「ただいま、パパぁ」
上機嫌な声と共に部屋に入る陽菜。
しかし尾形は、そんな娘に反して朝から今まで、ずっと神経をピリつかせていた。
「帰ったか、陽菜」
「うん! みて!プレゼントもらっちゃった」
「酒は飲んでいないな、アシリパと杉元の他は誰がいた。杉元や他の男に妙な事はされてないだろうな」
「うんうん。ないない」
この手の過保護っぷりも、高校まで付き合っていれば馴れてくる。陽菜は軽く言葉をかわした。
「ほら、見て見てパパ! これは佐一くんから、それでこっちはエノノカちゃん」
陽菜は友人からもらった大量のプレゼントを、愛おしそうに、一つ一つ尾形の前に広げた。
「ほぉ」
「あ、そうだ。これ明日子さんからのプレゼントなんだけど、ちょっと着てみていい?」
「何を貰ったんだ?」
「待ってて!」
陽菜は上機嫌のテンションのまま、紙袋を抱えて自室に駆け込んで行った。そして数秒後「じゃーん」という掛け声と共にリビングへ現れる。
「どう?かわいーでしょ!?」
「……………」
キャミソール型のワンピース。
流行りのルームウェアブランドらしい、淡い色彩。陽菜は誇らしげにくるくると回った。
「どうかな?」
「……似合ってる、お前はなんでも似合う」
「またそういう…」
「だが、肩が出過ぎじゃねえか?」
「ルームウェアだよ?」
「露出が高すぎる、エロいヤツじゃねえだろうな」
「明日子さんのプレゼントだよ?……ジェラピケだし」
「いいか、俺だからいいが、他の男の前で…」
「わかってるよ。…………なんかキモいなあ」
陽菜の一言は、尾形の胸に深々と突き刺さった。最近、娘の口から吐き出されるその3文字に、尾形は深く傷ついていた。
年頃の娘に構いすぎるのはよくない事だとは思っている。思ってはいても、男がこんな清廉で可愛らしい自分の娘を放っておくわけがない。
そう思うが故に、娘に構いすぎるのだ。
わかっている、わかっているが、キモいはないだろ。
ブツブツと呟き続ける尾形に、流石に言いすぎたと思った陽菜は尾形の肩を叩いた。
「ごめんね、パパ? さっきは言いすぎたよ」
「別に気にしてない」
そうは言いつつも、髪をなおす仕草で、あからさまに機嫌が戻っているのは明らかだった。
「で、杉元の奴からは何を貰った」
「佐一くんからは…、リップ!ほら、よくインスタとかに乗ってる、透明でドライフラワーの入ったヤツ」
「ははぁっ、なんだ女みてえなもん渡すな」
「前に欲しいって言ってたの覚えてくれてたんだって」
一通りのプレゼント紹介を終えた陽菜は、いかにも満足げな表情でソファーに体を沈めた。
「佐一くんって、いい人だよねー。どうして彼女いないんだろ」
「えっ」
尾形は台所へ向かおうとした足を止め、陽菜の方に向き直った。
「優しいし、趣味は女の子だけど女々しい感じないし。あと顔もイケメンだよね。傷の事はちょっと気にしてるみたいだけど、ワイルド感あっていいと……」
「待て。待て待て待て」
尾形は手で陽菜の言葉を制した。
「お前、何か妙な事考えてねえだろうな」
「何が?」
「……陽菜、お前、俺と結婚するんだろ」
「はぁ?」
「子供の頃言ってただろ、パパと結婚するって」
「アホか!それは子供の時の話でしょ?」
「アホとはなんだ、もう一回言ってみろ」
「………パパ、それ絶対人前で言わないでね」
「なぜだ。恥ずかしいのか?」
「…私はいいんだけど。パパ…ちょっとキモい」
さっきより真剣な表情で言われ、尾形は断然傷ついた。
『パパ…ちょっとキモい』
『パパ…キモい』
『パパ、キモい』
頭の中で陽菜の声が何度もリフレインする。
陽菜と言えば、いつものあたり前の光景に何も感じていない様子だった。
そして、少しいじわるした表情で言う。
「あーあ、パパと結婚するのやめて、佐一くんと結婚しちゃおっかなー」
尾形の頭の中で、地球が真っ二つになるイメージが浮かんだ。
とほぼ同時にポケットから携帯を取り出し、今までにみた事のないようなスピードで画面を操作した。
「なにしてるの?」
「杉元に電話する」
「えぇ!?」
「人の娘に手ぇ出しやがって………」
陽菜は慌てて尾形の腕を掴んだ。
「ごめん!ごめんごめん、パパ!いじわるしてごめんなさい!冗談だから」
「………冗談?」
娘の抵抗もやもなく、携帯を耳につけた尾形はポカンとした表情を浮かべた。
素早く携帯を奪い取り、着信を切る陽菜。
(本当にかけてた………)
背筋をぞぞっと悪寒が駆け抜けていく。
本当に、人騒がせな事になるところだった。
「陽菜。お前が一番好きなのは誰だ?言ってみろ」
「もちろんパパ!大好きだよ!」
いつもより2割増程度かわい子ぶって、陽菜は答えた。そしてすぐに(今のはやりすぎた…)と後悔する。
しかし、そんな思惑とは裏腹に、尾形はそれこそ手のひらを返したように上機嫌になった。
得意げな表情で顔を逸らし、ふふんと髪を
き上げる尾形。
あざとすぎたかはともかく、尾形の機嫌がなおった事に、陽菜はホッと息をついた。
次の日、職場で延々とのろけを聞かされた杉元の事は、また別の話になる。