Day`s eyeをあなたへ | ナノ


  3.あなたからもらった勇気


ノックをすることもなく扉が荒々しく開かれる。
このアジトの中でノックをする人間はまずいないが、これほど乱暴に扉を開ける男は一人しかいない。

「ギアッチョ。うるせぇぞ。」

「んだよ、アンタが呼んだんだろ!これでいいのか!?」

バサリとギアッチョは一枚のシャツをベッドに向かって放り投げる。
プロシュートはそのシャツを受け取るとナマエに向かって差し出す。

「着ろ。」

やはり目の前の男は出て行くつもりはないようだ。
有無を言わせぬその瞳が突き刺さる。震える手で私はパーカーの片手を脱いだ。
その行動に声を上げたのは私でも、目の前のプロシュートでもない。
部屋の入り口に居合わせたギアッチョだった。

「て、てめ…ッ!な、なんで俺たちの前で脱いでんだよッ!痴女なのかッ!?」

「ギアッチョ、お前は少し黙ってろ。ま、興味があるならここで見ていてもいいけどよ、静かにしていろよ。」

「バ…ッ!きょ、興味なんてねぇよッ!!ざけんなッ!クソッ!!」

そう言ったギアッチョは入ってきたときよりも更に大きな音を立てて部屋から出て行った。
呆然として私はギアッチョが出て行った方向を見つめる。

「テメェもさっさと服を着ろ。いつまでそのでかい胸放り出してるつもりなんだ?実は襲ってほしいんじゃあねぇのか?」

挑発的に笑ったプロシュートに羞恥心から全身が熱くなる。慌ててギアッチョが先ほど投げた服を着たはいいのだが…。

「……まぁ、デカイに決まってるわな。」

いくらギアッチョがこの中では小さい方だと言っても、女のナマエよりは数十センチも大きい。
どんなに持ち上げても片方の肩からシャツはずり落ちるし、たぶん半袖なのだろう服は七部袖のようになってしまっている。
立ってみればそれはより顕著にわかる。スカートを覆い隠してワンピースのようになってしまったシャツを見て、プロシュートは眉を寄せた。

「まぁあのままでいるよりはマシだろう。行くぞ。」

ベッドに座り込む私を立ち上がらせたかと思うとプロシュートは後ろ手で拘束して自分の前を歩かせた。

「ど、どこに行くの…?」

不安でたまらなくなり後ろにいるプロシュートを振り返る。
彼はそんな私の言葉に彼は特になんの感情も見えない声色で返した。

「___俺たちのリーダーのところだ。」




「あ、来たね。ナマエ。その服、ディ・モールト良く似合っているよ。」

以前ジョルノにも同じようなことを言われたような気がするが、言う人間が違うとここまで言葉の質は変わるものなのだろうか。なんだか服を通してその奥を覗かれているような気がして、思わず自分の手で身体を隠した。だいたいこんなぶかぶかのシャツを着た不格好な姿に似合うも似合わないもないだろうに。
リビングらしき場所につれてこられた私の視界に入ったものは、それはそれは個性的な面々だった。
まずとにかく髪の色がカラフルだ。
そして中には思わずギョッとしてしまうような見た目の人もいた。
一人は半身を火傷しているのか、包帯の隙間から除く焼けただれた痕がものすごく痛々しい。
もう一人は全身を包帯でグルグル巻きにしていてその顔すら拝めなかったが、私がリビングに入ってきた途端、鏡の中へと消えてしまった。

(そういえば、車の中でフーゴとミスタが話していた。)

鏡の中に自由に入れるスタンド使いと戦った、とあの時フーゴは言っていた。
あの時はまだスタンドについてなにも知らなかったので彼らの話していることの意味がわからなかったが、今になって思えば彼らが戦ったのは今まさに鏡の中へと姿を消した男だったのだと納得がいった。
私を品定めするかのような視線に嫌な汗をかく。
彼らもブチャラティたちと同じパッショーネという組織に属している人間だというのに、チームが違うとこれほどまでに雰囲気が違うものなのだろうか。

「リゾットは?」

「まだ籠って出てこない。全く、俺たちを呼び出しておきながら。」

プロシュートが言ったリゾットというのはこの暗殺チームのリーダーのことだろうか。対してそれに答えたメローネは言葉とは裏腹に別段そのことについてはなんとも思ってはいなさそうだ。
私はプロシュートに促されるようにして無理やり男たちの腰かけているソファの隙間に座らされた。
その横に彼もドカリとその長い脚を放りだして腰かける。

