Day`s eyeをあなたへ | ナノ


  10.ボスの手がかり


リゾットさんの許可が出た後の私の行動は決まっていた。
「お世話になりました。」と言い足早にアジトを後にしようとする。
するとギアッチョが私の腕を掴んで止めた。

「いやいやいや!オイ!待てよ!お前こんな時間に一人でここから出て行ってどうするつもりだ!?」

「え?どうするって…、みんなのところに…。あっ!」

馬鹿は私はギアッチョに言われて漸く気がついた。
苦笑いしながら目の前の彼に問う。

「…ここって、どこ…?」

私の言葉にギアッチョも他のみんなも呆れてものも言えないというように頭を抱える。
気持ちばかり先走って恥ずかしい。自分も思わず顔を伏せた。
リゾットさんはそんな私を見て静かに口を開く。

「焦るお前の気持ちも分からなくはないがな。だがこの辺りはネアポリスなど比べ物にならんほど物騒だ。こんな時間に女が一人で出歩くところじゃあない。」

「まぁ俺たちが一番物騒だと思うけどな。」

リゾットさんの言葉にメローネが突っ込みを入れる。
誰もそれに対して何も言わなかったが、私はその言葉に妙に納得してしまった。

「でも…、早くみんなと合流しないと…。アバッキオが…。」

「今出て行ってお前はどこに向かうつもりなんだ?」

リゾットさんの言葉にハッとした。
そうだ。確かに予知夢でどんな島なのかは見たけれど、実際になんて名前の島なのかが分からない。
今度こそ本気で自分の馬鹿さ加減に呆れた。
電話で連絡をとろうか。ダメだ。ブチャラティたちの携帯番号なんて聞いたことがない。
これではどうしようもないではないか。
判別がつかないくらいグチャグチャになり死んでいたリゾットさん、それにあんなに優しかったアバッキオの冷たくなった姿。
胃の中のものがせり上がってきそうになり、耐えるように口元に手を当てる。

「オイ…、気分、悪いのか?」

横にいたギアッチョが背中を摩ってくれる。
少し乱暴だが、大きな温かい手に次第に吐き気も収まってくる・
ふるふると首を横に振ると、ギアッチョはソファに座るように私の背を押した。

「大丈夫か?」

ソファに座った私が落ち着くのを待って、リゾットさんは声をかけてくれる。
なんでだろう。初めはこの人のことが怖くて仕方なかったはずなのに。相変わらず無表情だが言葉の端々からの優しさが感じられて少し安心した。

「…はい。すみません。夢のことを、思い出してしまって…。ギアッチョも、ありがとう。」

隣に座って未だに背を摩ってくれているギアッチョにニコリと微笑む。
彼とバッチリ目が合うと、徐に視線を逸らされてしまった。
後ろからメローネが「初心だな〜ギアッチョ。」と明らかに囃し立てるような声を上げる。
案の定ギアッチョは物凄い勢いで振り向いてギロリと睨み上げていた。

「よせ。ギアッチョ、メローネ。ナマエ、実は俺は明日の朝、ある場所へいくつもりだった。
プロシュート、イルーゾォ、ギアッチョ。俺たちが前にトリッシュを捕えようとしてそのアパートへ行ったときのことを覚えているか?」

「アパートって…。結局なんの手がかりもなかったときのか?あの時は確か幹部のペリーコロが思ったより早く手を回していたせいで、見事に俺たちはトリッシュと入れ違ったんだったよな?」

「いいや、イルーゾォ。手がかりは、あったんだ。」

そう言ったかと思うとリゾットは徐に二枚の写真を机の上に放り投げる。
メンバー全員がその写真を見るために机の周りに集まった。
隣のギアッチョが首を傾げて口を開く。

「…なんだこれ?俺らが家捜ししたときのアパートの写真じゃあねぇか。こんなもんがなんだってんだよ。」

プロシュートがもう一枚の写真を手に取ってみている。
暫く口元に手を当てて考えていたかと思うと、彼は突然に立ち上がった。
全員突然立ち上がったプロシュートに視線を向ける。

