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先生想いの生徒がこんなにかわいいとは思わなかった。
ナルト達が上手くオレの体調不良を誤解してくれたおかげで、オレは無事胃腸科の診察に間に合うことができた。
あいつらときたら、心配して病院までついて来ようとするものだから、病院の待合室が混み合って迷惑になるからついてこなくても大丈夫、というなんとも説得力のない理由で誤魔化して事なきを得た。
一時は冷や汗が止まらないほどの鈍痛と吐き気に苛まれたが、診察を受ける頃には大分よくなり、念のため処方してもらった胃薬を服用して、少し休んでからカナの元へ向かった。

「夕顔、代わるぞ」

相変わらず夕顔は病室の前に張りっぱなしで、ソファに腰掛け少し眠そうな顔をしていた。手には栄養ドリンクの缶を持っている。
随分疲れたようだな、と労いの言葉をかけると、夕顔は小さく首を振って表情を和ませる。

「しののめさんからもらったんです。多分、先輩のもありますよ」

それから白い歯を見せ、ニッと笑った。

「へぇ、ドリンク一本なんかですっかり買収されちゃって」
「違いますって!『昨日から振り回してごめんなさい。ほんの気持ちです』ってくれたんです」

ずいぶんと嬉しそうに言っていた。
カナはこいつのことまで気にかけているらしい。そこまで心配をして疲れないのだろうか。

「これがカナだからいいけど、敵ならコントロールされておじゃんだぞ」
「わかってますよ。でも、しののめさんは違うと思うんです……」
「そりゃどっからどう見てもそうだな、」

ドジで単純で気にしいで、おまけにお人好しときた。この状況はカナにとって、やはり苦しいのかもしれない。
夕顔は余韻に浸っているのか、微笑みながら「休憩行ってきます」と頭を下げると持ち場を離れていった。

面会時間が終われば、一旦院内での監視は中断する。今朝は病室に泊まった初日だったため、面会時間以前より外から夕顔が監視をしていた。
流石に疲れているだろうと夕顔の休憩のために今日だけ二回面会へ来たのだ。
先程、病院内の休憩所で時計を見た時には、丁度短針が6の文字を指していた。
ここから1時間くらい夕顔の休憩代わりに俺が相手をし、20時までの残り1時間を夕顔に頑張ってもらう。
監視は人員も根気も必要であり、大変な任務なのだ。カナはどうやらそれを肌で感じ取っているらしい。

「カナ?」

ちょうど空気の入れ替えのためか、少し部屋の扉が開いていて、オレは顔を少し覗かせるようにして声をかける。

「お疲れさまです!」

カナはベッドの上で半身を起こし、ベッド上のテーブルにちょこんと両手を乗せて座っていた。
今日は修行終わりに、夕顔の交代要因としてもう一度寄ると予告していたから、待っていたのだろう。
病室に進み入り、日中も座ったベッド横の丸椅子に腰かけると、テーブルの上に夕顔が言っていた通り同じドリンクが置かれているのに気づく。

「あ、これ、よかったら飲んでください!」
「いいの?」
「ありがたいことに、飲み物などを買うお小遣いが支給されまして!」

カナは嬉しそうに言う。

「よかったじゃない。でも、オレに使ってもらっちゃってよかったの?」
「ほんの気持ちです。全然お返しできてない上に、人から頂いたお金ですけど……」
「そりゃどーも。ありがたくいただきます」

プシュッとタブを引いて、缶を開ける。
胃薬を飲んだ後に栄養ドリンクを飲んでいいのだろうか。少し心配にはなるが、オレは口をつける。

「それと、カカシさん、すいませんでした……」
「ん?」
「夕顔さんから、カカシさんが甘いもの苦手だって聞いて……」

飲み物買うときに聞いたんです、とカナは眉尻を下げながらペコペコ謝る。
怒ったわけでもないし、あえて言わなかったんだから謝る必要なんてないのに。

「苦手でも食べたい時もあるもんだよ」

我ながら言い訳に少し無理があるかなとは思ったが、彼女は「本当にすみませんでした」と再度謝ると、オレの言い訳に追及はしてこなかった。

次からははっきり言った方が良さそうだな、と反省しつつほっとしていると、大きなノックの音とともに突然病室の扉が開き、病院食を載せたワゴンがガラガラと音を立てて入ってきた。夕食の時間だ。
配膳係の中年くらいに見える女性は、「こんばんはー、夕食のお時間ですー」と大きな声で挨拶すると、せわしなくカナの夕食をテーブルの上へ準備した。
お茶などもセットし終えると、「はいどうぞ、今日の献立は紙に書いてある通りですから」と言って、カナが会釈するのも見ないで、またワゴンを引いて出て行った。