「能力を使って逃げようなんて馬鹿な真似はするんじゃあねぇぞ。」

プロシュートにまるで脅しのような言葉を言われるが、こんながっちりと警戒された状態で、しかも自分よりも遥か各上の相手がそろったこの状況で逃げるなんて気など、起きるはずもなかった。
周りを見回せば割と一度は対峙したことがある人たちだけであることが分かる。
隣に座る美しいプロシュートさんに、その向こうに縮こまって座っているペッシ。その隣の一人掛けのソファに座る短気なギアッチョさん、そしてその丁度対面側に座る変態のメローネ。
知らないのはやはり、先ほど逃げるように鏡の中へ消えていった男と、丁度私の対面に不遜な態度で腰かけている火傷を負った男だ。

「よぉ、ねぇちゃん。アンタ名前は?」

話しかけてきたのは向かいに座る火傷を負った男だった。
間近で見るとやはりその半身の火傷はつい最近負ったばかりのようで、きっとその身を襲う痛みは猛烈だろうに何故こんなケガを負いながもこうして笑っていられるのか不思議でならない。

「…ナマエ・ミョウジ、です……。」

「ふーん。ナマエ、ね。確かにプロシュートが言ってた通り、普通の女だな。本当にこんな女がスタンド使いなのかよ?」

「あぁ。戦闘能力は皆無だが、そんな女を捕まえるのにここまで手こずったのは、コイツの能力に関係がある。」

「例の未来を見るとかいう?こんなガキが?」

火傷の男の上から下まで舐めるように見る視線にビクリと身体を跳ねさせる。
それを見た男はわざとらしい笑顔を作ったかと思うと口を開いた。

「俺はホルマジオ。気軽に呼んでくれてかまわないぜ。」

「は、はぁ……。」

無理やり掴まえて捕えているというのに気軽にも何もあるのか。
完全な作り笑いと分かっていながらも差し出されたその握手に答えないわけにはいかない。
目の前の男の火傷をしていない手へと自分の手を重ねる。

「___ッい…っ!!」

握った方の手が何か鋭利なもので刺されたようにズキンと痛んだ。
慌てて男の手を振り払い、その手を見ると小さな引っかき傷のようなものができていた。
いつの間にか男の横にはスタンドが佇んでいる。

「おい、ホルマジオ…!」

「いいじゃあねぇか、プロシュート。挨拶替わりだよ。別に危害を加えるつもりはねぇ。」

極々小さな引っかき傷を見ていると数秒もしないうちに不思議なことが起きた。

「え…?」

ソファから垂らした足が、床につかない。
それになんだか変だ。自分の座っている場所からテーブルの位置までが遠すぎる。
気が動転する私を面白がるように、プロシュートとペッシ以外の男たちはゲラゲラと笑った。
そうこうしている間にも私の身体はどんどんと小さくなってしまい、しまいにはソファから床に降りるのも自力では不可能になってしまった。

「な、なんですか…!?これは…!?戻してください!」

「はぁー、笑った笑った。ホルマジオ。お前のその能力くだらないとか言ってたけどさ、なかなか良いじゃあないか。特に女の子に使うのはこう、男のロマンをかきたてられるよなぁ…!」

そう言ってメローネが横のソファから手を伸ばしてくる。
バービー人形よりも更に小さなサイズになった私からしてみれば、突然伸びてくるその巨大な手は恐怖以外の何者でもなかった。それになによりその手の主があの変態だと分かれば更に私の恐怖心は増幅する。

「ほぉら、ナマエ。こんなダッセェシャツなんか脱いで向こうでメローネお兄さんが可愛い洋服を着せてあげるからね?」

「ダッセェシャツってどういうことだ!?コラァッ!!」

「プ…プロシュートさんッ!!」

慌てて私は横に座るプロシュートさんの足へと縋りつく。
彼はそんな私を見て一つため息をついたかと思うと、私の小さくなった身体を掴んで近くに座っていたギアッチョへと手渡した。

「おい!なんで俺に回してくるんだよ!」

ギアッチョは私の服の襟元を猫のようにつまみ上げたかと思うとそのまま宙でぶらぶらとさせた。

「お、おろしてください…!」

「あ”あ!?」

そんな私の訴えが気に障ったのか、ギアッチョはズイッとその顔を近づけると、眼鏡の奥の三白眼で思い切り睨み上げた。その睨みつけは小さい状態で近くで見ると迫力満点で思わず私も言葉をなくした。

