軌跡の残影


「――――。」

漂っている。
緩やかなまどろみの中でそう感じる。確固たる原点から離れて、深海に沈む塵のようにここではないどこかを、私は漂っている。
はっきりとした覚えも意識もないけれど、きっとこの感覚はいつもともにあった。私が覚えていなくても、心が、精神が覚えている。この揺蕩う短くも長い旅路を、私たちはそうであったときからいく度々なく繰り返していると。

「――――……――」

この幾度となく繰り返したまどろみの旅路を、私は記憶には記せない。私たちの記憶は、まどろみの先にある夢しか記せない。
それでいいのだ、そうあるべきなのだ。
この旅路は、果てにある夢へと進むための旅路なのだから。

「――……。」

漂う意識が旅の終わりをつむぎだす。心は、精神は再びこの美しい旅路の景色を手放す。
そうしてたどり着いたものが、私たちの求める果てにあるものであると願うのだ。


****

ふと、何かが頭に触れた気がした。
緩やかに私の頭を上下するそれは、くすぐったくもとてもやわらかいもので、思わず口元がふにゃりと緩んだ。すると、柔らかなそれは一瞬だけうごきを止めて、再び緩やかに私の頭をなでながら笑った。

「夢の中でも眠るなんて、君は本当に変わっているねなまえ」

その声に、パチンと風船が破裂するように意識が覚醒する。
勢いよくその場から飛び起きると、そこは記憶に新しい美しい花の海の中だった。

「おはよう、ねぼすけのお嬢さん?」
「……マーリン?」
「こんな楽園に住んでる素敵なおにいさんなんて、ボクしかいないだろう?」

くすくすと私の横に胡坐をかきながら座っていたマーリンはぽかんとした私の間抜け面をみながら面白そうに目を細める。私の頭をなでていた彼のおおきな手のひらはするすると私の輪郭をなぞって頬に触れた。

「妖精たちが騒いでいると思ったら、またきてくれるだなんて思ってもなかった」
「……私も、またマーリンに会えるだなんて思ってもなかった」
「それは、これが君の夢だからかい?」
「そうだけ、いたっ!」

そういいながら確かめるように頬から顎のラインをひと撫でしたマーリンはにっこりと笑うと、くるりとその手でオーケーサインをつくりぺちんと私のおでこを勢いよく弾いた。
じんわりと痛みで熱を持ったおでこを両手で押さえて、非難めいた目でマーリンを見た。いきなり何なんだ、という顔で彼を見上げると、彼は心底おかしいというような笑みをたたえながら口を開いた。

「君の夢は、痛みまで感じるものなのかい?」
「……――――あ、」

思考が、ぱたりととまった。
目を見開いて固まった私をみながら笑う白い彼と、うっすらと広がった痛みの熱が、やけに浮きだっているように感じてしまった。






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