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「いやぁ〜、ホント入院中のご飯もなかなか美味しかったんですけどやっぱり生モノって出ないじゃないですか!だからお寿司がいいって思ったんですよね〜」
「それじゃあ回らない寿司でも良かったんじゃないの?」
「回らない寿司はお上品にしてなきゃいけないし、緊張しちゃって食べた気しないんでなんか苦手で。あ!こぼれいくらだ!食べていいですか?」
「好きなもの食べてちょうだいよ」

まぁ確かにその食べっぷりじゃあねぇ、と湯呑みの熱いお茶をすすりながら彼女の姿を観察する。
ぱくぱくと次々たいらげていくカナは、まるで掃除機のようだ。一体その体のどこにこの量の米が入るんだろうかと感心してため息さえ出てしまう。

順調に回復したカナは、予定通り最短で退院となった。
一応任務当時の上司として責任があるので、朝から病院に様子を見に行くと、彼女は待ってましたとばかりに病室で荷物を纏めていた。
まだ店が開くまでには時間があったので、病院の中庭のベンチで暇つぶしがてら先日の封印式のことを話した。
彼女は大して驚いてもいない様子で、「多分母がやったんです。私が忍になるの、途中から反対してましたから」と遠くを見てそう言っていた。
オレはもっとスケールのでかい話なんじゃないかと思っていたから、つい拍子抜けしてしまう。聞かれたくもなさそうな雰囲気だったので、その時はそれ以上尋ねるのをやめた。

少し表情が曇っているような気がしたが、寿司屋が開く時間になると彼女は瞬く間に笑顔になって、鼻歌まで歌って店まで歩いた。よっぽど楽しみだったのだろうか、食べる順番まで決めていると言っていたっけ。

「あのさ……もう10皿超えてるけど大丈夫?」

ぼんやり思い出していると、とうとうカナの目の前には皿の壁が一つ出来上がっていた。
それでも皿を取るペースが落ちる気配がないので、本当に食べ切れるのか不安になる。

「え、もしかして予算オーバーしちゃいました?」
「いや予算は気にしなくていいんだけど……そんなに食べて気持ち悪くならない?」
「いつもだいたい15皿は食べるんで大丈夫ですよ!」
「あぁそう……」

周りの女性を見ると、大抵5皿か7皿くらいで、カナほど積み上がっている人はいない。しかもカナの場合、ランチサービスで無料のあら汁まで飲んでいるから見ているこっちがお腹いっぱいになってくる。
そういうオレも大食い対決レベルであれば25皿くらいペロリといくので人のことは言えないが。
カウンターの寿司がいい、なんていう女じゃなくて良かったとこの時ばかりは彼女の庶民らしい感覚に感謝をした。

結局食べ終わる頃には二人合わせて30皿ほど平らげて、机の上には10皿ずつ綺麗に三列の壁がそびえ立っていた。

「いや〜美味しかったですね!」
「もうお前の食べてるとこ見てるだけでお腹いっぱいだよ」
「ガイ先輩にもよく言われます、それ」

食べたいもので満たされてカナの機嫌がすっかり良くなったところで、オレは再び封印の件を切り出そうとする。

「身体の調子はバッチリか?」
「えぇ、もちろんです!美味しいもの食べて元気いっぱいです!」
「じゃあそのご機嫌のところ悪いんだけど、この後その封印を解くぞ」

空になった湯呑みやおしぼりを机の上で整理しながらオレは言った。するとカナは、まぁるい目をさらに丸く見開いて、「解けるんですか?!」と驚いたような声を上げる。

「……え?そりゃ別にこのくらいはねぇ」
「すごい!先輩本当に尊敬します!」
「そんなに褒められることでもないんだけど……」

上忍ならこのくらい出来ても驚くことではないのだが、新米の彼女からすれば凄いと感じるのだろう。
大したことでもないのにキラキラとした目で勢いよく褒められると、どうもバツが悪い。一度テーブルの端に寄せた丸めたおしぼりを掴むと、パッと広げて両手で無駄に綺麗に畳み直した。
ふと、この封印術をかけたカナの母親の気持ちを想像してみる。カナの父親は亡くなっているそうだから、おそらく任務で命を落としたのだろうか。
封印術を施せる母親もきっと忍に違いない。だとしたら、子を想う気持ちから、忍にさせたくないとこの術をかけたのだろう。
忍にさせないよう、才能が無いと思い込ませて諦めさせようとしたのだろう。
そうなると、この術を勝手に解いていいものかつい悩んでしまう。

