6.制御できない気持ち
「うっめぇな。このカポナータ。手が込んでるぜ。今日の食事担当誰だっけ?」
「俺だ。別に白ワインと適当に煮込んだだけだがな。食後のドルチェもあるぜ。」
「夕食だ」とリゾットに言われて男7人と女1人でリビングのソファを取り囲んだ。
圧倒的な彼らの存在感にあり得ないことだが背景からゴゴゴゴゴと音さえする気がする。
私を迎えに来てくれたプロシュートさん、それに雛鳥みたいに彼の後をついていったペッシはなぜか更に奥の部屋へと入っていってしまった。
自分の中の唯一の良心であるプロシュートさんがこの場にいなくなってしまったことにあたふたするが、彼は数分もしないうちにたくさんの皿を抱えてリビングへ戻ってきた。
華麗に4つの皿を一度に持ってくるプロシュートさんは、さながらリストランテのカメリエーネのようだ。
きっと彼のような美しいカメリエーネがいるリストランテなら、その店はそれだけで繁盛間違いないだろうと、要でもないことを考えてしまう。
彼の後を追うようにペッシも普通に皿を持ってきた。
そして冒頭に戻ると言うわけだ。
「ドルチェも!?まっじかよ!?お前暗殺者なんてやめてカポクオーコになれよ!」
ホルマジオの言葉に全員が同意する。
暗殺者チーム。対峙したときの彼らの冷たい瞳。
その時の印象からもっと殺伐としたイメージを持っていた。和気あいあいとまではいかないが、プライベートではこうして普通に会話をするんだ、と驚きと共に恐る恐る促されるままに目の前の料理に手をつけた。
(あ、本当においしい)
見た目だけでなく味も抜群な料理に、空腹の胃が満たされていくのを感じる。
そういえば朝から何も食べてなかった。まさかこんな敵地ともいえる場所で食事なんて、絶対に喉を通らないと思っていたのに、こんな時でもお腹は空くのだから本当に人間の身体は不思議だ。
プロシュートさんが作った料理はそこらへんのリストランテで食べるよりも下手したらおいしかった。更にはドルチェまで作ってしまうというのだから驚きだ。
元々器用なのだろう。神は彼に一体何物を与えれば気が済むのだろうか。
「美味いか?」
突然顔を近づけて尋ねてくるプロシュートさんに、驚いてムセそうになる。
必死にそれを抑えて「はい。」と答えた。その返事を聞いたプロシュートさんは当然だ、とでも言うように鼻で笑うと再びキッチンらしき方へと引っ込んで行った。
無意識に彼の後ろ姿を目で追う。
なんでプロシュートさんは暗殺チームにいるのだろう。
こうして見ているとかっこよくて、器用で。本当に何でもできるような印象を受けるのに。
彼にも譲れないなにかがあるのだろうか?
「呑気な女だな。毒を盛られるとかそういう考えはないのか。」
声を上げたのは全身を包帯でグルグル巻きにした男だった。
包帯の隙間から除いている真っ赤な目が呆れたようにこちらを見ていたことに、今になって気がつく。
「イルーゾォ!!兄貴が毒なんか盛るわけないだろっ!」
兄貴分であるプロシュートをかばうようにペッシが怒りの声を上げる。
「別に本当に盛ってあるなんて誰も思っちゃねぇよ。俺はただ、攫われてきたっつーのにそんな俺らの前で飯なんか食って、危機感のない女だと思っただけだ。」
馬鹿にしたように笑うイルーゾォを改めてまじまじと見て気が付いた。
(手が…。)
片手がない。
ジョルノたちと戦ったときに負った怪我なのだろうか。
最低限の治療はしているようだがそれでも病院に入院したほうが良い傷なのは間違いない。
私の視線のが注がれていることに男は気がついたようで、失った手首を見せつけるように服の袖から出す。
「気になるか?これはお前の仲間にやられた傷だぜ。パンナコッタ・フーゴの殺人ウイルスにな。」
「フーゴの…?」
「仲間のスタンド能力も知らないのか。とんだお笑い種だな。」
そういえば、私はフーゴのスタンド能力を結局見ないままだった。
何度か話をしたことはあるのだが、決まってその話になると彼は苦笑いを浮かべて話題を逸らしていたからだ。あの時は別段なんとも思ってはいなかった。しかし今思えば、フーゴはこの能力をあまり知られたくなかったのかもしれない。
