4.永遠の時に閉じ込めて
「わ、悪いけどリーダーと兄貴の命令だから…。俺もアンタには感謝しているから荒っぽいことはしたくないんだ…。暫くここでじっとしていてくれよ。」
ペッシに連れてこられた場所は、目覚めた時に寝ていたベッドの部屋だった。
パタンと無常にも閉められた扉。今度は拘束こそされなかったが、部屋の外から鍵をかけられてしまった。
『別に返事は急がないさ。俺たちには時間がある。最も、ブチャラティたちに残された時間は少ないだろうがな。』
そう言ったリゾットの言葉でその場は一度解散となった。
リゾットが最後に言っていた言葉が頭の中をグルグルと回る。
不安。
ブチャラティたちは強い。万が一のことなどあるはずがない。そう思いたいが、リゾットの言葉が頭の中に残っている。
私がいたところでどうにかならないかもしれないが、それでも何かの役に立つかもしれない。
ブチャラティだけじゃない。
ジョルノ、アバッキオ、ミスタ、ナランチャ、それにトリッシュ。
彼らに何かがあったらと考えただけで肝が冷えた。
(あれ…?そういえば、私、いつの間にか……。)
「___いつからみんなのこと、こんなに大好きになってたんだろ…。」
みんなの顔を思い出すと涙が溢れてくる。
年下なのにいつも冷静で頼りになるジョルノ。ぶっきら棒で怖いけれど本当はすごく面倒見が良いアバッキオ。明るくていつもチームのムードメーカーなミスタ。年上とは思えない位子供っぽい、だけどいざという時は格好いいナランチャ。自分の運命を受け入れて立ち向かっていこうとしているトリッシュ。
そして大切な、
「ブチャラティ…。会いたいよ……っ」
今こそみんなのために戦いたいのに、私はこの部屋から出ることすらできない。
その日私は声を出さぬように泣いた。
◇◇◇
「ペッシ。ナマエの様子は?」
「あ、兄貴の言う通りしっかり部屋の鍵は閉めてきたよ…。で、でも本当にこれで良かったのかな…?俺と兄貴はあの女に助けられたようなもんなのに…。」
「ペッシ。確かに俺らはあの女に命を救われたかもしれねぇ。だけど俺はこうも言ったはずだぜ。
『ここで引くことで借りはチャラ』だとな。義理は勿論返す。だが仕事に甘さは残すな。俺たちはアマチュアじゃあねぇ。プロなんだからな。」
「あ、兄貴ィ…!やっぱり兄貴はスゲェや…!」
ペッシがキラキラとした目でプロシュートを見つめる。
その目には尊敬と憧れが宿っている。
そんな二人の様子を見ながらリゾットは口を開く。
「……どう思う?」
「何が?ナマエについて?俺は好きだよ。ああいう女。弱そうな見た目なのに意思が強くてさ。ああいう女は一度ポッキリと折ってやれば意外とあっさりと屈服するんだよ。」
「メローネ。そういうことを言っているんじゃあない。」
「はいはい、分かってるよリーダー。冗談だって。メタリカは止めて。本当に。」
「…プロシュート。この中で一番初めにあの女と会ったのはお前だ。お前から見た印象はどうだ?あの女は今後俺たちにとって有益な働きをするだろうか。」
リゾットの言葉にプロシュートは放り出していた長い脚を一度組みなおす。
一つ考えてから答えた。
「そうだな…。俺も列車の中でたった一度戦ったときの印象だからな、正確なことは言えねぇが…。アイツは俺にさんざん脅されても最後まで奴らを守るために動いていた。しかもよ、あの女はブチャラティのために敵である俺さえも助けちまうような筋金入りだぜ。並大抵のことがなきゃあ自分の意思を変えることはないだろうぜ。」
「…厄介だな。無理に協力させようとすれば自ら命を絶つかもしれん。」
「それって今一人にしておいていいのかよ?」
ギアッチョの言葉に一瞬全員の時が止まる。
リゾットは特に表情を変えることなく口を開いた。
「……ギアッチョ。見に行け。」
「はぁ!?なんで俺が!?」
「言い出しっぺだろ?そういう法則があるの知らねぇのか?」
リゾットに便乗するようにホルマジオも囃し立てる。
「んなもんペッシに行かせりゃあいいだろッ!!」
「ペッシはさっき行っただろーが。年功序列で次はお前の番だぜ。ギアッチョ。」
「メローネに行かせろよッ!!」
「お前のほうが下だろーが。それにあの女とこの変態を二人にできるか。」
