Day`s eyeをあなたへ | ナノ


  9.私が命をかけたもの


「…今なんと言った?」

幸いにもリビングにはまだギアッチョ以外のメンバー全員が残っていた。
リゾットの低い声に決意が折れそうになる。しかしここで引けばあの夢の通りの結果になってしまう。
このままだとアバッキオが死んでしまう。

「…っみんなのところに行かせてください。お願いします。」

「ナマエ!テメェ…。まだわからねぇか!?リゾット、俺がコイツと話す。」

プロシュートさんの驚いた声がリビングに響く。ソファに腰かけていた彼は焦ったように立ち上がり、私の両肩を咎めるように強く掴む。その視線は先ほどのリゾットさんのメタリカで傷を負った足にそそがれている。言葉にこそしないが鋭い視線で私に向かって彼は訴えていた。『また同じ目にあうぞ。』と。

「プロシュート、どけ。ナマエ、お前はまだ懲りないのか。」

プロシュートさんの視線が痛い。『ほれ、見たことか。』と苦い表情を浮かべている。
だけど私の決断は変わらない。

「リゾットさん。私の能力の一つに『予知夢』のような力があります。これは私の意思では見ることができない。今までに一回しか発動したことがありません。そして今、再び予知夢を見ました。
___私は、パッショーネのボスの顔を見ました。」

「!?」

私の言葉にその場の全員が息を飲む。
目の前のリゾットさんも驚きのあまり言葉がでないようだった。

「……アバッキオが最期の力を振り絞って、ムーディー・ブルースでヒントを残してくれていたんです。」

倒れ伏していたアバッキオを思い出して涙が出そうになる。
グッと堪えて話を続ける。

「リゾットさん…。信じられないかもしれませんが、あなたは私が見た島でパッショーネのボスの『ディアボロ』と出会います。そして、そこであなたは___、」

本人を前にして次の句を告げることができず言葉を詰まらせる。
しかしそんなことは全く気にならないとでもいうように、目の前の彼はあっさりと私が言い淀んでいたことを口にしたのだ。

「…死んでいたんだな。つまり俺は負けたってことか。」

ただ無感情にそう言うリゾットさんに、なんと言っていいかわからず小さく頷いた。

「ただ、ディアボロはあなたとの戦いで酷く負傷していました。そしてその手で、今度はアバッキオを___、
お願いします。リゾットさん。ボスの能力、そして特徴。私が知っていることすべてを話します。その代わり、」

「…お前を解放しろ。そういうことか?」

リゾットさんの言葉に私は一瞬迷ったあと首を横に振る。
それに対して彼は意味が分からないとでもいうように腕を組んだ。

「でなければ何が望みだ?」

殺されるかもしれない。今度こそ。
今から私が口にすることはもしかしたら彼らの逆鱗に触れることかも。
だけどこの条件を飲んでもらわなければ、再びブチャラティと暗殺チームは衝突することになる。
意を決して口を開く。

「___麻薬を、諦めてください。」

今度こそ彼らは空いた口がふさがらないとでも言ったように驚愕した。
ホルマジオの「はぁ?」という気の抜けた声を皮切りに全員がソファから立ち上がる。

「君は、何を言っているんだ?」

メローネのガラス玉のような体温のない瞳が私を見降ろす。
全員の冷たい視線が突き刺さる。
やはり私が口にした言葉は彼らの逆鱗だったようだ。
尋常ではないほどの殺気を向けられて身体が崩れ落ちそうになった。

「ナマエ、自分が何を言ってるのかわかってんのか?」

「…プロシュートさん。分かっています。ちょっとしか聞いてないけど、あなたたちの状況も…。でもやっぱり、麻薬で金儲けをするのは間違っていると思います!いろんな人たちが不幸になる…。」

「ナマエ…。そ、そんなこと言うなよ。お前、このままだと…。」

ペッシの泣きだしそうな声が響く。
こんな状況だというのに私の身を案じてくれている彼に、思わず笑みが漏れそうになった。

「リゾットさんが頷くまで、私から話すことは何もありません。
さっきみたいにメタリカで攻撃されても、何をされても。例え死んでもッ!!」

興奮のあまり息が荒くなる。怖い、怖い怖い怖い。
だけど私がくじけそうになるとき、いつも心の中にいてくれたのはやっぱりあなただった。

______ブチャラティ
私はあなたのためなら、どこまでも強くなれる。

「それがお前の答えか。」

冷徹なリゾットの声。私の運命は、今決まったのか。
(ごめん…。アバッキオ。)
願わくば私のこの行動で、あの未来が少しでも変わりますように。


覚悟して目を閉じた。
その瞬間だった。


「待てよッ!!」

リビングに良く通る声が響いた。
その声に目を開けると、大きな背中と真っ白いシャツが目に入る。

「ギアッチョ…?」

まるで私をかばうかのように目の前に立ちふさがったのはギアッチョだった。
リゾット以外の全員が目を白黒させた。
当の自分だって訳が分からない。何故敵であるはずの自分をギアッチョがわざわざかばうような真似をするのか分からなかった。