もはや確かめる術はないのだが。
「おい、イルーゾォ。お前の気持ちも分からなくはないが、そんなにこの女に突っかかっても仕方ないだろ。」
ホルマジオの静止にイルーゾォは面白くなさそうに舌打ちをしたかと思うと、立ち上がってリビングに掛けてある鏡の中へと消えていった。
人が鏡の中へ入っていくという驚きの光景に、目が離せなくなる。
消えていったイルーゾォに代わって返事をしたのはリゾットだった。
「イルーゾォのことは気にするな。ヤツはお前が協力することに納得がいっていないんだ。本当なら自分を負かした相手に雪辱を晴らしたいと思っているんだろうな。」
「頭では理解していても心が納得できないってヤツだな。気持ちは分からなくもねぇけどよ。」
ホルマジオが火傷をしていない方の頭をバリバリと掻いて難しそうな顔をする。
その言葉に私は鏡にの中に入っていった彼の姿を追った。
しかし鏡の中にはリビングの殺風景な風景が映るだけだ。
「だいだいさ、イルーゾォは真面目すぎるんだよ。もっと気楽に、楽しく生きてもいいんじゃあねぇの?」
メローネの気の抜けた感想にこの場にいるナマエ以外の誰もが思った。
「お前はもうちょっと気合を入れろよ。」と。
◇
その後は気まずい沈黙の中、黙々と料理を食べた。
あれだけ美味しいと思った料理も、一連の出来事があった後では後味の悪いものになってしまった。
辺りにはペッシが食器を重ねる音だけが響く。
静かすぎるその雰囲気に耐えられる訳もなく、ペッシと共に食器を片付けようと立ち上った。
突然立ち上がった私に一斉に注目が集まり尻込みしそうになる。
やはり彼らの視線は怖い。
「あの…、手伝います。」
「え、で、でも…。」
ペッシは困ったようにプロシュートの方へ目をやる。
「好きにしな。」
特に関心もないといったようにプロシュートは一度だけこちらを一瞥したかと思うと、すぐに目の前のコーヒーへと視線を戻した。
それを了承と受け取って私もペッシと共に机の上に置かれた空の皿を片付ける。
丁度メローネの皿を片付けた、そんな時だった。
何かが私のお尻を触った。そのいやらしい手つきに、ゾワッとしたものが背筋を這い上がる。
「きゃあっ!」
思わず手に持ってお皿を落としてしまい、ガシャンという耳障りな音が部屋に響く。
スカートの裾を押さえて原因である男のほうを振り返る。
「め、メローネさんッ!!いい加減にしてください!!」
「怒った顔もまた可愛いぜ。ナマエ。」
もはやこの男に何を言っても無駄だろう。
落としてしまった皿は幸いにも一枚も割れていない。
はぁ、とため息をついてそれらを拾い上げようとしたときだった。
「ほらよ。」
目の前に一枚皿が差し出された。
持つ手の主を追うと驚いたことにそれはギアッチョだった。
「あ、ありがとう…。」
「……貸せ。」
「え…、で、でも。」
私が答える前にギアッチョは手の中にあった皿を全て奪いとる。
すると振り返ることもなくキッチンの奥へと入っていってしまった。
慌てて私も残った食器を集めて彼へと続く。と言ってもほとんどギアッチョが持っていってくれたので小さなカトラリーやコップのみだ。
「さすがギアッチョ。優しい〜。」
メローネの冷やかしの言葉もキッチンの奥に向かったギアッチョには聞こえなかったのか、怒りの雄たけびはなかった。
キッチンではすでにペッシが食器を洗い始めており、ギアッチョは特にそれを手伝うこともなく椅子に腰かけて携帯をいじっていた。
「あの、私、代わるよ。」
「え…、そ、そう?じゃ、じゃあ俺が洗った食器拭いていってくれよ。洗うのはもう終わるしさ。」
「分かった。」
ペッシから布巾を受け取り食器を一つ一つ拭いて行く。
なぜかペッシ相手だとそんなに緊張せずに話すことができる。
ペッシもペッシで私相手にどう対応すればいいのか分からなくて戸惑っているのが、手に取るように分かるからかもしれいない。
他の人たちは、感情が読みにくい。
今まさに椅子に座ったままちっともリビングに戻ろうとしないギアッチョの存在がそうだ。
何故ここにいるのかが気になって仕方ないが、彼は別段気にした様子もなく携帯へと視線を落としている。