「気がついたか。」

「はは…、俺らはとんだマヌケだぜッ!リゾットよぉ…。お前いつ気づきやがったんだ?」

「今朝だ。だからお前たちを集めたんだ。」

二人で会話を進めるリゾットとプロシュートに、周りは疑問符ばかりを浮かべる。

「オイオイ、二人してなんだってんだよ?現場に行ってない俺たちにも分かるように話してくれないか?」

「現場に行っててもよくわからない。」

メローネの言葉にイルーゾォが難しい顔をして答える。イルーゾォはプロシュートからもう一枚の写真を奪い取ったはいいが、全く見当もつかないようだ。
イルーゾォから写真を奪い取ったギアッチョも首を捻る。私も何気なく彼の持つ写真を覗き込んだ。
こちらの写真は一人の女性が綺麗な海の見える場所で写っているものだった。先ほどのアパートの写真から無理やり拡大したものなのか、写りはかなり荒い。

「あッ!!」

私の声に7人分の瞳が一斉にこちらへ向く。
それに驚きつつも、早く言えよ、という雰囲気に慌てて口を開く。

「これ、この女の人の写真の背景…。私が夢で見た場所と同じ…。」

「はぁ!?まじかよ!!」

ギアッチョは大声を上げ、全員がその女性の写る写真の周りに集まる。

「ここ何か書いてあるな。1985年、6月……。15年前の写真…。
___そういうことか。」

メローネが納得がいったというように頷く。

「リーダー。この場所の検討はついているのか?」

「あぁ。『サルディニア』。ここから車で約3時間の場所だ。」

トリッシュの住んでいたアパートを調べたときに見つけたこられの写真。ここに写っているのは十中八九トリッシュの母親の写真。どことなく目元が彼女と似ているかもしれない。
そんな彼女の家に写真たてに入れて飾られていた何気ない普通の写真。
それが一体どうしたというのだろうか?

「これが撮られたのは15年前。ボスがパッショーネのボスになる前、そしてトリッシュが生まれた年に撮られた写真だ。場所は『サルディニア』。この写真をこの場所で撮影した人物は、ボス自身である可能性が高い。」

リゾットの言葉に全員が息を飲んだ。
彼はボスの可能性が高いと言ったが、この中の誰もが確信していた。
この写真を撮ったのは間違いなくボス自身であると。
何故なら___、

「………それで、アバッキオは、」

悔しくて言葉が詰まった。
アバッキオのムーディー・ブルースで15年前の出来事をリプレイされるのを恐れたボスは、口封じのために彼を殺したのだ。
そしてそれは、この写真を撮ったのはボスであることを決定づけていた。

「ナマエ、お前が見た夢だと、俺やアバッキオが死んでいたのは何時ごろだったか分かるか?」

「な、何時かまではちょっと…。でも、日差しがまぶしかったので、昼頃だったんじゃないかと思います。」

「そうか。では最低で見積もっても明日の昼頃までは時間があるということだな。」

リゾットさんの言葉に首を傾げる。

「サルディニアまで行く方法がないだろう。明日送っていってやる。」

「えぇっ!?」

「と、いうのは建前でな。ボスが本当にサルディニアに来るなら顔を見ておきたい。
そしてできることなら___、」

リゾットさんの気持ちもよくわかる。
長年辛酸を舐めさせられてきた相手が、今手の届きそうなところまで降りてきているのだ。
できることなら自分の手で、と思うのは当然のことなのかもしれない。
だが彼がサルディニアでボスと会うということは、つまり夢の通りの最期を迎える可能性が高くなるということだ。

