蜃気楼の崩壊
夢とは、いったいなんなのだろうか。
人びとはそれを理想だと、至るべきところであると、逃避であると、ありえないものだという。
私は夢とはある種の蜃気楼だと思う。
無数の人々の願いや欲、喜怒哀楽の感情によって浮かび上がったひとつの、存在しないまぼろしだと思う。
どんなに胸を打たれる景色や心惹かれ人々がそこにいたとしても、それが夢のなかのことなのであれば、すべてはまぼろしなのだと思う。
本当の現実から模倣された贋作であるものが、夢なのだと思っていた。
もし私という存在があるところが夢でそれ以外が現実であったのなら、現実であると語る人からお前の周りすべてはありもしない偽物なのだと言われたら、それはいったいどんなに残酷なことなのだろうか。
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はじかれたように自分の膝から顔を上げれば、視界に広がる花園には困ったように眉をよせた彼がいた。
視線が絡むと、マーリンは眉間のしわを緩めて、やんわりと口元に笑みを浮かべた。
「気分はどうかな、お嬢さん?」
冗談めかした声でそう言う彼につい、と白い指先で目じりをなぞられたとき初めて自分が泣いていたのだということに気づいた。
静かに一つ瞬きして、穏やかにほほ笑む彼のいる世界を見渡す。
見渡した世界には初めて訪れた時と同じ香しい香りを放つ花の海や穏やかな空に向かいそびえる白亜の塔、そしてそこに一人、永久の時を紡ぐ一人の青年がいた。
香る美しい芳香に暖かで柔らかい日差し、清廉を語る巨大な牢獄とその罪人、それらすべては紛れもない本物なのだと、しっかりと目に焼き付いた。
「……マーリン」
「なんだい、なまえ」
「ごめんね」
するりと口からでた言葉に、青年は静かにほほ笑んだ。
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