ここにオレがきたのは夕顔の交代もあるが、わざわざ18時に合わせたのはカナの夕食の時間に付き合うためだった。

「カカシさんは夕飯もう食べたんですか?」
「生徒の修行中に軽くな。ま、オレのことは気にしないで食え」

入院生活は、日常生活より遙かに孤独を感じやすい環境だ。
そんな孤独の中で食う飯は、なによりも味気なく、悲しい事をオレは知っている。ただ一人で食べるのとは違う。孤独はどんなうまい料理でも味を変えてしまう。
昼のあの顔をみたら、そんな思いをさせたくないと思ってしまったのだ。
残念ながら、今日オレは夕飯は食えそうにないが、そばにいてやるだけでも違うだろう。

「じゃあ、いただきますね」

カナは手を合わせると、ゆっくりと箸を運んでいく。
否、ゆっくりというより、迷いがあるような動きだ。

「なんだ、昼間の大福より進まないみたいだな」

しばらく様子を見てオレがからかうと、カナはひそひそ声で「昨日初めて知ったんですけど、ここの病院食ってあんまり美味しくなくて」と眉間にシワを寄せて困ったように言った。

「健康な人にはそうかもしれないな」
「カカシさんは入院したことあるんですか?」
「まぁ……それなりに?」

チャクラ切れで、と言うのはカッコ悪いので黙っておこう。

「忍って、やっぱり本当に大変なお仕事なんですね……」

カナは深刻な顔をして呟いた。
なんだかまたカナが暗くなりそうな気配がしたので、オレは空気を変えようと「今日はあの後何してたんだ」と話題をすり替えた。
なんとなくカナの扱い方が分かってきた気がする。

「やることもないので、ずっと外眺めてました」

しかし、返ってきたのは答えは広げようのない一言。
これには少々オレも困惑する。

「そんなん退屈だろ。病院の敷地内とか見て回ったりしないのか」
「そうですけど、あんまりうろちょろすると夕顔さんのご迷惑になるかなって」

自分だって囚われの身。そこまで周りの事を考えている余裕があるのか。
きっと根っから真面目な性格なんだろう。
なんとなく、昔の融通の利かなかった自分と重なる節がある。いろんなことを考えすぎて思いつめないか心配だ。


それからは、なるべく彼女の心配スイッチを押さないように、昨日遭遇したサクラのことや生徒達のことを話したり、カナがいた世界の話を聞いたりして、朗らかな1時間を過ごした。
意外とあっという間で、さっきとは別の穏やかそうな女性が食器を回収に来たことで時間の経過に気づいた。

夕顔も夕飯を食べて少し明るい顔色で戻って来て、19時をすぎた頃オレは病室をお暇することにした。

「シャワーとかあるだろ。今日は帰るわ」
「お忙しい中わざわざ来ていただいてありがとうございました」
「仕事のうちだ、そんないちいち気にしなくても大丈夫だよ」

ここにオレが来ることに対して、申し訳なさを感じないようにと思い、そんな言葉をかけた。
カナは少し間をおいて、ありがとうございますと小さく頭を下げる。

「そうだ、明日も休みだから時間があったら顔を出しにくる。入院中の暇つぶしに何か面白い本でも持ってきてやるよ」

カナは目をキラキラさせて、よろしくお願いしますと顔を綻ばせた。オレはにっこり微笑み返す。

「じゃ、またな」

そう言って席を立ち上がると、会釈するカナにひらひらと手を振ってその場を退出した。
夕顔に監視をバトンタッチすると、その足で三代目に報告へ向かう。


日はすっかり落ち、街は昼間よりも一層賑わっていた。
酒に酔った人や仕事帰りの人、それから家族で夕食に出かけている人などで活気にあふれている。
そんな中、一人静かに歩くと、つい孤独で辛かった子供の頃を思い出してしまう。

あぁやって家族で楽しく過ごしているのが羨ましかった──
今ではすっかり仲間や楽しい生徒達に囲まれ気持ちも紛れているが、心の闇は完全に消えはしない。
それでも今のオレがいるのは、闇にどっぷりと浸かりそうな時、いつでもそこから引きずり出そうと奮闘してくれた仲間がいたからだった。
ガイや先生、それから同期達。この人たちがいなかったら、今のオレはないだろう。
ものすごく迷惑をかけたと思う。それでも諦めずに助けようとしてくれた仲間には感謝してもしきれない。
そういう思いがあるからこそ、危うい存在のカナを一人にしておけない──なんとなくそんな気がしていた。