「___やめてください。」

自分でも驚いた。リゾットの整った眉がピクリと動いたのが分かる。
初めは敵として、恐ろしい暗殺者として現れた彼ら、暗殺チーム。
彼らに攫われてそしてここに連れて来られて、やはり彼らの生業から出る独特な雰囲気だろうか。恐ろしくて仕方がなかった。しかしそれと同時に本来なら知るはずもなかったはずの、彼らの目的、そして彼らの思いを聞いて。
ここにいる彼らもブチャラティたちと同じ、曲げられない強い思いがあることを知った。普通に話し、冗談も言い、ご飯をおいしそうに食べる彼らの姿を見て、彼らと私に大した差はないのだと知った。
断片的ながらもその優しさに触れてしまった今、もう今までのように彼らのことをただの敵だとは思えなかった。

「私は、リゾットさんに死んでほしくありません…。」

その言葉にリゾットはその目を見開いた。

「リゾットさんだけじゃありません。プロシュートさん、ペッシ、メローネ、ホルマジオさん、イルーゾォさん。……ギアッチョ。」

ギアッチョの小さい瞳が横で揺れるのが分かった。

「あなたたちの思いと優しさを知ってしまったからもう他人だなんて思えない。だから、私が実際に会って戦った、ボスの能力『キング・クリムゾン』についてお話します。」

「ナマエ。お前…。」

ギアッチョの驚いた声色に思わずニコリと微笑み返す。

「ギアッチョ。ありがとう。ここに無理やり連れてきたあなたにこんなこと言うのも可笑しいけど…、あなたが助けてくれなければ、たぶん私、生きるのを諦めていた。
大したことはできないけど、お礼だと思って、聞いてくれる?」

グッとギアッチョの拳が足の上で握られたのが分かった。
そして私は自分が知っていることをすべて話した。
『キング・クリムゾン』の時間を吹っ飛ばす能力。私が力を発動している間は私に触れている人も含めてその能力が無効になること。そして夢で見たボスの身体的特徴。
すべてを話した。



「___よく話してくれた。ナマエ。
そしてお前が俺たちのことをそのように思ってくれたことを、とても嬉しく思う。
今日は泊まっていけ。一部屋お前のために空ける。明日サルディニアまで連れていく。」

「え…!?で、でも…。」

そんな悠長にしていていいのだろうか。
とはいえ土地感のないこの場所で、行ったこともないサルディニアという場所に一人で行けるはずもないので何も言えなかった。

「じゃあそうと決まればさ!ナマエ、飲もうぜ!俺の秘蔵のワイン開けてやるよ。」

「え!?ほ、ホルマジオさん…!私まだ未成年…。」

「いい子ちゃんかよ?一滴も飲んだことないのか?どけよホルマジオ。ナマエは俺と飲むんだ。」

両側からホルマジオとメローネが肩に腰に手を添えるように密着してくるので、身動きがとれない。

「わ、私、ミルクでいいかな…?」

チラリとペッシのほうを見上げる。
すると彼は嬉しそうに、「お、オレ持ってくるよ!」といいキッチンのほうへ向かっていった。

「オイコラ!ミルクとかふざけんじゃあねぇぞ!マンモーナか!!」

「い、いひゃい!ホルマジオひゃんッ!!」

「え、何今の。めちゃくちゃ可愛い。ベネ。ナマエ、俺の名前も言って!」

「め、メローネひゃぁん…。」

「ベネ!!ディ・モールト・ベネ!!あー…、やばい。なんかムラムラしてきちゃったよ、俺…。」

そんなメローネを突き飛ばしたのは驚いたことにイルーゾォさんだった。彼は小さな声で「許可する」と呟いたかと思うとメローネは鏡の中へ沈み込むように飲まれてしまった。
ついさっきまでそこにいたはずのメローネはどこにもいない。
驚く私を無視してイルーゾォは私に向かって深々と頭を下げた。

「さっきはすまなかった。お前は関係がないのに八つ当たりのような言い方をしてしまって。リーダーの言う通りパンナコッタ・フーゴに負けてからずっと苛立って仕方がなかったんだ。負けたのは自分の力不足が原因だってのにな…。情けないぜ。」