「ギアッチョ。なんのつもりだ?」

リゾットの冷静な声が響く。
だんまりを決め込むギアッチョに対して声を上げたのはメローネだった。

「おい、ギアッチョ。
まさかお前、ナマエに惚れたんじゃあないだろうな?」

メローネの言葉に私が一番驚きを示した。
目の前のギアッチョが?なんで?私たちは敵同士だというのに。
そもそも私をここに無理やり連れてきたのはギアッチョとメローネではないか。
碌に会話もしたことがないのに何故そんな話になるのか。
頭の中でメローネの言葉を必死に否定しようとする私に最後の追い打ちをかけるように、当の本人のギアッチョがその口を開いた。

「……あぁ、そうだよッ!!メローネ!!てめぇの言う通りだ!!
情けねぇことにオレはコイツに惚れちまったんだ!!」

ギアッチョの衝撃発言にリビングが一瞬静寂に包まれる。先程までとは違った意味での緊迫した空気が流れた。

「え…?惚れた、って……?」

ギアッチョの言葉の意味を理解すると同時に顔が真っ赤に染まる。
しかしそれを踏まえた上で、今までの彼の行動を思い返せば納得ができてしまう。
でも何故?
それが理解できなかった。

「ギアッチョ。確かにナマエは可愛い。おっぱいもでかいしな。だけど俺たちは暗殺者だぜ。任務によってはババアを口説かなきゃならない時もあるし、勃たねぇよ、ってくらい不細工な女を抱かなきゃならないときだってある。お前だってそんな任務、やってきただろ?そんな俺たちが標的に絆されてどうするんだ?」

冷たい目で今までにないくらい冷静に正論を言うメローネに冷や汗が流れる。
メローネは飄々としていて何を考えているかわからない、そして変態という自分の中の印象がガラリと変わる。
やはり彼も暗殺者。一度スイッチが入れば自分に向けられているものではないと分かりながらも萎縮してしまそうな迫力をもっていた。

「………ムカツクけどよぉ、おめぇの言う通りだよ。俺は暗殺者の風上にも置けねぇ、自分の感情も制御できなかったダセェ男だ。
だがな、気づいちまった気持ちはもう止めらんねぇ。俺の性格はお前が一番わかってんだろ。」

真っ直ぐにメローネを見据えて言うギアッチョ。それに対するメローネの視線はやはり冷たい。

「お前は何か勘違いしていないか?
ナマエが俺たちの周りにはいないタイプの女だから、珍しさで気になっているだけじゃあないのか?何なら一回この女を抱けよ。そうすりゃ、お前の気持ちも晴れるんじゃあないか?」

メローネは、本気で言っている。
私に向けた冷酷すぎる言葉に肩を震わせる。
目の前にギアッチョがいてその言葉を放ったメローネが見えないのがせめてもの救いだった。
ギアッチョが一度こちらを振り返る。
一瞬だけ目が合うと、すぐにまた向こうを向いてしまった。
グッと拳を握りしめ、苦しげに言う。

「…そういうんじゃあ、ねぇんだよ……!」

「……ギアッチョ、本気か…!?」

見たこともないギアッチョの姿にメローネは今度こそ動揺の色を隠せなかった。
メローネの言葉を最後に部屋を静寂が包む。誰も、何も言葉を発することができなかった。
あのイルーゾォさえ、異様な雰囲気を察して鏡から顔を覗かせていた。
そんな中、一番初めに口を開いたのはプロシュートだった。

「……ギアッチョ。まさか、だったぜ。
お前の口からそんな言葉が出るとはな…。
___それで、お前はどうしたいんだ?」

ギアッチョはプロシュートの顔を見て、迷ったように視線を彷徨わせたが、再びナマエの顔を見ると1つ息を吐いて決意したかのように答える。

「俺は、____ナマエの言う条件を飲んでやりたい。
いや、そうすべきだと俺自身思う。」

「___っ!!ギアッチョ…。」

ギアッチョの言葉に、メローネとホルマジオ、イルーゾォは訳が分からないと言ったように首を振る。
リゾット、そしてプロシュートは黙って聞いていた。

「これは別にナマエに惚れたことは関係ねぇ。いや…、あるか。ナマエに惚れなけりゃあそもそもこんなこと考えもしなかったからな。つーかたぶん、今までの俺なら他人の話になんて耳を傾けなかった。」

