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01 : SF



 しばらくその場所で休憩した後、私たちは別の場所から崖の上へ上がり、荷物と服を回収して家の前まで戻った。



「あれ、月島さんの車がない」

「おやっど達が帰ってきたから、車は中に入れたんじゃろ」



 鯉登くんはそう言いながら、手慣れた手つきで門のくぐり戸を開け、そこから中に入って行った。

 門の向こう側には、門に見劣りしないほどの広くて立派な平屋と、庭があった。

 まるで、政治家なんかが使う料亭みたいだ。もちろん、そんな料亭行った事ないけど。



「そこん石畳は直しちょっ途中じゃっで、踏むな」

「ああ、ごめん…………」



 デコボコした石畳から足を離すと同時に、私はなんの気無しに顔を上げた。

 すぐ隣にあった松の枝股に、小さなおじいちゃんが座っている。

 

「え?」



 小さなおじいちゃんは私をじーっと見つめ、そしてぺこりと会釈した。

 思わず会釈し返す。

(え?何やってんの…?)

 その場に固まっている私に気が付いたのか「どうした」と声をかけながら、鯉登くんが同じ場所を見上げる。



「ウチの庭師の江野乃家さんだ」

「……妖精かと思ったよ」



 そうか…庭師か。

 よく見たら、腰のあたりに剪定道具が刺さっているし、そうだよね…。

 鯉登くんが会釈をすると、またそのおじいちゃんは会釈し返した。



「あの…………」

「耳が遠かで聞けんぞ」

「ああ、そう」

「おいは早よ風呂に入りたい。行くぞ」



 庭の奥にある平屋の扉を、鯉登くんは無遠慮に開けた。



「ただいま帰りました!」

「……おじゃまします」



 黒い石畳の玄関はピカピカに磨き上げられていて、何人分の靴が並ぶんだろうってくらいに広い。

 ちょっとした旅館くらいの広さはあるかもしれない。

 そして、玄関に向かい合うように建てられた立て障子も、素人目に見ても立派なものだとわかるほどにしっかりしたものだった。

 なんか、本気で頭クラクラしてきた。


(鯉登くんと結婚する子って大変だな。こんな立派な家に挨拶しに行かないといけないもん…)


 私はと言うと、両親という生き物自体に緊張しているのに。

 立て障子の向こう側から物音が聞こえ、鯉登くんによく似た色白の女性が奥から出てきた。



「おかえり、音之進」

(鯉登くんそっくり! よく似てる…)



 眉毛の独特な形はもちろんだけど、細かい部分だと耳の形とか。

 鯉登くんがもし女の子だったら、この人みたいになってたんだろうか。



「そちらのお嬢さんは?」

「おいが言うとった友達の飛鳥だ」

「どうも、今日はお願いします」

「月島どんから話はきいちょってよ。よう来てくれたね。音と仲良くしてくれてありがとう」

「いえ…、こちらこそお世話になります」



(私の知らないタイプの親だ…!)

 最後に親に会ったのはいつだっけ、中学校の時、友達の家に遊びに行った時、その子のお父さんが居間にいて、軽く会釈された…あれが最後だった気がする。

 こんなに丁寧に接してくる親なんて初めてだったので、私はガチガチに緊張してしまった。

 月島さんとか鶴見先生とかの大人とはまた違う、親っていうのは別の生き物だ。

 鯉登くんに続いて玄関から家に上がり、やたら長い廊下を歩く。

 ふと、何かに感づいたのか鯉登くんの母親がピタリを足を止めた。



「音、あんた海に入ってきたと?」

「待っちょっ間、裏ん海で泳いできた」

「そういうのは早よ言いやんせ。なんなんじゃろうねこん子は」



 鯉登くんの母親が、私に向かってにっこりと微笑みかけ、私は何を言われるのかと思ってドキっとした。



「飛鳥さんも、海で泳いできたと?」

「はい…」

「音。あんたは旧館の風呂使い」

「あっちん風呂は狭か…」

「わがまま言な!女の子に広い方譲りなさい!」



 さすがの鯉登くんも母親の前では文句も言わず、すごすごと玄関の方へと向かっていった。


(旧館って何?)



「お風呂案内するな。飛鳥さん、ついといで」



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