ペッシは年齢不詳なところがあるがメンバーからの扱いを見るに、きっとこの中では一番若いのだろう。
そして携帯をいじるギアッチョ。彼も自分とそれほど年が離れているとは感じない。こうして普通にしていれば目つきが悪いこと以外、彼が暗殺者だなんて誰も考えないだろう。
そんな私の視線に気がついたのか顔を上げたギアッチョとバッチリと視線が合ってしまった。
なんとなく目が逸らせずに彼の眼鏡の奥の三白眼を見つめる。
「おめーよ、見れば見るほど普通の女だな。」
「え?」
突然のギアッチョの質問に私は疑問符を浮かべる。ペッシも首を傾げて洗い物を続けた。
「警戒心はねぇし、マヌケだし、トロイ。スタンド使いだってことを除けばただの普通の女じゃねぇか。なんでブチャラティたちなんかと一緒に行動してんだ?」
「な、なんでって言われても…。」
酷い言われようだがギアッチョが怖くて何も言えない。助けを求めるように隣のペッシをチラリと見るが、サッと視線を逸らされてしまった。どうやらペッシもギアッチョが怖いらしい。
「…私がブチャラティに無理言って付いてきただけだよ。」
ギアッチョは一瞬言いにくそうに言葉を詰まらせた私のわずかな変化を見逃さなかった。
「………へぇ。お前もしかして、ブチャラティのことが好きなんだろ?」
ギアッチョの言葉に私は思わず彼の顔を驚いたように見つめた。
ペッシもなぜか驚いたように私のほうを見やる。
「図星かよ。カマかけただけなんだけどな。」
フン、と馬鹿にするように笑ったギアッチョに、羞恥心から顔が熱くなる。
「男目的でギャングに近づくとか、お前顔に似合わずとんだビッチだな。ブチャラティもお前のこと、都合の良い女だと思ってたんじゃあねぇの?
___結局捨てられちまったんだろ?」
笑いながらギアッチョは話し続ける。耐えよう、耐えようと思っていたけどもう限界だった。
堪えきれない涙が目から溢れ出た。
ペッシは泣き始めてしまったナマエに慌てたようにキョロキョロと落ち着きをなくす。
ギアッチョもまさかナマエが泣くとは思わなかったらしく、ギョッと目を見開いた。
「お、おい。泣くなよ。ほんの冗談だろ。」
「ちょっとだけ、優しい人だって、思ってたのに…。」
ナマエの大きな目から零れる涙にギアッチョは再び目を奪われる。
実は心のどこかで自分は、もう一度この女の涙を見たいと思っていたのかもしれない。
そのオドオドとした自信のなさそうな態度が、ギアッチョの嗜虐心を刺激した。
しかしそれと同時に自分の胸の内に、なんともいえない苦い気持ちが広がっていくのが分かった。
自分の気持ちに一番戸惑っているのはギアッチョ本人だった。
ペッシの「どうするんだよ」という視線がうっとおしい。
ギアッチョは大きな音をたてて椅子から立ち上がり、涙を流すナマエの頬に自分の手を当てた。
ビクリとギアッチョの手にナマエが身を竦ませる。
その怯えようにギアッチョは眉間の皺を更に深くした。
ペッシもギアッチョがナマエに手を上げるのではないかと思い、思わず声を上げようとした。
しかしペッシが声を上げることはなかった。
なぜならギアッチョの指が、優しくナマエの頬を撫ぜるように涙を拭っていたからだ。普段荒々しくて常に怒りの言葉を吐いている、売られた喧嘩は勿論、気に入らないヤツは自分から潰しにいくスタンスの彼。
その彼が二年は同じチームにいるペッシも見たことがないくらい優しくナマエに触れているのを見てペッシは言葉をなくした。
「ギ、ギアッチョ…?」
戸惑ったペッシの声にギアッチョはハッと我に返る。
「クソ…ッ」と一言だけギアッチョは呟くと、逃げるようにキッチンから去っていった。
後に残されたペッシとナマエは呆然として彼が消えていった方を見つめた。
「だ、大丈夫…?ナマエ…?」
「……う、うん。」
ギアッチョの手が触れていた場所に自分の手で触れる。
彼の優しい手つきを思い出すと羞恥で顔が赤くなる。
酷いことを言われたはずなのに、いつの間にか涙は止まっていた。
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