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「陽菜ちゃーん、遊びましょ」
「陽菜、明日子だ。杉元も一緒だぞ」

 そう言うと大方、尾形が出てきて杉元を一睨し「お前は呼んでない」だとか「近所迷惑だ」とか一言文句を言う。
 しかし、今日2人を迎えたのは陽菜だった。

「明日子ちゃん、さいちくん。こんにちわ」
「祖母がおみやげにくずもちを持たせてくれた、一緒に食べよう」
「尾形は? 陽菜ちゃん1人で留守番かい?」
「パパいるよ。パパーっ!さいちくんたちきたー!」

 そうリビングに向かって呼びかけるが、返事はない。陽菜はぶすっとした顔をすると「2人ともはいって」と家に招き入れた。
 ファミリー向けの大きな分譲マンション。尾形親子はここで2人で住んでいた。

「尾形? いるのか、邪魔するぞー」

 尾形、と思われる物体は部屋の隅にいた。頭から子供用のブランケットをかぶって寝転がっている。丈の短いブランケットからはジーンズ姿の尾形の下半身がむき出しだった。

「陽菜ちゃん、尾形は昼寝かい?」
「ううん。きげん悪い、すねてるの」
「拗ねてる?」

 明日子は尾形の後ろに近づき優しく尋ねた。

「尾形? どうかしたのか? なにかあったのか?」
「………うるせえ」
「尾形ッ、てめえ明日子さんが聞いてんだぞ」
「尾形、くずもちがあるんだ。うまいぞぉ。食べてもいいぞぉ」
「………………」

 尾形は一瞬明日子の方を見たが、すぐに顔を逸らしてしまった。

「めんっどくせぇ……」
「仕方がない、尾形の家だが私たちだけで進めてしまうか」
「そうだね。…陽菜ちゃん、これ俺と明日子さんからの入学祝い」
「ありがとう!」

 杉元が渡したのは、明日子の家にあったのと同じプラネタリウム付きの目覚し時計、そして明日子からはワンピースとポシェットだった。
 プレゼントの一つ一つを広げてはしゃぐ陽菜を見て、杉元はしみじみと呟いた。

「もう1年か…、早いな。明日子さんももうすぐ中学だね」
「陽菜もお姉さんになるんだな。勉強頑張れよ」

 陽菜は無言のまま、キラキラした目で大きく頷いた。

「さいちくん、明日子ちゃん、ありがとう!大好き!」

 そう言って両手を広げる陽菜がかわいくて、思わず明日子は陽菜を抱きしめた

「私も好きだぞ! かわいいやつだな、お前は!」
「さいちくん、さいちくんも!」
「持ち上げろ、杉元!」
「よしきた!」

 杉元は2人ごと持ち上げると、だっこの状態のまま左右に振った。
 2人の笑い声がけたけたと響く。

「うわーっ、杉元降ろせー!」
「おろせー!」

 途端、むくりと尾形が起き上がり3人の元へ近寄ろうとした。
 途端、振り回していた陽菜の足が尾形のふとももにあたり「う」と小さく呻いた。

「止めろ、杉元。大丈夫か尾形」
「……別に」

 調子が崩れたというように、髪を後ろになで付ける尾形。

「杉元ぉ…親の許可も取らずに、人の娘抱き上げていいと思ってんのか?」
「よう、尾形。調子戻ったか?」

 尾形の過剰なセコムにも1年の間ですっかり馴れた杉元は、なんて事のないように言い渡した。

「………………」

 尾形は無言のまま立ち上がると、台所に立ち人数分の飲み物を入れ始めた。

「なあ、尾形。さっきはどうしてすねていたんだ?」
「…別に」
「パパはね、ワタシがもういっしょにおふろ入らないって言ったからすねてるの」
「尾形ぁ…」
「尾形さあ、そんなので機嫌そこねるなよ」
「……………」

 尾形は目をぎゅっと細めると、下唇を噛みテーブルの上にグラスを置いた。

「え、何。泣いてるのぉ?」
「泣いてねえし」
「いいんだぞ、尾形。初めは寂しいよな? 陽菜はどうしてそんな事言い出したんだ?」
「前から言ってたもん。しょうがっこういったら、パパとはおふろ入らないって」
「……くっ」

 尾形は突然顔を覆った。肩が微かに震えている。

「えっ、泣いてるのぉ?やっぱり泣いてるよね?」
「ないてない……」
「いいんだ、いいんだ尾形。泣いてないもんな?」
「ないてない…」

 明日子は陽菜に向き直ると、確認するように尋ねた。

「陽菜も別に、尾形の事が嫌いでそう言ったんじゃないよな?」
「うん」
「どうしてそう言ったのか、教えてくれるか?」
「もう、おねえちゃんだから。パパもいっしょだとゆっくりできないし」

 明日子は机に突っ伏す尾形の肩を優しく叩いた。

「聞いたか、尾形ぁ。陽菜はお前の事を思って成長しているんだぞ?」
「そうだ、喜んでやれよ尾形」

 尾形はむくりと起き上がると、陽菜の顔をじっと見つめた。

「パパが一番だよな?」

 心なしか、その声は少し濡れている。

「うん!一番!」
「一番だってよ、尾形」
「よかったなあ、尾形」

 目に余るドヤ顔を前に、杉元はどこかでデジャヴを感じていた。






「陽菜。俺が一番だよな?」
「うんうん、いちばん!」

(あれ…、陽菜ちゃん、小馴れてきてる…?)

 杉元は1人、内心で陽菜の狡猾な成長ぶりを実感していた。

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