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「内出血は起こしてますが、骨は折れてませんね。それから脳の方は軽い脳震盪のようですが、おそらく後遺症の心配はないでしょう。意識がないのはそれが原因ではなく、チャクラの消費し過ぎが原因です」

木ノ葉病院に駆け込むと、カナはすぐに検査へと回された。その間も意識はなかったが、しばらく経って診察室へ呼ばれると、案外あっさりとそう医者に告げられた。
オレは彼女に後遺症でも残してしまったら、と待合室でじっとしていられないほど心配していたが、その言葉に全身の力が抜けるようだった。

「でも先生、かなり強く打ち付けられていたんですが、ヒビすら入っていないんでしょうか……」
「えぇ、全く持って骨は無傷です。内出血の範囲からみると衝撃が分散しているので、おそらく無意識レベルで受け身をとったんでしょう。もし受け身をとっていなければ、重症だったでしょうね」

白く光るスクリーンに張り付けられた検査画像を見ながら、感心したように医者は言う。
無意識に受け身を取るなんて、さすがはガイの後輩だとオレもしみじみと検査画像を見つめた。
それに、意識がないのがチャクラの消費しすぎなんて、予想もしていなかった。
確かに、チャクラ刀からあれだけの電流を放っていたわけだから、相当消耗しているはずだ。
そもそもカナは効率よく性質変化が出来ていなかったら余計だろう。

オレもついでに診察してもらい、少しだけ治療をしてもらうと、終わる頃にはカナは病室へ運び込まれていた。
くノ一はそれほど激しい任務につくことが少ないためか、四人までの女性専用の相部屋でも入院しているのはカナ一人だけだった。
部屋に入ると、彼女は白くてがらんとした病室で、ぽつりと窓際のベッドに横たわっていた。
カナの寝ている横の窓は半分ほど空いて網戸になっていて、風が入ってくるたびに白く長いカーテンがゆらゆらと揺れる。
その度にカナの顔に初夏のパリッとした日差しが顔いっぱいに注がれ、彼女の寝顔を無機質に照らし出す。まるで人形のようだ。
治療してもらったのか、顔の内出血の痣は既に綺麗に消えている。
普段はわりとお喋りでやかましいところもあるが、こうやって静かにしていると案外かわいいものだ。
誰も病室にいないのをいいことに、オレは隣のベッドに腰掛けてしばらくその寝顔を眺めていた。

不意に彼女が窓側に寝返りをうつ。首元の柔らかな髪がさらりと流れ、たおやかなうなじが露わになった。
普段も髪を下ろしているからか、日に焼けておらず白くきめ細やかな質感をしている。
うん、なかなかいいうなじだな──そんな風に少しだけむっつりすけべな視点で彼女のことを見ていると、襟足のあたりに何かを見留めた。
病室のドアが開いていないかをチラッと振り返って確認すると、彼女に近づいて襟足の髪をそっとよけてみる。

「これは……」

驚くことに、ごく小さな封印式が刻まれていた。
よくよく見てみると、チャクラの使用を制限する封印術のようだ。チャクラの使用を制限し、もしその制限を超えて術を発動させれば必要以上にチャクラを消耗させたりチャクラのコントロールを奪うことで相手を追い込む術だ。
一体誰がこんなことを──カナと関わって日がまだ浅いオレには見当もつかない。
おそらく、カナがあそこまでの実力を持ちながら性質変化を苦手としていたのもこの術のせいだ。これを解けば彼女は相当な実力を発揮できるだろう。

このまま解いてしまえばいいものだが、術を誰にかけられたのかがどうもひっかかる。起きたら解いてやろう。
彼女が起きるまでしばらく見守ることにしたオレは、再び隣のベッドに腰を下ろす。いや、正確には下ろそうとした。

「カナ!大丈夫か!」

野太い叫び声と共に病室の引戸がガラッと勢いよく開いて、オレは何事かと扉に向かって構える。

「なんだ、ガイか……」

ガイだった。任務終わりなのか、所々ユニフォームか土で汚れている。

「ここ、病院よ。あんまり大きな声出さないでちょうだいよ、もう」
「おぉ、カカシもいたか!カナが木ノ葉病院に運ばれたと聞いて、いてもたってもいられずここまで全力で走ってきたんだ!」
「だから、静かにしてってば。カナが起きちゃうでしょうが」

