迷子の彗星


これはどの感情だっただろうか、と花弁舞う箱庭で目を細めた。
時間を封じ込めた箱庭の中で青年はうっそりと笑い、けれども冷えた瞳で空を見上げた。
どの感情であろうと、ボクにとっては紛い物であるのにはかわらないのだけれど、と。
呟きにもならない青年の口から漏れた音は、誰の耳にも入らずに花の海にとけていった。

****


ひそひそ、ひそひそ。
切り取られた青空から降り注ぐ光で輝く花園の中で、妖精たちの遊び声が流れる。
常人には視ることの叶わない彼女たちは、いまは楽しそうになまえの周りをくるくると飛び回ったり、つついてみたり、はたや花弁を頭から降らせて見たり、と自由気ままに遊びまわっている。

くすくす、くすくす。
なかせたわ、なかせっちゃったの?
ひそひそ、ひそひそ。
またよ、いつものことだわ!
くすくす、くすくす。
まぁ、かれってばひどいひと!

「まったく、人聞きの悪いことをいわないでくれるかい?」

まぁ確かに意地悪をしすぎたとは思うけれども。としっし、と作業の邪魔をしてくる妖精たちを軽くあしらいながら、されるがままのなまえを横目に心中で舌をだした。

私が少し意地悪な質問をしてから、なまえはまるで銅像にでもなったようにその場にうずくまったままぴくりとも動かなくなってしまった。なんとかかんとか声をかけてみたけれども、抱え込んだひざの間に顔を埋めて完全にこもってしまって、はてさて、どうしたものやら。

なまえの横に胡坐をかいて座り込みながら、ぷちぷちと周りの花を摘み取りながら指先を動かす。彼女が殻にこもった時間と比例するように摘み取った花はだんだんと理想の形へと近づいてきている。作り方も、どんな風になるのかも、視た事はあっても実際にやったことはなかったので多少不安な所があったが、まぁ初めてにしては上出来なのではないだろうか。

ぷちり、と最後の花を摘み取って少しいびつな形の線を円にする。
ふわりとかぎなれた香しい香りが鼻腔をくすぐった。

「そろそろ機嫌を治してくれないかい、お嬢さん」

ぱさりと、自分よりも小さいなまえの頭にできたての花冠をのせる。この楽園の鮮やかな花々は彼女の黒い髪によく似合っていることと一仕事終えた達成感に、一人でうんうんとうなずいた。そのまま花冠ののった彼女の頭を優しく撫でながら、子供を諭すような甘い声音で話しかける。

「君にひどいことを言ってしまったのはすまないと思っているよ……本当だよ?でも、君だって私にひどいことを言っているんだからおあいこだろう?」

ぴくり、となまえの指先がうごいた。それを横目に移しながら、ゆっくりと殻から覗き込み始めた彼女を引っ張りだすための言葉を頭の中で選び取って口に含んだ。

「たとえここが本当に君の夢であっても、私にとってはまぎれもない現実なんだよ」

ふわり、と花弁が舞った。
妖精たちの奏でる音色に包まれながら勢いよく顔を上げた彼女は、あの時私を見上げたときと同じ、夜を溶かしたような瞳を濡らしながら私を映した。

黒い瞳からこぼれた涙をみて、まるで流れ星のようだと場違いなことを思ってしまったことは、内緒にしなければならないだろう。





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