短期で直情的なギアッチョの性格はチームのメンバーが1番よく分かっている。
だからこそメンバーは驚きを隠せなかった。
初めて見るギアッチョの姿に困惑していた。

「なぁ、俺たちって一体何のために命をかけて戦っていたんだ?金がほしかったからか?ソルベとジェラートの復讐か?
……確かにそれもあるかもしれない。だけど俺らが組織を裏切った根本的な理由は違ったはずだ。」

その言葉に先ほど首を振ってギアッチョのことを分からないという態度をとっていた三人は、顔を上げて彼のほうを見る。

「…腹が立ったからだ。我慢ならなかったからだ。
俺らを軽視して使い捨ての駒にしか思っていないボスがよぉ…。思い知らせてやりたかった。俺らを敵に回すとこうなるんだぞ、ってな…。」

ギアッチョの言葉にすべてのメンバーが聞き入っていた。
彼らと出会って数日の私には、彼らが抱えているもののすべてはわからない。
だけど今のギアッチョの気持ちだけは痛いくらい分かる。
一歩間違えれば死ぬかもしれない、過酷な任務をこなしても誰にも評価されない辛さ。誰にだって認められたいという気持ちはある。男ならなおさら、ブチャラティがそうだったように上にのし上がっていきたいという欲求だって。
信頼は目に見えない。
暗殺チームの幹部が果たしてどんな人物なのかは私には分からない。だがそれがもしもブチャラティのような、人を大切にするような人間だったのならこのようなことは起きなかったのではないか。
ただの妄想でしかないがそう思った。

「……もうやめようぜ。俺らはギャングの中でも底辺の中の底辺の存在だが、それでも自分の仕事に誇りを持っていたはずだ。そうだろ?メローネよぉ。」

「………。」

「こんなに弱っちくて満足に戦えない奴が、俺らを前に死ぬ覚悟で要求を突っぱねたんだぜ。誰にでもできることじゃあねぇだろ。コイツの覚悟に、気づかされた。」

ギアッチョはすべての思いを伝えたとばかりに満足気な顔をしていた。
まるで憑き物が落ちたかのような表情だった。
誰も、何も言葉を発さない。
しかしそんな静寂を破るように机をガンッ、と蹴る音が響く。
メローネが目の前にあった机を蹴り飛ばしたのだ。立ち上がった彼は、そのままギアッチョの前に立ちふさがる。

数秒、二人は無言で睨み合っていた。

「……ギアッチョ。お前がチームに入った時から相棒としてずっと見てきた俺としては本当に驚きだぜ。
___お前、いつの間にそんなに成長しちまったんだよ。」

顔を上げたメローネの表情に私の心臓は意図せず跳ねた。
いつも笑っているように見えても心の底では何を考えているのか分からなかったメローネの冷たい瞳。
それが今、本当に嬉しいとばかりに細められて優しく微笑んでいたからだ。

「……メローネ。おめぇ…。」

メローネの言葉にギアッチョの瞳が揺れた。

私は彼らのことを、一般人のか弱いトリッシュを狙っていた冷酷な集団と思っていた。人間味なんてない、とても話など通じない冷たい人間たちの集まりだと。

だがそれは違った。

一般人とは確かに違うだろう。
歪で、こんがらがってしまって真っ直ぐではない2人の友情。
だが、少なくとも今の目の前の2人の間には確かな信頼がある。

そんな二人の様子を見たホルマジオは火傷をしていない方の頭をボリボリと掻きながら口を開く。

「…いつもキレてて手がつけられないお前がここまで言うとはよぉ……。先輩としては後輩の意見を汲んでやりたくなっちまうだろう。なぁ?イルーゾォ。」

「フン。俺は端からそんなことはどうでもいい。パンナコッタ・フーゴにやられたこの傷が完治するまでは、アイツのこと以外は考えられない…ッ!!」

「オイオイ。それじゃあまるで、恋する乙女じゃあねぇか!」

「ふざけるな、ホルマジオ!!俺は真面目に言っているんだ!!」

ニヤニヤとイルーゾォをいじるホルマジオに、二人の普段からの関係がどういうものかが伺える。
するとホルマジオが何かを思いついたように突然「おっ」と声を上げた。

「イルーゾォ。ブチャラティたちに協力すればよぉ、もしかしてお前のその手、ジョルノ・ジョバァーナに作ってもらえるんじゃあないのか?なぁ、どうだよ?ナマエ。」

「は、はい。ジョルノならきっとやってくれると思います。」

「だってよ!よかったな、イルーゾォ!」

「い、良い訳あるかッ!!そんな敵に頭を下げるなんて…。そんなことできるか!」

必死な、だけど少し嬉しそうなイルーゾォの声色にホルマジオはゲラゲラと笑った。
先ほどまでとは全く違う雰囲気が流れている。
怖くて怖くてたまらなかった暗殺チームの人たち。
だけど彼らにもジョルノやブチャラティと同じ、譲れない強い思いがあり、目的がある。
そして短い中でも彼らの人間らしい面を知り、何かが私の中で変化していた。

