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おいわいの話



 午後から尾形主任が退社するということもあり、オフィスの中はそれなりに忙しかった。
 全員、頭の片隅に『尾形・娘・溺愛』というワードを残し気になりながらも直接彼に尋ねる暇はない。

 ようやく、昼休みになり一心地ついたという頃には、尾形は例年に見ないスピードで退社していたのだった。

「結局、娘ちゃんのこと聞けなかったね」
「どんな子だろう、気になる」
「っていうか主任、結婚してたっけ?」

 女性社員が口々にする噂を耳に挟みながら、谷垣は昼食を買いにビルを出て、滅多に社員が使わない運送用の地下駐車場から外へ出ることにした。

「あ」

 地下駐車場の片隅にある灰皿の前に、いた。

 尾形主任だ。
 声が響きやすい空間で、尾形の声は聞こえないが、電話口に向かって何やら楽しそうだった。

(…主任がご機嫌だ。珍しい)

 なるべく尾形から可視可能な場所を避けて通り、すぐ近くを過ぎ去る時だけ会釈して去ろう。
 そう考え、谷垣は駐車場の柱の間を大きく旋回して出入り口へ向かった。

 そして、尾形の前で会釈し通り過ぎようとした瞬間、尾形が背後から谷垣を呼び止めた。

「谷垣ぃ」
「はいっ?」

 通話を終えた尾形主任が、背後からいやらしい笑い方をして谷垣を見ている。

「お疲れ様です、主任…」
「ちょっと来い」
「はあ…」

 尾形は携帯をスーツのポケットにしまう。
 谷垣は、喫煙所特有の煙草の香りがしないのを不思議に思いつつ、尾形の隣に立った。

「お前、従兄弟だったか親戚だったかのガキに、何か買って帰ったことあったな」
「はあ、あります。はい」

 確かに、8才くらいで可愛がっている近所の子供がいる。数週間ほど前、会社の帰りにその子の誕生日プレゼント抱えているところを、尾形主任に目撃されたことがあった。
 あのことか。

「あの馬鹿デカい包みはどこで買った、会社の近くか」
「ええ、毎年忘年会に使っている店があるでしょう、そこのすぐ近くの電気屋です」
「ああ……あそこか」
「品揃えよかったですよ」

 尾形は電子タバコに口をつけると、独特な甘い香りが微かにする水蒸気を口から出した。
 そういえば、いつの間に彼は電子タバコに鞍替えしたのだろう。

「朝話していた、娘さんにですか」
「もうすぐ、入学式なんだ」

 そういう尾形は、表情こそ普段の朴念仁と変わりなかったが、どこか柔らかいように見えた。
 人を食ったような男をこんな表情にしてしまうなんて…。
 谷垣は胸をうたれたと言っても過言ではないほどに感動していた。

(尾形主任にも人の心はあるのか)

「入学祝いですね。何を買ってあげるんですか?」
「リカちゃん」
「リカちゃん……………」

 その意味を理解するのにしばらく時間がかかった。彼の口からリカちゃんと聞くと、どうしてもセフレっぽい存在が浮かんでしまう。

「リカちゃん・ハローキティのスイーツカフェ」
「ぶふっ…!」

 谷垣は肩をブルブル震わせながら、これ以上吹き出さないように必死で堪えた。
 尾形の方を見ると、復習のために通販サイトでさっき言っていたリカちゃんハウスのパッケージを見ている。
 このパッケージを…尾形が………リカちゃん売り場に……。

「あと、マイメロディだいすきリカちゃんレインセットも欲しがってたな」
「うーふっ!」

 吹き出したのとほぼ同時に、カッターシャツのボタンが右下に弾け飛ぶ。

「聞こえたかぁ? たにがきげんじろぉ」
「ホントに…、マジで勘弁してください…!」
「マイメロディだいすき…」
「ッ、ふふふぅ」


 数日後、明日子の携帯に尾形からラインが届いた。

『あすこちゃんへ、陽菜です』

『パパにリカちゃん買ってきてもらったから、またあそびにきてね』

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