「でも勝手に親御さんがかけた封印解いちゃっていいのかなぁ」
「いいんですって!どうせ実家出てるんでバレないですよ!」
「いやでも親の忠告ってのは何か背景があってのことだし……確認しなくて大丈夫?」

急に不安になって尋ねると、彼女は大きく横に首を振った。

「そんなん確認しに行ったら、先輩なんかすぐうちの母親に気に入られて術解くどころじゃなくなりますよ?」
「え、それってオレも一緒にいく前提?」
「だって解くのは先輩なんですから」

オレに「お嬢さんの封印を解かせてください」なんて嫁にもらう挨拶みたいなセリフを言わせるつもりかと彼女の謎理論に首を傾げつつも、まぁどうでもいいかと勘定のために店員を呼ぶ。
好きに食べさせていただけあって、男三人分くらいの金額だ。ついため息が漏れた。


彼女のテンションが変わらないうちにその足でアカデミーまで向かう。敷地内をうろうろして、誰もいない部屋を見つけると早速床に解除の術式を書いて封印を解く下準備を始める。
カナには申し訳ないが、術式の上にあぐらを描く形で座ってもらった。
せっかくだから教えてやろうと、手順を説明すると熱心に聞いていた。

「ここまで質問は?」
「大丈夫です、カカシ先生!」
「先輩の次は先生か。はい、じゃあ髪あげて」
「はーい」

オレは彼女の後方に移る。
いい返事をしながらカナが俯き、両手で髪をすくいあげると、病室で見たあの白いうなじが現れて、やっぱり悪くないなと思いながら封印式のあるあたりに左手を触れる。
さらっとしていて柔らかい肌質だった。なんだか少しだけセクハラをしている気分になる。

「カカシ先輩」
「なんだ」

不意にカナが話しかけてきた。
まさかオレのほんのちょっとした下心を見抜いたのかとドギマギしながら返事をするが、カナの口から次に出たのは「首、折れたりしないですよね」という間抜けなセリフだった。
可笑しくて吹き出しそうになるが、そのままからかってやるのも一興だと「嫌だったらじっとしてろよ」なんて堪えてそれらしく彼女の背中に向かって返す。

「え?!やっぱりそうなんですか?!解くなんて言わなきゃよかった……」
「忍が何怖がってんの?さ、絶対動かないでよね」

右手で印を組み、解除の術を唱えていく。
カナの持っている力がもともと強かったのか、術は薄れかけており簡単に解けた。数分もかからなかっただろう。
もう少し肌に触れていたかったなぁと名残惜しさすら感じてしまう。

「はい、これでもう悩まなくなるさ」

終わってパッと手を離すと、彼女も再び髪を下ろす。
うなじはさらりとした髪の向こうにすっかり見えなくなってしまった。

「首が折れなくて本当によかったです……」
「折れるわけないでしょうが」
「え?!そうなんですか?!」
「どこまで単純なの?もう、」
「単純じゃなくて、ピュアって言ってくださいよ」
「それは忍としてどうかと思うけど」

呆れてものも言えないとは全くこのことである。
しかし、彼女はそんなオレの言葉なんて最早聞く気もなくて、「なんか体が軽くなった気がします!」と身体をあちこち動かして全身で喜びを表現していた。

「あのね、除霊じゃないんだから……」

無論、その言葉も届いている様子はなかった。
けれども嬉しそうにはしゃぐ彼女の後ろ姿を見て、まぁいいかと小さくため息をつく。オレの小言でふてくされられるくらいなら、聞いていないくらいでちょうどいい。

「いやぁ、なんか本当にご馳走していただいた上に、術まで解除していただいてなんか悪いですね」
「実はもう一つお前にしてやれることがあってだな」
「え」

カナは途端に振り返ると、キョトンとした顔でオレを見上げる。

「まだあるんですか?!」
「なんだ、嫌そうだな」
「嫌がってないですよ!すごいなぁって思って」
「そう?」

どうだかなぁと思いながら彼女の目の奥をじっと見つめると、カナもまた少しもみじろぎせずにオレを見つめ返す。彼女の心の内は読めなかった。
ただ、修行がめんどくさいだとかそういうネガティブな印象は見受けられない。
オレは一つ咳払いをすると、カナの正面に移動して、得意げに言った。

