帰る場所
2015/06/29

※途中で投げてます。いつか完成させたい。






はち切れんばかりに大きく膨れた2つのリュックサックが揺れながら、鬱蒼とした森をかき分けて進んでいく。
前を進むレトセントは立ち止まって荷物を背負い直し、しんどそうな顔を後ろに向けた。

「まったく、気持ちは解るが、もう少し便利な場所に家を構えて欲しいものだな」

「まあまあ。師匠最近部屋にこもってばかりだったし、良い運動になるんじゃない?」

「お前なんか楽そうだな…重さは大して変わらないはずだが…」

「厳しいなら2つとも僕が持とうか?師匠はその辺の花でも摘んでさ」

「ぐっ…断る」

「それじゃ頑張ろう。あとどれくらいで着くんだっけ?」

レトセントが数ヶ月ぶりにフィルの家を訪れたのは、長旅に先駆けてのことであった。恐らく数年の間こちらへ戻ることはないだろうからと、出発前に立ち寄ることにしたのだ。
が、フィルは自身が極めて長寿であることと悪魔を従えていることから人目を避けて森の奥に住んでおり、その道のりを正確に把握していなかったことが、まさに今レトセントを苦しめているのであった。言ってしまえば、『立ち寄る』レベルの距離ではなかったのである。

完全に失敗だ。こんなことなら、昨日の挨拶回りの時面倒くさがらずに足を運んでおけば良かった…。



「やあ、遅かったね。久しぶりに会えると朝から張り切っていたものだから、待ちくたびれてしまったよ。…大丈夫かい?」

午前のうちにフィル宅を出発するはずが、遅れに遅れ、到着が既に昼過ぎとなってしまっていた。
レトセントはぐったりしながら挨拶を交わし、テルが手土産のお茶菓子を渡す。レトセントの「もう歳だろうか」という言葉にフィルが苦笑し、まあ上がりなよ、と言って、玄関先でのやり取りは終了。




リビングに入ると、見慣れた悪魔が待ってましたとばかりに飛びついてきて、人懐こい笑顔を2人に向けた。彼女が一切の配慮なくばたばたと走るので、壁にかかっていたリボンと鈴の飾りがかしゃん、と落ちる。

「あっレト!!お帰り!!なにそれお菓子?っていうかチビはチビのくせに随分デカくなったなあ!!裏の木のとこでオレと背くらべしよう!!そうだ!この前フィルが木のブランコを作ってくれてな…」

「シルヴィー、嬉しいのは解るけれど、もう少しゆっくり話しなさい。…ほら、そこに座って大人しくしておいで。今お茶を淹れるからね」

「あ、僕手伝います」

「いいのいいの。久しぶりのお客なんだから、おもてなしさせておくれよ。…それにほら、シルヴィーが話したくてうずうずしているから」

椅子に腰掛けて自身の弟子がシルヴィーにまとわりつかれる様子を眺めながら、レトセントは幼い日のことを思い返していた。絶望と復讐心にとらわれていた彼を迎え入れてくれたこの家。この部屋。
悲しい夢を見て眠れなくなった夜には、フィルが甘いホットミルクを作ってくれて、ひよこが魔法の世界を旅する楽しい物語を聴かせてくれたものだ。

その懐かしい思い出の場所が、今少しも変わらずここにある。部屋だけではない、フィルもシルヴィーも、初めて出会った日のままだ。むしろ部屋の方が、よく見ると所々軋んだり傷んだりしているようでもある。
レトセントはフィルが何歳なのか知らなかった。知っているのは、彼の寿命が家よりも長く、ここに来るより以前の家が古びたために住処を変えた、という話だけ。それも一度のことなのか、何度も行われたことなのかは定かではない。知的好奇心の旺盛なレトセントが彼の年齢を暴くことを諦めたのは、その途方もなさからであった。フィル本人もシルヴィーも一年一年を細かく数えるようなことはしていなかったため、余計に。

室内のあちこちにゆっくりと滑らせていた視線が、棚の上のある物を見つけてぴたりと止まった。席を立ち、そっと手にとって、まじまじと眺める。

「レトさん?…うわあ、それいつ撮ったやつ?すごい年季入ってるね」

「あ!それフィルのお気に入りなんだぜ!オレが可愛く写ってるだろ!」

二人が興味深げに自分を見ていることに気づいたレトセントは、小さく笑って、ほら、とそれをテーブルに置いた。
それは小綺麗なフォトフレームに入れられた一枚の古い写真だった。
この家をバックに、フィルとシルヴィー、幼いレトセント、それから彼の姉が並んで写っており、優しげに微笑むフィルの服の裾を掴むレトセントの表情は、不機嫌そうに歪んでいる。

「…本当だ、かわいい」

テルはシルヴィーに答えているかのように呟いたが、それは実のところ独り言であった。視線は別のものをとらえていた。

「これ撮った日のこと、覚えてるよ。確かおれが、ひとりで屋根に上って怒られたすぐ後のやつだろ」

「よく覚えてるね。…そうそう、だって君ったら、ちょっと目を離した隙に、とんでもなく危ないところに居るんだもん。ヒヤッとしたあまり、つい強く叱りすぎたのかもね」

本当に懐かしいという素振りで、紅茶を運んできたフィルが呟く。彼の姿は、写真の中と全く変わらない。







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