「どうじゃ、カナの様子は」

三代目はもうすでに帰宅されていたため自宅へと出向いた。
時間が時間だったため、玄関先での報告となった。
オレは玄関のたたきに片膝をつき、彼女の様子を一つ一つ伝えていく。

「……といった様子で特にこれと言って怪しい動きはありません。大人しく篭っています」
「そうか。落ち込みなどはないか?」
「はい、やはりすこし精神的に辛そうな部分も見受けられるので、このまま病院に置いておくのは……」

恐る恐るそう意見すると、三代目は今まで穏やかだった声色が一変、「じゃろうな」とトーンを下げた。

「あの者はかなり周囲を気にしすぎるきらいがあるように思えてな。心配していたんじゃが、夕顔にも遠慮していると聞いた」

夕顔もどうやら報告していたらしい。それに三代目も、あの短時間でカナの性格を見切っていたようだ。

「いずれ病院からは出すつもりだ。おそらく検査でも何も異常は見つからないだろう」
「どういうことですか?」
「気になることがあってだな」

――昔話の一つだが、と前置きをして三代目は続ける。

「月がこの世に近づくとき、異世界より巫女ががやってきて幸福をもたらすという言い伝えがあってじゃな。その時の雑多な史を書き記した書物には、何十年に一度かの頻度でその巫女が登場しているんじゃ」
「ずいぶんと登場回数が多い巫女ですね、」
「はは、確かにな。しかしその巫女が、何をもって幸福をもたらすのかがどこにも書かれていないんじゃ」

確かに、過去の書物には豊穣の神や水の神などいろんな幸福をもたらす存在が登場するが、必ずその方法や手段が記載されるのが常だ。それが書かれていないのはおかしい。

「まぁ言い伝えというのは半分以上は嘘で、実は悪いことがあったからこそ逆の事を書いたり、先人の戒めや教えを残すために書かれ、語り継がれていくうちに話の一部分が無くなってしまうこともある。この巫女が存在したのかについては眉唾物じゃが、こういう方向性でもあやつの事を考えていく必要があるやもしれん」
「まさか、カナが、その巫女だとお考えで?」
「ま、その線は薄いじゃろう。見る限りただの真面目なねーちゃんじゃ。チャクラもなければ、オーラの類もない」

三代目は陽気に笑う。
あのカナがそんな伝説の存在なわけがない。何より、三代目の言うようにほぼチャクラを感じられなかった。巫女や何かの力を秘めている存在であれば、すぐにそのオーラやチャクラでわかるはずだ。

「それよりも、今は病院から出たらどこで過ごさせるかが問題じゃ。経済的に自立することもしばらくは難しい上に、嫁入り前のおなごゆえ、住居や身の安全も考慮しなければならん。それに病院から出るとなると監視の手間も増える。早く退院させたいのは山々じゃが、問題が山積みで時間はかかるだろうな」
「そうですね……私も何か考えてみます、」
「頼んだぞ」

承知しました、とオレはその場で頭を下げ、立ち上がる。
身体の向きをかえ、玄関から出て行こうとドアノブに手をかけたその時、ふと一つ言い忘れていた事を思い出した。

「火影様、そういえば」

オレはもう一度、三代目の方へ向き直る。

「ガイとナルトたちにカナの存在がバレまして……」

一応大きな問題になる前に、バレた事を報告しなくてはと思ったのだ。
失敗を責められるかと少々覚悟をしたが、三代目は愉快そうに大きな口を開けてオレを笑い飛ばす。

「全く、面倒な奴ばかりにバレたのう!まぁあの三人には内々で留めておくように任務とか言って秘密を守らせるようにすればいいじゃろう。ガイにはワシから言っておく」
「ありがとうございます。本当に申し訳ございませんでした」
「任務ご苦労じゃった」

オレはもう一度、その場で失礼しますと深く頭を下げると、火影の家を後にした。


──それにしても今日は随分長い一日だった。

昨日はカナを病院に案内したあと、ナルト達の修行でバタバタしていてあっという間だったが、今日は病院を2往復、おまけに火影様への報告ときた。
腹も減らないし、外食しないでさっさと家に帰ろうと早歩きで家へ向かう。
街の中心部に向かって歩く人波に、逆らうようにして歩いた。