すまんすまん、とガイが笑いながら奥へ入ってきて、窓とベッドの間のスペースの方からカナの様子を確認する。しばらくじっと覗き込むと、「大丈夫そうだな」と安堵の息をもらした。

「オレがついていながら怪我をさせてしまって、本当にお前には合わせる顔がないよ」
「こうして無事なのだから、自分を責める必要はないだろう。よく守ってくれたな、カカシ!」

ガイは白い歯をチラつかせながらナイスガイなポーズをとる。
そんなんじゃない──オレはあの時、揺れる足元に動きを止められ、カナの目の前にいながら守ってやることが出来なかった。
オレは首を横に振って、ガイの言葉を否定する。

「守ったのはオレじゃないよ。カナを守ったのは──」

そう言いかけた時、「……ん」とカナが寝ぼけたような声をあげて眼を開いた。眩しいのか、眉間にシワが寄って、目の周りに力が込められたような険しい表情をしている。
すぐに気づいたガイが「カナ!目が覚めたか!」と大きな声で呼びかけた。

「……あれ、ガイ先輩?」
「カナー!生きていて本当によかったぞ!」

よっぽど嬉しかったのか、ガイがカナの肩を掴んで揺すろうとする。「頭を打っているからしばらくは安静に」と医者から言われていたので、すかさずオレはガイを制するように「カナは頭打ってるんだからダメだ」と彼の前に手を伸ばした。

「あぁ、そうだったな……すまん」

ガイはすぐに両手を引っ込める。

「カカシ先輩も……?あれ、ここってもしかして病院ですか?」
「あぁそうだ。里に戻ってきたんだ」
「そっか……私、あの時敵にはたき落とされて……」

カナは起き上がろうとするので、オレは医者に言われたことをそっくりそのまま伝えて寝ているように言い聞かせる。
しかし、寝ていると打ったところが痛いから起き上がりたいのだと顔をしかめた。
仕方なくオレとガイでゆっくりと起こしてやる。

「座っても痛むか?」
「横になってるよりはマシです。体の左側がなんかズキズキして……」
「記憶はどうなんだ、カナ!」
「性質変化が出来たところまでは覚えてるんですが……」
「何ぃ?!ついに出来るようになったのか?!」

再びガイがカナの両肩を掴もうとする。

「ガイ、カナに触っちゃダメって言ってるでしょ」

腕を伸ばして制すると、ガイは不満そうにオレを見る。
すぐにカナの言葉に反応して彼女に飛びつこうとするので、窓側から無理矢理オレの隣につれてきて、病室の隅にあった来客用の椅子を用意して座らせた。
ガイに揺さぶられてまた意識が飛んだりでもしたら目も当てられない。ガイは納得のいかなさそうな顔をしていたが、どうか我慢してくれと隣のベッドに腰かけながら心の中で祈った。

「で、性質変化はマスターしたということか?」
「いや、まだまだ荒削りだ。洞窟内が真っ白になるくらいの勢いだったが、膨大なチャクラを消費して意識を失ったらしい」
「確かに、あの後カカシ先輩に出来ましたーって言った時フラフラしてましたもん」
「それでも出来たことには変わらない!成長したな、カナ!それがお前の身を守ったということだ!」
「いいえ、最終的に守ってくれたのはカカシ先輩ですよ」

「ね、先輩」と微笑んで同意を求めるカナに、「いや」とオレは否定する。

「カナを守ったのは、ガイが教えた体術だよ」
「え?」
「どういうことだ、カカシ?」
「あんな勢いで壁に打ち付けられたのに、骨一つ折れていなかったのは、無意識レベルで受け身をとったおかげらしい。つまりは、ガイの体術のおかげってことだよ」
「うぅっ……!オレの教えた体術が……!こんな形でカナの役に立つとは!」