「おいプロシュート、邪魔するなよ。ったく女はどいつもこいつもプロシュートの顔面を見ると股を開きやがる!!この前も俺が目をつけた女、横取りしやがって…!」

「横取りした訳じゃあねぇだろ。あっちから勝手に寄ってきたんだ。だいたいメローネ、お前特に仕事でもねぇのにベイビィの母体にしようとしていただけだろ。」

「いいだろう、別に。ベイビィの今後の教育方針を考えるために俺だって日々研究しているんだぜ。」

「おい、もういいだろうホルマジオ!コイツをもとに戻してやれ。」

「はいよ。」

「は?お、オイ!ちょっと待て…っ」

ギアッチョの焦った声も無視してホルマジオは一気にスタンド能力を解除する。
すると当たり前の如くギアッチョに汚いものでも持つかのようにつままれていた私は、元の大きさに戻った瞬間彼の膝の上へと落下した。

「きゃあっ!!」

「うぐぉッ!!」

急に支えを失った私は思わず目の前にあったクルクルの頭に抱き着く。
これは自己防衛のための反射機能であって決して意図した行為ではない。とにかく私はギアッチョの顔に思い切り自分の胸を押し付けるようにして抱き着いてしまった。

「ギアッチョ〜!さすが俺の相棒だぜ!お前はやるときはやる男だと思っていたよ!これもすべて計算のうちなんだろう?」

「よっ!ラッキースケベのギアッチョ!」

茶化すようなメローネとホルマジオの声。顔を真っ赤にして慌てるペッシ。呆れてものも言えないと言った様子のプロシュート。
その声に我に返った私は慌ててを抱きしめていた手を離す。

「す、すみません…っ!わ、わざとじゃないんです!!」

ナマエの胸で思い切り顔を押しつぶされていたギアッチョの眼鏡はすっかりズレて落ちそうになってしまっている。
その瞬間部屋の中の温度が急激に下がり、テーブルの上に置いてあったコーヒーがピシリと凍り付いた。

「オイオイ…、ギアッチョ。落ち着け。落ち着くんだ。お前だっておっぱいに挟まれてラッキーだっただろう。なぁ。」

身の危険を感じて私も慌ててギアッチョから離れる。メローネはキレたギアッチョを諫めようとしているようだが、完全に逆効果だということに何故気が付かないのか。それともわざとやっているのか。勿論ギアッチョはメローネの言葉に意図も簡単にキレた。

「メローネ!!やっぱりテメェだけはぶっ殺すッ!!!」

「なんで俺だけ!?」

「うるせぇ!!死ね!!」


「___騒がしいな。何をしている。」


低い、腹の底に響く声がいつの間にか開いた扉から聞こえた。
その声が聞こえてきた途端、いつの間にか部屋も元の温度へと戻った。

「リゾット。やっと来たか。」

プロシュートの声に彼の視線のほうを追う。そこにはいつの間か一人の男がいた。
私はその男を視界に捉えた途端、慌てて目を逸らした。
ここにいる人たちは確かに全員が奇抜な服装をしているが、リゾットと呼ばれた男はその中でも群を抜いて奇抜すぎる大胆な服装をしている。
何より特徴的だったのはその瞳だ。真黒な目の中に血のような赤い瞳が浮いている。
まるでこの世の闇をいくつもいくつも見てきたかのような光の無い、暗い、暗い瞳。
どこを見ているかわからないその目に身体が金縛りにあったかのように動かなくなる。

「プロシュート。コイツが例の女か?」

「あぁ、そうだ。こいつが未来が見えるスタンド使い。ナマエ・ミョウジだ。」

プロシュートの言葉にリゾットはジッとナマエをジッと見ると一つ口を開く。

「女、こっちへ来い。」

その言葉に辺りの空気がピンと張りつめた。
まるで何かに操られるかのように私は震える足でリゾットと呼ばれる男のもとへ向かう。
漸く彼の前まで歩いてきても、目の前の男と目を合わせることができなかった。
顎を手で掴まれて無理やり視線を合わせられる。
底の見えないその瞳に見つめられるとめまいがした。

「俺が怖いか?」

男の求める答えも分からず私は正直に一つ頷いた。嘘でも「怖くないです」などと言える雰囲気ではなかったのだ。

「フッ…、正直だな。だがそう怖がる必要はない。俺たちはお前に危害を加えるつもりはないんだ。」

訳が分からず目の前の男を見上げる。

「意味が分からない、といった顔だな。俺たちがお前に求めることはただ一つ。俺たちのためにその力を使え。」

「え…?」

更に言っている意味が分からなくなり思わずメンバーが座っている方のソファを振り返る。
しかし彼らのその表情を見たとき思わず背筋が凍りついた。
先ほどまでのふざけたような雰囲気はどこにもない。冷たい、6人分の凍り付くような視線が私を突き刺す。彼らは無表情にただ私をじっと見ていた。

