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05 : SF



 ほんの一瞬の浮遊感。

 すぐに視界に水が流れ込み、耳の中の空気が泡になって海の中をキラキラと揺らめいて鼓膜が濡れる。



「ぷはッ!」



 水面に顔を出した瞬間、鼻筋から頭にかけて痛みが走った。



「うーっ、鼻に水入った!」

「飛鳥!」



 離れた水面から鯉登くんが手を振っている。

 振り返そうとしたら、波にもまれて体を大きく流されていった。



「わっ!」



 何かにぶつかって顔をあげると、目の前に鯉登くんの顔があった。

 どうやら、ぶつかったのは鯉登くんらしい。



「大丈夫か?」

「あっはは!すっごい!あははっはは!」



 鯉登くんが私を抱えたまま、岩陰にできた岸を指差す。




「あそこから上がるぞ、泳げるか」

「いいよ!競争しよう」

「よせ、どうせ負ける」

「ハンデありにしよう。私はクロール、鯉登くんは背泳ぎ!」

「おいは早いぞ。それだけでハンデになるのか?」

「よーいドン!」

「あッ!」



 不意打ちに近いGOサインで、私は水の中に体を沈めて泳ぎ始めた。

 足が水を蹴る感触も、指先が水の層の中に滑っていく感触も、全部久しぶりで気持ちがいい。

 全力で泳ぐなんて、中学生以来かもしれない。


 水をかきながらふと、水面を見上げると、鯉登くんの背中が前の方に見えた。


(早ッ!)


 私も負けじと水をかいてどうにか鯉登くんに追いつくけど、やっぱり伊達じゃなく早い。

 クロールと背泳ぎだったら勝てると思ったのに!


 追い越しては追い越され、必死に泳いでいる内にほぼ同時に岩礁にタッチした。

 岸に上がった私たちは顔を見合わせた。



「どちらが先だった?」

「……さあ?」



 顔を見合わせ、クスクス笑う。

 岸に上がると、水に濡れたTシャツは重たく私の体にまとわりついてきた。

 水の中にいた時とは違う、重力をどっと全身に感じる。

 

「あー疲れた!こんなに全力で泳いだの久しぶり!」



 日陰の岩礁が心地よくて、私はびしょびしょになった全身を岩の上に横たわらせた。



「時々泳がないといかんな。泳ぎが鈍くなっている」

「前はもっと早かったの?」

「中学校の頃、海泳部に友人がおってな。時々練習に混じっては泳いでいた」

「海泳部?そんなのあったんだ」

「向こう岸の崖だ。見えるか?」



 そう言って、鯉登くんが遠くに見える崖の上の建物を指差した。



「あれがおいの中学の部室じゃ。ここからは見えんが、奥に校舎がある」

「へえ…」



 中学校の時の思い出を語る鯉登くんに、ふんふんと相槌を打っていると、ふと鯉登くんの体が気になった。

(すごい体だなあ。やっぱり剣道部って体動かすしな…)


「腹筋タッチ!」

「キエッ!?なんばしょっど!?」

「すごいね、鯉登くん。シックスパックじゃん」

「あ、ああ…」


 そう言いながら、腹筋の凹凸を楽しんでいると、鯉登くんが軽く咳払いをした。

 不容易に触りすぎただろうか。


「…前にダンス習ってた時に、大好きだった先輩が腹筋割れてるのうらやましかったなー」

「…!その先輩は女か?」

「ん?うん、そうだよ?」



 冷えたTシャツが冷たくなってきた。

(脱ごう…)



「キエエェェッ!?」

「うぐ!」


 めくりあげたシャツを、鯉登くんが掴んで下げ、引っ張られた襟元にうなじがぎゅっとしまった。


「あにすんの?びっくりしたなあ、もう…」

「脱ぐな、アホか貴様!」

「えぇ?アホは鯉登くんでしょ。この下水着だよ?」

「家に戻ってからにしろ!」

「はあー?」



 ますます訳がわかんない。



「邪魔だから、脱ぎたいんだけど…」

「い、家までは泳いでもどらんといかんからな!脱いだら邪魔になっで!」

「それもそっか」




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