「三日後より長期修行についてやる」
「長期修行?」

彼女は首を傾げる。

「ま、長期と言っても二週間だがな。その間にカナに不足している遠距離型の新技を身につけてもらう」

カナはまだピンと来ないような顔をしている。
傾げた首を元に戻し、頬をポリポリと掻きながら難しい顔をすると「響きはめちゃくちゃかっこいいですけど、二週間でそんなこと可能なんですか?」と今度は訝しげにオレを見上げた。

「可能かどうかは関係ない。二週間でやるんだ」
「えぇ?!そんな……」
「どんなに火影様にお願いしたって、オレのスケジュールを連続で抑えるのは二週間が限界だからね」
「なんか人気芸能人みたいですね。でも天才コピー忍者に二週間みっちりついてもらあるだけありがたいもんか、」
「なーんかカナに言われると馬鹿にされてる気がするんだけど……」
「馬鹿になんてしてないですって!本当に超尊敬してますから!」

なんとなくカナに言われると嘘くさい気がしてしまうが、そういうことにしておこう。オレは呆れ顔で「はいはい」と返事をした。

「ところで、どこで修行するんですか?」
「山奥の合宿所だ。オレも昔利用したことがある」
「合宿所!」

カナの目の色が変わる。それから「雄大な自然……美味しいご飯……」とかなんとかぶつぶつ言って、なにか都合の良い妄想しているようだった。
いい歳して色気より食い気なんて、ほとほと呆れる。いや、先日の商家の息子の件からやけ食いに走っているのだろうか──だとしたらまぁわからなくもないが。
そんなことを考えながら幸せそうにだらしない表情をしているカナを見ていると、突然ハッとした顔をして彼女がオレを見る。
そして、「待ってください、カカシ先輩」と真剣な面持ちへ変わった。

「……もしやその修行中は、同じ部屋に寝泊まりするということでしょうか」
「同じ部屋じゃないけど、まぁ大きいコテージに二人で泊まることにはなるな。だけどちゃんと……」

話の途中で、カナは顔を真っ赤にして急に慌て始める。元々コロコロ表情の変わる女だが、まだ見たことのない、年頃の乙女らしいリアクションだった。

「そ、そそ、そんな!男女が一つ同じ屋根の下で寝泊りなんて?!」
「それに関してはちゃんと考慮してあるから大丈……」
「万が一間違いが起こったらどうしましょう!?」

話も聞かないで、頬を両手で覆って変な妄想を始めるカナに、オレは大きなため息を一つ。
仮にも男女、そういう風に危機意識を持つのも当たり前だが、ちゃんと対策をしていると話しているのに聞く耳すら持たないのはどういうことかと閉口してしまう。
まぁこの反応が面白いのも事実なので、仕方なく少しカナが落ち着くまで黙って様子を見守ることにした。

「……ってあれ?先輩さっきから黙っちゃってどうしたんですか?」
「お前がいま心配したことは、オレとお前の間柄である限り1,000%ありえないから安心しろ」
「ちょっと、それどういうことですか?!」

ようやく話を聞く体勢になったと思ったら、またうるさくなる。オレに否定されたことが気に食わないのか、さっきまでの乙女らしい表情はどこへやら。一気に眉を釣り上げて食ってかかってきた。

「オレはお前みたいなお子ちゃまには興味ないの」
「私だって成人した立派なレディなんですけど!」
「そういうこと言うとこがそもそもお子ちゃまなの。大体任務だって男女で行くけど普通は何もないでしょ」
「先輩酷い!」
「あら、怒っちゃった」

カナは口をへの字に曲げ、眉間にしわを寄せて、お得のふてくされ顔になる。
「そんな顔するとかわいくないよ」と忠告しても、その表情をやめる気配はない。
とは言ったものの、あの顔を真っ赤にして照れる姿を見た後のむくれる顔は、何故だか愛くるしく見えてしまう。
こんなじゃじゃ馬娘でも、あんな可愛らしい表情をするんだなぁ──と。