ガイは感極まって熱い涙を流し始めた。
いつものクセが始まっちゃったなぁ、とオレは途方に暮れながら眉尻を下げる。

「よくやったぞカナ!体術を極めたお前自身の努力の賜物だ!」
「ありがとうございます、ガイ先輩」

カナも少々困り顔でガイに応えた。
しかし、こういう先輩後輩関係もいいものだなぁと思う。オレにも何人か優秀な後輩がいたが、一人は里を抜け、一人は今や別の部隊。何をしているかすらわからない。元々必要以上に他人と接点を持たないことを好む性格ゆえに、後輩とのつながりも希薄になりがちだが、こう見ていると羨ましいものだ。

「ところでカカシ先輩」  

カナがやにわに不安そうな表情で話しかける。

「ん?」
「ゲンマさん達は……」
「あぁ、無事だよ。後処理と報告を代わりに行ってくれている」
「じゃあ任務は、」
「成功だ。カナが敵を弱らせてくれたおかげで、すぐに方がついたんだ」
「よかった……!上忍になって初めての難易度の高い任務だったので……」

カナは胸のあたりに手を置くと、大きく息を吐いた。
きっと、自分のせいで足を引っ張ってしまってないか、足手纏いになっていないかが不安だったのだろう。
オレはそんな彼女の不安をさらに取り払おうと、励ましの言葉をかける。

「任務の成功も大切だけど、仲間が無事に里に戻ることが何よりだよ」
「うむ、全くもってカカシの言う通りだ!カナ、お前は記念すべき今回の任務のことを、忘れず胸に刻んでこれからの任務に当たるんだぞ!」
「はい、ガイ先輩!」

ガイもそんな彼女の気持ちを察してから、同じように彼女を元気付ける。
先程までの曇った表情はすっかり消え去り、カナはいつもの明るい様子に戻ってニコニコ笑っていた。
それを見てオレは、彼女には笑顔が一番似合っているな、となんとなく思った。

「しかし、せっかく戻ってきたのだから久しぶりに飯でもと思ったが……カナはいつ退院するんだ?」
「明日様子を見て、再検査して脳に異常がなければその足で退院できるらしいから、最短で明後日だそうだ」
「そうかー、明後日は既に任務が……」

余程楽しみにしていたのか、ガイは塩をかけられた青菜のように萎れてしまう。

「ま、ガイの代わりにオレがなんか奢っといてやるよ。オレもすっかり“先輩“だしな」
「お!やったー先輩太っ腹!」
「すっかりカカシに懐いたようだな……。積もる話もあったんだが……まぁまたそのうちとするか」
「懐いてないさ、こりゃ飯目当てだ」

奢り、の言葉に目を爛々とさせたカナに何がいいかとリクエストを尋ねると、回転寿司がいいと言う。
この任務の怪我の詫びと、性質変化の習得の褒美にしては、ちと物足りない気がして本当にそれでいいのか再度尋ねると、「回転寿司”が“いいんです」と断言した。
金がかからなくていい後輩だ。

「それよりカカシ先輩、さっき言いそびれちゃいましたけど、助けてくださって本当にありがとうございました」
「いやいや、オレは何もしてやれなかったんだ。お礼を言われるどころか、オレが謝らなきゃならない……」
「そんな!最終的にあいつを倒して、ここまで連れてきてくださったじゃないですか。それに、カカシ先輩に教わってなかったら、あそこで私は諦めてました。緑鬼衆のボスに足を掴まれそうになって、もうダメだったって思った時、修行を始める前に言っていた先輩のチャクラ刀の話を思い出したんです」

だから、先輩のお陰なんです──そう言ってカナはオレに向かって微笑んだ。ふてくされた顔からは想像もつかない優しい表情だった。
その瞬間、時が止まったような感覚がして、スッと心に光がさしたような暖かさが流れる。オレはその表情から目が離せなかった。

「うむ!実に青春だ!」

そんなのも束の間、ガイがオレとカナを見て、再び涙を流し始める。
あーあー、とカナと二人で顔を見合わせると、熱く泣き続けるガイを揃って宥めた。カナも随分とこの手のことは慣れているようだった。
しばらくしてガイが落ち着くと、オレは再びカナに謝罪する。

