」

「は?なに言ってんだ?お前。」

「手当…、してくれたんだよね?それにあの場所から私を連れだしてくれたのも、あなただよね?」

気を失う前の最後に見た映像。それが今目の前にいるギアッチョであったことは間違いない。
一体なぜ彼は私を助け、更には介抱までしてくれたのだろうか。

「あの、私、リゾットさんともう一度話したいの。」

私がそう言った途端、今までずっとだんまりを決め込んでいたギアッチョは顔を上げる。

「やめろ。また同じ目にあうぞ。」

まただ。なんで彼は私のことを気にかけるのだろうか。
酷いことを言ったかと思えば、助けてくれる。

「行かなきゃいけないの。私、ブチャラティたちのところに今すぐ行かなきゃ。」

痛む足を引きずりベッドから起き上がる。扉へ向かおうとする私を止めたのはギアッチョだった。
腕を掴まれてその場に留まらされる。

「無駄だ。リーダーが許すはずがねぇ。お前は俺たちに必要なんだ。諦めろ。」

「離して。」

先ほどまでとは様子の違う。何かを決意したかのような顔つきのナマエにギアッチョは一瞬言葉を詰まらせる。

「あれだけ痛い目に合ってもまだわからねぇのか?リーダーは目的のためには容赦しないぜ。自分から死ににいくつもりかよ?」

ギアッチョの言葉にナマエは真っすぐに彼の目を見上げる。
その凛とした顔にギアッチョは目を奪われた。

「お願い。どうしても行かなきゃいけないの。」

瞳に涙をためながら懇願する彼女を見た瞬間、ギアッチョは衝動的にナマエをベッドへと押し倒していた。

「きゃあッ!!」

「ックソ!!なんでだよッ!!テメェ死にてぇのかよ!!ブチャラティはテメェを捨てたんだろ!?なんでそんなやつのためにそこまで必死になってんだよ!?」

ベッドに押し倒された瞬間恐怖で身体が震えたが、真上にのしかかるギアッチョの顔を見た瞬間その震えも止まった。声を荒立てて怒っているはずの彼が、その表情を酷く痛々しいものに歪めていたからだ。
何故彼がこんなに苦しい顔をしているのか分からず、そんな彼を見ているうちにいつの間にか恐怖もどこかへといってしまったようだった。

「……ギアッチョ?」

彼があんまり苦しそうな顔をしているものだから、私は押し倒されているということも忘れて慰めるように彼の頬へと自分の手のひらを当てる。
(___温かい。)
私の上に跨る男は紛れもない暗殺者。だけどその頬は温かい。
私たちと変わらない。彼らも紛れもない、生きた人間なのだ。

「どうしたの?」

辛そうな彼を前にして、思わず彼の身体を気にかける言葉が出ていた。
その言葉にギアッチョは眼鏡の奥の瞳を見開くと、一瞬辛そうに表情を歪めて私の上から身体をどけた。
彼は私に背を向けてベッドの端に腰かけて弱々しい声を上げる。

「…さっさと行けよ。いつまでもんなとこに寝てると本当に襲うぞ。」

「ギアッチョ…。でも、」

「いいから行けよッ!!もう俺に構うなッ!!」

声を荒立てたギアッチョの横を通り過ぎるように、恐る恐る扉のほうへと向かう。
部屋から出る瞬間チラリとギアッチョのほうをもう一度見るが、彼は顔を伏せてしまっておりその表情を伺うことはできなかった。



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