「そ、そんな…、気にしないでください…。イルーゾォさんの気持ちも良くわかりますもん。でも安心してください!ジョルノならその手は元に戻せます!」

「…あぁ。ありがとう。ナマエ。こんな傷を負った状態で生きているなんて、恥の上塗りだと思っていたが、それでもお前みたいなヤツに出会えただけでも良かったよ。」

お互いニコリと微笑み合いどちらからともなく握手をする。
イルーゾォさんは気難しい人だと思っていたが、それは勘違いだったのかもしれないと考えを改めることにした。

「ナマエ…!ミルクだぜ…!」

「ペッシ。ごめんね。ありがとう。」

「いいんだ!オレ、嬉しいんだ!皆が生きていてくれてさ…。こんな仕事しているといつ誰が死んでもおかしくないけど、やっぱり仲間には死んでほしくないって気持ちはある。だから兄貴を助けてくれたアンタには感謝してもしきれないんだよ!本当にありがとう…!」

私の手を掴みながら涙を流すペッシ。自分よりずっと大きいはずの彼が、可愛い子供のように見えてしょうがなかった。

「私も…、今だから言えるけど、あの時プロシュートさんを助ける選択をして本当によかったと思ってる。あれがなければきっと私が今ここにいることもなかったから…。」

「オイ、ペッシ!ナマエ!情けねぇ話するんじゃあねぇ!俺にもプライドってもんがあるんだよ!」

「ご、ごめんよ兄貴!」

「ご、ごめんなさい。」

プロシュートさんに怒鳴られて、ペッシと共に手を握り合いながら謝る。
そんな私たちの様子を見てプロシュートさんは噴き出した。

「こうして見るとお前ら兄妹みたいだな。」

「ブハッ!確かに!顔は全然にてねぇけど!よかったな!ナマエ!ペッシの兄貴に似なくてよ!」

「ほ、ホルマジオ!それはどういう意味だよッ!」

ペッシがホルマジオに対して怒りの声を上げる。
そんな中一人だけちっとも会話に入ってこない人物がいた。

「…ギアッチョ?大丈夫?」

私が声をかけてもギアッチョは仏頂面でそっぽを向いており振り向きもしない。
そんな彼を見ていち早く声をかけたのは、やはり周りを良く見ているプロシュートだった。

「オイ、ナマエ。お前昼間ずっと寝ていたから少しくらい寝なくても大丈夫だよな?」

突然の彼の言葉に私はわけもわからず頷く。確かに昼間寝てしまった(気を失っていた?)せいか、あまり眠気は感じない。その返答にプロシュートは「よし。」と一つ声を上げたかと思うと衝撃発言をする。

「____ギアッチョ。お前ナマエとちょっと外に出てこい。」

その言葉に私も、ずっとそっぽを向いていたギアッチョも驚いて顔を上げた。

「はぁ!?アンタ何言ってんだ!?」

大声を上げたギアッチョに対し、やっぱりな、と言った様子でプロシュートは一つ笑うと彼の耳元で何かを告げた。
するとギアッチョはブツブツと何か文句を言ったかと思うとリビングの奥の方へと引っ込んでいった。
また怒って部屋に行ってしまったのだろうか、そう思ったのは杞憂で数分もしないうちに彼は高そうな黒い皮のジャケットを手に持ち戻ってきた。
もう片方の手には車のキーが握られている。
ジャケットを私に向かって投げてよこすので、慌ててそれを受け止めた。

「それ着ろ。さっさと行くぞ。」

「え?えぇ!?」

戸惑う私に説明することもなくギアッチョは私の腕を掴むと玄関のほうへと向かう。
慌ててプロシュートさんのほうを振り返ると、彼はニヒルに笑っており、彼がギアッチョに何かを言って焚き付けたのは目に見えて分かった。


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