「も、目的って…?トリッシュを捕まえること、ですか…?それともブチャラティたちを、倒すこと…?」

この雰囲気、断ったら最悪死を覚悟しなけらばならないだろう。だけどそんなことに協力できるはずもない。死をも覚悟してリゾットの返答を待つ。

「___違う。俺たちの目的はボスを倒すこと、それだけだ。」

予想外の男の返答に私は目を見開く。
その返答は私にとって驚くべきものだった。知らなかった。ブチャラティたちと敵対していると思っていた男たちの目的は、驚くことに彼らと同じものだったのだ。

「何故、ボスを倒したいと…?」

「オイ、女ァッ!あんまり調子に乗るなよ…!」

私の質問が気に障ったのかギアッチョはソファからガタンと音を立てて立ち上がる。
それを制したのは目の前のリゾットだった。

「ギアッチョ。落ち着け。」

リーダーのリゾットに制されてはさすがのギアッチョも無言で再び座るしかなかった。

「麻薬のルートを俺たちのものにするためだ。」

「ま、やく…?」

麻薬。ブチャラティたちからは一切聞かなかった言葉だったが、確かにギャング組織であるならばそういうものを扱うチームがあってもおかしくはないのかもしれない。
何故そんなものを自分たちのものにしたいのか、自分から確かめる前に男は話始めた。

「知っての通り、俺たちのチームは『暗殺』を生業としている。ボスの命令通り組織にとって不利益な人間を上から命令されるがまま始末する。それが俺たちチームの役割だ。暗殺と聞いてお前はどんなイメージを持つ?」

リゾットからの突然の質問に、戸惑いながらも思ったことを答える。

「……時間と手間がかかる、危険な仕事、だと思います。」

「その通りだ。暗殺はただ道端で殺すのとは訳が違う。何しろ誰がやったか足を掴ませないようにしなければならないからな。ターゲットの行動パターンを把握して、それこそ場合によっては一か月、二か月と粘って、そしてその時がきたら速やかに始末する。勿論ばれたら命はない。たった一度きりの失敗さえも許されない、そんな仕事だ。」

「それがなぜ、ボスを倒すということと麻薬ルートと関係が…?」

リゾットは一つため息をついたかと思うと無表情のまま話しを続ける。

「金さ。この危険な仕事に対する相応の見返り。ボスは俺たちのことを使い捨ての駒程度にしか思っていない。いつかは消える、いつでも替えのきく駒。いち早くそれに気が付いたメンバーがいた.しかしボスの正体を探り始めると同時にこの世のものとは思えぬ残酷な方法で処刑された。
見せしめにな。」

「ヒィ」とペッシから短い悲鳴が上がる。
殺されたメンバーとやらを思い出してしまったのだろうか、その顔色は真っ青だった。

「お金と仲間の復讐のため、ですか…。」

「。認めてくれだなんていうつもりはない。だが俺たちには俺たちのプライドがある。このままないがしろにされたままの状態に甘んじて過ごしていく気も毛頭ない。
協力しろ、ナマエ。お前がいればおそらく正体不明のボスにも近づける。そうすれば、俺たちがトリッシュを追う理由もなくなるし、ブチャラティたちと戦う理由もなくなる。」

グッとリゾットの顎を掴む手に力が入るのが分かる。
それは交渉というよりは一方的な脅しだった。
協力しなければお前の命はない、そう言われているようだった。
死ぬかもしれない。恐ろしくて身体が震える。
それでも私の答えは決まっていた。


「……あなたたちに協力することは、できません。」


この人たちに協力することはブチャラティへの裏切りになる。
優しくて正義感の強いブチャラティが、一般人に害を及ぼす麻薬を許すはずがない。
きっとジョルノもそうだ。ブチャラティたちの護衛チームと彼らの暗殺チーム。
ボスと倒すという目的は同じだが、それでもその後目指すものが異なる。ブチャラティとジョルノはこの組織のボスを倒して根本から変えようとしている。しかしここにいる暗殺チームの人たちは言うなれば乗っ取り。ボスを倒してそのまま組織を乗っ取ろとしているのだ。
これでは何も変わらない。腐った組織は、腐ったままだ。

リゾットはピクリとも表情を変えることなく再び口を開く。

「死にたいのか?」

怖い。
無感情に、ただそれだけを口にした彼に強い恐怖を覚えた。
やはり同じ人間だとは思えない。
根本的な部分で理解し合えない、そう思ってしまった。

「…そんなわけ、ないじゃないですか。だけど、あなたたちに協力することは、ブチャラティへの裏切りになる。
私はもう二度とブチャラティには会えないかもしれないけれど、彼の足を引っ張る真似だけはしたくない…。」

ブチャラティのために死ねるのならば、本望だ。
だけどできることなら最後にもう一度あなたに会いたかった。

目の前の現実から目を背けるように、私はゆっくりと目を閉じた。


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