家へ帰る途中には、いつも寄って帰る書店がある。一本大通りから入ったところで、ひっそりとした佇まいがお気に入りの店だ。
今日はどうしようかな、と迷っていたが、そういえば明日カナに本を持っていく約束をしていた。
前言撤回、オレの家には女性向けの本がないから少し見ていくか、と本屋へ立ち寄ることにした。

ざっと雑誌コーナーの並びを見て、良さそうなものがないか見当をつける。

まずは、火の国の遊び探しの定番、火の国ウォーキングという雑誌を手に取った。もう一つはきっと女性向けのものがいいだろう。
しかし、女性誌なんて買ったことがない。
だいたい同じような年代の女性が写っているやつでいいか、と平積みの面積が多いものを手に取った。
一応パラパラと中をめくり、ざっと内容をみると、『24歳町娘のオシャ弁大作戦!』というコーナーが載っていた。
仕事の合間に食べるおしゃれなお弁当で、気分をあげようというものらしい。

女という生き物は、食べ物がおしゃれなだけでテンションが上がるのか──勉強になるな、と感心すると、俺はその二冊をレジへ持っていき、すぐに書店を出た。
そしてその足で、閉店間際のスーパーへ寄ることにした。スーパーでは、パンと卵と野菜をいくつか買い、今度こそまっすぐ家へ向かう。流石に疲労がピークに達し、いつもの二倍遠く感じた。


家に着くと、部屋は藍色の深い暗闇に沈み込んでいた。
窓のある部屋から月の光が廊下にまで伸びて、床面が青白く朧げに光っている。
三代目はカナのことを、月からの使者の伝説の女かもしれないなんて言っていたが、オレはそんなはずはないと思った。カナはそんな高尚な存在には見えない。ごくありふれた普通の女の子だ。
もしそうだったとしたら、カナは他人に幸福をもたらした後は人魚姫のおとぎ話のように泡になって消えちまいそうだな奴だな、とぼんやり思った。ま、姫という感じでもないが。

玄関で靴を脱ぎ捨てると、オレは両手の荷物を電気もつけないまま一旦キッチンのある部屋へドサっと置き、手を洗いに洗面台へ向かう。
洗面台の照明を肘で押して点けると、光ともにカナにやったアメニティの歯ブラシが目に入った。
きっと入院になるなんて思ってなかったんだろう。まるでまた戻って使うみたいに丁寧に置いてある。
オレは手を洗いながらこの歯ブラシをどうしようか考えた。捨ててよいものなのだろうか。
手を洗い終えてタオルで水気を拭き取ると、使っていないコップを持ってきて、なんとなく歯ブラシを洗面台の端へ立てておいた。

それから、水を飲もうと思って各所電気を点けながらキッチンへ行くと、洗って干した氷嚢が目に入る。
あのぐしゃぐしゃに泣いた顔と、病院での寂しそうな横顔がふと浮かんできて、それからはしばらくカナのことを考えた。

周囲に頼れる人がいない彼女は今、どんな気持ちなのだろう。
オレには少し心を開いてくれているだろうが、家族もいない、友達もいない、ましてや疑われる身とあってはその孤独は計り知れない。
動揺してあの朝に大泣きしていたくらいなんだから、今も泣いているんじゃないか──オレはしばらく変な考えに取り憑かれてしまう。
冷蔵庫へ買ってきたものをしまった後は、家の中のことを片付けながらぐるぐると無駄に動き回った。

どうしたら彼女を安全な方法で、孤独から救ってやれるのだろうか。
病院で閉じ込められているうちははずっと孤独のままだろう。
三代目は準備が整えば病院から出すと言っていたが、あの口ぶりからすると、かなりの時間を要しそうだ。かと言って、それまでオレの部屋で生活するなんてことも気安く言えるわけではない。
これが男であればあっさり実現するのかもしれないが、カナはオレとそこそこ年の近い女性だ。
そういう関係にない男女が一つ屋根の下で暮らすなんてのは、いくらなんでも周りもそう簡単に許しはしないだろうし、カナもそれを聞いたら真面目なだけに引くに決まっている。
しかし、本当にそうなのだろうか──オレには三代目への謁見後の「目覚めたのがカカシさんの部屋で良かった」という言葉が頭から離れなかった。
お世辞といえばお世辞なんだろうが、あんなに嬉しそうな顔をされたら、オレにならもう少し何かできることがあるのではないか、と不思議と考えて込んでしまう自分がいた。

考えてもキリがない、そう決心がついたのは日付が変わった頃だった。
こりゃまずいと急いで風呂に入り、布団に飛び込むと、再びカナの言葉を反芻しながら無理矢理眠りにつくのだった。



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