「…リゾットさん。お願いします。うぬぼれかもしれませんがあなたたちのチームとブチャラティのチーム、どちらも知る私だから言えることもあります。
あなたたちとブチャラティたちは少しお互い歩み寄って話をすれば、協力できると思うのです。
人を不幸にしかしない麻薬なんかでお互い殺し合うのは、もったいない、間違っていると思います。」

リゾットはソファに腰かけて腕を組み黙ったままだ。
どこを見ているのか分からない漆黒の瞳は、ここではないどこか遠くを見ているようだった。

「……リゾットよぉ。俺らの目的を達成するとしたら今が決断の時だと俺は思う。ボスを倒す。そして俺たちの存在を組織に知らしめる。…すべてブチャラティたちと協力すりゃあ可能になる。底辺からのし上がれるんだ。
何よりも……、俺たちは今お前を失うわけにはいかない。」

プロシュートさんの強い視線にリゾットさんは顔を上げる。
他のメンバーも同様だった。声に出しこそしないがリーダーであるリゾットを失いたくない。
全員が真っ直ぐにリゾットを見つめていた。
(あぁ、やっぱり彼らも_____、)
その様子にいつかのブチャラティたちの姿が重なって思わず涙が出そうになる。

「俺たちは今までこの目的のためにどんな汚ねぇことでもしてきた。ナマエの言う通り、何の力もない、ギャングとは全く関係のないただの小娘を利用しようとしたりな。だがその泥水啜るような経験があったからこそ今がある。
こういう組織には俺らみたいな汚れ役が絶対に必要だろ?
ペッシ。お前はどう思う?」

「そ、そんなの!決まってるぜ!俺は兄貴について行く!一生な!!」

ペッシは当然だというように迷わず返事をした。

「グラッツェ。ナマエ。俺たちはお前のおかげで見失いかけていた大切なことを思い出せた。」

「プロシュートさん…、そ、そんな。
私はただ自分の_____ッ!?!?!?」

「___なッ!?」

私が言葉を失うのと逆に、ギアッチョは驚愕の声を上げた。
なぜならプロシュートさんが何の前触れもなく、突然私の頭を引き寄せて頬に口づけたからだ。
やけに湿っぽいリップ音が響き顔が真っ赤に染まる。

「謙遜するな。お前は十分良い女だ。あと数年したら俺のガッティーナにしてやってもいいって思うくらいはな。」

ニッと笑ったプロシュートさんの綺麗な唇に目がいってしまう。
あの唇が今自分の頬に当たっていたのだと思うと心臓がドキドキと鼓動を早めた。
見つめ合う二人を見て我に返ったギアッチョは、二人の間に入りこむようにして「クソッ!ふざけんなよ!プロシュート!!」と苛立ちの声を上げる。そんなギアッチョに向かい、メローネは「だからプロシュートには気をつけろっていつも言ってんだろ。」と可笑しくてたまらないといったように笑っている。

「リゾット。後はお前だけだ。
俺らの腹は、決まったぜ。」

リゾットはずっと遠くを見ていた瞳を全員に移し、そして最後にナマエへと視線を合わせた。

「……俺はこいつらのリーダーだ。
チームの奴らが出した結論であるならば、
__俺に拒否する理由はない。」

リゾットの言葉に私は思わず飛び跳ねた。
そしてどこからそんな勇気が湧いたのか知らないが、嬉しさのあまりリゾットの大きな手を両手で掴んでいた。

「ありがとうございますッ!!」

「…………あぁ。」

その様子を見た他のメンバーはブハッと突然笑いを漏らした。

「ギャハハハハッ!ナマエ…!お、おま、サイコーだぜッ!!あ、あのリゾットが戸惑ってやがるぜッ!」

ホルマジオの大爆笑に私はようやく自分がリゾットさんの手を握りしめていたことに気がつく。

「す、すみませんっ!わざとじゃないんですっ!!ただ、嬉しくて…。」

「いや、別にかまわないが…。」

そして止しておけばいいものをいつも余計なことを言うのはやはりこの男だ。

「かまわない…、かまわないってよ!ナマエ!いやぁ!リーダーってやっぱりムッツリだったんだね!いっつも仕事仕事で全然女にも興味なさそうだしさぁ、俺リーダーのこと男色じゃあないかって思ってたんだぜ!いやぁ良かったよ!健全でさぁ!」

ゲラゲラと笑いながらそう言うメローネを見て、私はスッとリゾットさんの手を放した。
身の危険を感じたからだ。
未だに笑い続けるメローネに向かってリゾットは言った。

「____メタリカッ!!!」

夜中だというのに暗殺チームのアジトからは奇妙な悲鳴が絶えなかった。


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