合宿所の件に話を戻すが、オレだって別になんの考えもなしに二人で一つのコテージに泊まることを選択したわけではない。きちんとした理由がある。

「……カカシ先輩、ここ本当に合宿所なんですか?なんかただのキャンプ場にしか見えないんですけど……」

三日後、オレ達は予定通り山奥の合宿所へ来ていた。
受付でチェックインを済ませると、大荷物を背負いながら宿泊予定のコテージへと向かって砂利道を歩く。

「オレもガイも、ここで修行したことがあるんだ。保証するよ」
「えぇ〜……でもやっぱり二人で泊まるのはちょっと……」
「コテージを一人一棟借りるわけにいかないでしょ。離れてるから夜何かあったら危ないし」

二人で一棟なのは、なんせ山奥、普通のホテルのようなタイプではなく大きなコテージを一組一棟で借りるタイプだからだ。
一人一棟ではコテージ間に距離がありすぎて、万が一何かあった時に連絡が取りづらい。それに夜、女一人は危険だ。
コテージは二階建てで、かなりの大人数が泊まれるタイプの広さだ。各階ごとにトイレも風呂も備えてある。
部屋に鍵もついているし、階を分けて泊まれば一応は変な気を使う心配もないわけだ。

「あ、もしかしてテント泊がよかった?」
「テント泊……?!嫌ですよ!」
「だろうと思って、コテージにしたんだ。一番広いコテージにしたから、オレが一階、カナが二階で生活スペースも完全に分けられるようになってる。部屋に鍵もついてるから、気を使う必要もないよ」
「そうですか……」
「風呂もトイレも各階別だしね。ま、キッチンは一階にしかないから一緒に準備してもらうがな」

オレの説明に、カナは少しホッとしたような表情を見せる。まぁ確かに恋人でもない男と二人きりは嫌だろう。オレだって流石に神経を使う。
安心したのか、しばらく彼女は無言で砂利道をザクザクと歩く。
どこからかバーベキューの匂いがしてくると、「合宿所のおばさんの美味しいご飯が……」と悲しそうに呟いていた。

「お前はここへ修行しに来たんだ。飯を食いにきたわけじゃないだろ」
「わかってますけど……唯一の楽しみが……」
「楽しみは修行でどれだけ技が完成させられるかだ。文句を言わない」

厳しい修行生活の中で、何か楽しみがないとつまらないというのはわからないでもない。彼女はまだ若いし、戦争をギリギリ知らない世代であるから、何もかも忘れて修行に打ち込むということも知らないのだろう。無理もない。
あまりにもしゅんとしょぼくれるので、さすがにかわいそうになって、オレはカナの機嫌を少しだけとってやることにした。

「食糧は受付のところで買うこともできるし、この自然豊かな環境を利用して漁をしてもよし、足腰強化に隣町まで行ってもよしだ。ま、今回は目的がはっきりしてるからあんまり隣町まで行って欲しくないけど」
「修行がやっぱり大事なので、手近なもので済ませるようにします……」
「まぁそんな拗ねるなって。そうなると思ってある程度は口寄せで巻物に用意してきたから」

カバンの脇から巻物を一つ取り出すと、シュルリと紐を解いて用意してきた食材名をカナに見せてやる。
すると、瞬く間に彼女の表情に光が戻ってきて、パァっと明るくなった。ご機嫌とりはどうやら成功したようだ。

「興味があったらこれも後で教えてやるよ」
「カカシ先輩……!ありがとうございます!」
「全く、お前は食べ物で左右されすぎだっての」

呆れながら笑うと、目の前に今日から泊まるコテージが見えてきた。
「今日からの宿はあれだ」と指差すと、カナはその大きさに驚いていた。なんせ20名以上泊まれる超大型コテージだ。豪邸並みのデカさだ。
カナは興奮し始め、来るときはあれだけ渋っていたのにオレを称賛し始めた。

そんな彼女の言葉を受け流しながらコテージへとたどり着く。
辺りはとても静かで、葉のそよぐ音や遠くで鳴く鳥のさえずりくらいしか聞こえない。山の中らしい清々しい空気を纏っていた。

コテージは明るい色の木で出来たログハウスのような作りで、玄関の手前に数段の木の階段がある。
そこをあがると、一帯がカバードポーチになっていて、玄関横のウッドデッキスペースには小さなテーブルと、それを挟むように椅子が二つ置いてあった。
鍵をガチャリと開けて木製の玄関扉を引くと、瞬間に爽やかな木の匂いと、コテージ独特の匂いが鼻をかすめる。
どこか懐かしい匂いで、幼い頃の修行の日々が思い出されるようだった。


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