リーダーのリゾットに加え、プロシュートにまで言われてしまえばギアッチョも青筋を立てながらも従うしか道はない。
ペッシから奪い取るように鍵を受け取ると、いつものように半ギレ状態で何かを叫びながらリビングを出て行った。
扉が壊れそうな勢いで閉まるが一応ちゃんと閉めていくあたりは律儀だ。
「あ、兄貴…、ギアッチョに行かせて大丈夫なのかよ…?」
「あぁ?ギアッチョなら大丈夫だろ。ヤツの逆鱗に触れなきゃ、だが。」
「あー……、そう言えば…。ギアッチョってば一回ナマエを捕まえたときに、ホワイト・アルバムで殺しかけたんだよね。大丈夫かな?」
今までわざと言いませんでした、とでも言わんばかりのメローネの態度に思わずプロシュートは拳を叩きこんだ。
◇
「ったく、なんで俺が…!!いくら下っ端だからってよぉ…、納得いかねぇ…ッ!!」
ギアッチョは苛立っていた。彼が苛立っているのはいつものことなのだが、今日はそれに輪をかけて機嫌が悪かった。
まず朝一でせっかく掴まえたナマエを逃がした。結局メローネのベイビィで追跡してサン・ジョルジョ・マジョーレ島で再度掴まえたのは良かったが、年功序列を理由にこうやってパシリのようなことをさせられている。
ペッシが入ってきてからはだいぶマシになったとは思うが、自分の元々キレやすい性格が更に短気になったのは、間違いなくこのチームに入ったことが原因だと断言できる。
ペッシから受け取った鍵を乱暴に鍵穴に差し込むと扉を開く。
リビングとは違う、シンッとした空気に思わずギアッチョも静かに扉を開ける。
「…おい、生きてるか?」
返事がない。まさか本当に死んでるんじゃあないかと思い、慌ててギアッチョは部屋へと足を踏み入れる。
結論から言えばナマエは普通にベッドの上にいた。しかし身動き一つしない。
もしも死んでいたらヤバイ。そんな気持ちで彼女の眠るベッドへと近づいてその首へ触れる。
「…ん、」
ギアッチョの手が冷たかったのか、ナマエは一つ身じろぎする。
ホッと一つ息をつくと、さあ自分の仕事は終わったとばかりに部屋を後にしようとする。
だけどそれは叶わなかった。
「…なんだ?」
ナマエの小さな手がギアッチョの手を掴んでいたため驚いてギアッチョは再び足を止めた。
「なにしやがるんだ、このアマ。」さすがに大声で叫びはしないが、そんな思いを抱きながらもう片方の手で彼女の手をはずそうとする。
しかし今度は掴まれていた手が彼女の両手に包まれてしまう。
「___オイ、てめぇ…!どういうつもり…、」
さすがに大声で文句を言いそうになった時だった。
「___ない、……」
「あ?なんだって?」
か細すぎる声で聞こえない。ギアッチョは彼女の口元へ耳を近づける。
「___行か、ないで……。」
「…はぁ?なにを…。」
無理やり寝ている彼女を起こそうとしたギアッチョは気がついた。
彼女の伏せられた両目から綺麗な滴が零れ落ちていることに。
キラキラとしたそれは、まるで雪の結晶のようで無意識にそれに引き付けられる。
引き寄せられるようにギアッチョは涙が流れるその頬に、手で触れた。
それに反応したナマエが一瞬ピクリと反応するが起きることはなく、何かを勘違いしたのだろうか頬に添えられたギアッチョの手の甲に自らの手を重ねる。
ナマエはハラハラと涙を流し続ける。なにか夢でも見ているのだろうか。
柄にもなくギアッチョはその涙に見入っていた。
そして何を思ったか、目の前の女の小さな頭をもう片方の手で撫でる。
すると女は少し安心したように口元に小さな笑みを浮かべた。
(____綺麗だ。)
もしこのまま自分のスタンドで目の前の女の時を氷の中に閉じ込めてしまえば。
永遠にこの女はこのままの姿で残るのだろうか。
ギアッチョの気持ちに呼応するように、部屋の温度が急激に下がる。
ブルリと震えたナマエを見てギアッチョは漸く我に返った。
「は…っ、なんだ俺?どうかしちまったのか?」
これではまるで自分の相棒の変態のようではないか。
ギアッチョは彼女の手をそっとはずして慌てて部屋から出て行った。
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