「まぁ無事生きて帰ってこれたとはいえ、今回のカナの怪我の責任はそばで守りきれなかったオレの責任だ。本当にすまないことをした」
「そんな、先輩ばっかり責任負わないでくださいよ。この通り無事だったんですから!」
「部下の責任を全て負うのが上司の役目だよ。……まぁ、こんなオレにもまだお前にしてやれることがあってだな」 

こんな頼りないところを見せてしまったオレでも、もう少しカナにしてやれることはある。
それは封印術の解除と、新技開発の補助だ。おそらくこの封印術を解けば、訓練次第で新技を身につけられるかもしれないと踏んでだ。
さて、この封印術のことをどこから聞いて行こうか──と思案しながら、次の言葉を喉まで出かからせたその時だった。

「ま……まさか!カカシ!お前、責任を取ってカナを嫁に……?!」
「えっ?!そうなんですか先輩?!」

ガイが突拍子もないことを言い、カナがハッと息を止めて目も口もぽかんとあけた間抜けな表情でオレを見る。そのせいで、すっかりオレは真面目な話をする意欲が削がれてしまった。

「そんなわけないでしょ!なんでそうなるの!」

二人ともふざけるのでもっと怒ってやろうかと思ったが、任務の疲れもあってかもうその元気を振り絞るのにも面倒になり、オレはマスクの下で口を真一文字に結んだ。

「えー違うんですかぁー?」
「女子(おなご)に対する責任と言えば結婚だろう!」
「いやいや飛躍しすぎでしょうよ、それと何カナもガイの悪ふざけに乗っちゃってんのよ!」
「オレは断じて悪ふざけなどしていない!いつだって青春に向かって全力投球だ!」
「これの何が青春なの?!」
「青春を信じる者には、いつ何時でも青春が──」

ガイがそう声高らかに言いかけた時、病室の扉がガラッと勢いよく開いた。
三人とも「ん?」と声を揃えて扉の方を見ると、怖い顔をした看護師長らしき女性が仁王立ちしているではないか。

「院内はお静かに願います」

強めの語気でそう言うと、オレ達の返事も待たずに彼女は静かに扉を閉めた。
三人の賑やかな空気は一転、気まずい空気が流れる。

「……ま、看護師さんに怒られちゃったから、続きは元気に退院してからだな」

オレはあはは、と笑ってベッドから立ち上がる。
そろそろカナの様子を火影様に報告にいかなければならない。

「えー、教えてくださいよー」
「その方が早く元気になりたくなりそうだろ?」
「気になって夜も眠れなくて逆に体調崩しちゃうタイプですよ、私」
「体調崩して退院できなかったら寿司食べられなくなるけどいいの?」
「それは……!」

カナはまずい、という顔をすると、「おやすみなさい」と呟き静かに布団に入る。
どれだけ飯に左右されるんだと、ついおかしくて笑ってしまう。しかし、本人は至って真剣そうだ。

「カカシ、帰るのか?」
「あぁ。じゃあな」
「なら、久しぶりにオレと勝負でもどうだ!」
「えぇ?オレこれから報告行かないといけないし……」
「冷たいことを言うな!今月に入ってからまだ一回も勝負していないだろう!」
「うーん……なら、ジャンケン三回勝負は?」
「よーし乗ったぞ!じゃあいくぞ!最初はグー!ジャンケン──」

ポン!と二人で言った瞬間、再び病室の出入り口がガラリと勢いよく開く。
やばい、また来たぞと気づいた瞬間にはもう遅く、先程よりも数倍怖い顔をして鬼のような形相になった師長らしき女性に「お静かに!」と叱られてしまう。

「……す、すいませんでした」

すっかり度肝を抜かれてしまい、ガイと二人で震える声で呟くように謝ると、師長は「フン!」と怒ったまま扉を閉めて立ち去っていった。
互いの手を見ると、二人ともチョキだった。
もうオレたちに、勝負の続きをする元気は残っていなかった。

いきなり静かになった病室には、背後で情けないオレたち二人を見てケラケラと笑うカナの声が響いていた。


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