×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

※戦闘シーンがあるため、一部暴力的・グロテスクな表現を含みます。苦手な方はご注意ください。


「ここが敵のアジトか……」
「なーんか、いかにも入ってくださいって感じで気味が悪いですね」

木の上に登り、オレ達はとある洞窟を眺めながらやりとりをする。

カナとラーメンを食べた数日後、オレとカナ、ゲンマ、そして女性医療忍者のフォーマンセルで緑鬼衆(りょくきしゅう)のアジトを目指していた。今回の任務はこの緑鬼衆の壊滅だ。
緑鬼衆とは、林の国の般若衆の残党から派生した新たな組織らしく、調査によると、その目的は木ノ葉の忍への復讐だと言う。
確かにオレは、暗部時代に般若衆を殲滅したことがあった。まさかあれで全員を倒したとは思ってはいなかったが、「こんな形でまた巡り合わせるなんて」と繰り返す復讐にもの悲しさを感じていた。

緑鬼衆のアジトは、土遁使いらしく、山肌にポッカリと空いた洞窟の中にあった。さも入ってくださいと言わんばかりに大きな入り口で、なぜか結界すら張っていない。
これは怪しいと思い、周囲をよく調べ上げると、もう一つ山肌に擬態するように細い入り口があった。こちらは丁寧に結界が張られている。どうやらあちらの入り口はトラップで、こちらが本来の奴らの出入り口らしい。結界の種類を調べ、感知されないよう穴を開けて侵入した。

作戦はこうだ。
オレとカナがアジト内の最深部まで潜入し、相手を倒しながら外へ外へと敵を吐き出していく。外へ溢れでた敵は、ゲンマと医療忍者が囲い込み、始末するという流れだ。中と外とのやりとりは、無線機を使って行う。
アジトが洞窟内であるから、オレ達は内部の一番奥まで敵に気付かれないように潜り込まなければならず、非常に難易度の高い任務だった。
この任務に新米上忍であるカナがあてがわれたのは、普段の任務での機転が評価されたことと、その小柄な身体をかわれてだった。
アジト内に潜り込むには、図体のデカい男二人では目立ちすぎる。しかし力量を鑑みるとくノ一だけに任せることも出来ず、オレと組まされたというわけだ。
オレは普段のあの抜けたカナの姿しか見ていなかったため、若干の不安を感じながらの任務だったが、カナは意外にも任務になるとキリリと精悍な顔になり、別人のようだった。

アジト内は薄暗く、迷路のようになっていた。空気は土の匂いと滲み出る水分でじっとりと湿り気を帯び、ひんやりとしている。なんだか陰気臭くて嫌なところだなと思った。
入口の小ささに反して、道幅や天井は高い。意外に中は奥へ奥へと広がっているのだろうか。これは内部を探るのに苦労しそうだ。
壁の上部には等間隔に蝋燭が配置されており、その灯りを頼りに道筋を探す。
どこから敵が出てくるかわからないため、オレは写輪眼を発動させて敵のチャクラを確認した。

「……よし、気づかれてないみたいだな。行くぞ」

カナは無言で頷いた。
オレ達は辺りをよく観察しながらアジトの最深部へのルートを探す。
ただ何の情報も無しにここへやってきたわけではない。事前に日向の白眼を使って、情報班が大まかなルートを上空から探っていたため、どう進むべきかは分かっている。
この入り口の少し入った所の、幾つにも別れている分岐点の真ん中の通路の、さらにその天井部分の穴から入ると最短で最深部に辿り着く。しかし、最深部に何があるかまでは把握できていない。
オレ達は物音一つ立てないように細心の注意を払って歩みを進める。敵の気配は一切ない。

しばらく歩いていくと、情報の通り分岐点に辿り着いた。
道の数を端から一つずつ数え、真ん中の道へ進もうとしたとき、カナがオレを無言で静止した。そして、解の構えをしてオレの腕に触れる。
すると──オレの眼前には先程の二倍の分かれ道が現れた。どうやら、うっかり知らない間に幻術にかかっていたようだ。いつかかったのだろうか。
カナは俺の袖を引っ張ると、正しい道へと案内した。

道幅と天井は、急に狭くなる。
天井によく注目すると、二十歩ほど入った所の天井に凹みがあるのが見つかった。おそらくあそこが奥へと続く通路だ。
カナとオレは顔を見合わせると、まずはオレから天井へ飛び上がり、隠し通路へと潜り込んだ。
隠し通路はかなり狭く、高さもオレの身体ではギリギリだ。正面と背後から敵に挟まれたら確実にやられてしまうだろう。オレは全身にさらに緊張の糸を張り巡らせた。
写輪眼で周囲を確認する。やはり敵はいなさそうだ。オレは安全を確認すると、カナに上がってくるようアイコンタクトをとった。すぐに彼女も上がってくる。この狭い通路も、カナの身体では余裕そうだった。
そしてまた、オレ達は深部へと進んでいく。

隠し通路は、最深部の部屋の真上に出た。
静かに下の様子を伺うと、五人の緑鬼面を被った男達が机に座って会議のようなものをしている。迂闊に下に降りれば囲まれかねない。
さて、どうするか──
ぴったりとオレの後ろにいたカナにも状況を見せるため、オレは後ろを振りかえって彼女とアイコンタクトをとると、その場にかがむ。
カナは俺の肩に手をつきながら、部屋の中を見渡す。
20秒ほど眺めて、ぽんぽんと俺の肩を叩くとある一点を指さした。
そこは下の男達からはちょうど死角になりそうな場所だった。それからカナは起爆札のついたクナイを見せる。
オレはすぐに首を左右に振った。このような通路の多い洞窟で無闇に起爆札を使えば、オレ達も生き埋めになってしまう。
起爆札を使うのなら、部屋を出てからではなくてはならない。
出入り口はどこだろうか──よく見ると、少し離れた所の天井に、もう一つ穴が見えた。

「カナ、起爆札のついていないクナイを真っ直ぐ下に投げろ」
「え?」
「いいから真っ直ぐだ。わかったな?」

カナは先程の起爆札付きのクナイを仕舞うと、別のクナイを取り出し、投げるように構える。オレは瞬時に、影分身と変化でクナイそっくりの分身を作り、カナが投げた直後、そのクナイの軌道を変えるように分身のクナイを投げ込んだ。
すると、カナのクナイは、もう一つの穴から放たれたような位置に突き刺さる。オレの分身は跡形もなく消え、敵にオレ達の位置を錯覚させることができた。

「何奴?!」
「侵入者だ!探せ!」

男達は立ち上がり、どよめきたつ。
オレは再びクナイを取り出すと、今度は確実に五人の身体を狙って放つ。一人は外したものの、四人はその場で倒れた。
オレはカナに合図を出すと、そのまま下へ飛び降りる。

「敵だー!敵が侵入し……」

どかっ、という鈍い音をたてて、オレの足が男の頭に直撃し、男はオレの下敷きになる。とどめの一髪で、クナイで首を切っておいた。

「騒いでくれてどーも。さ、カナ、この部屋を出るぞ。ここから一部屋ごとに起爆札で部屋を潰していく」
「そんな派手にやっていいんですか?」
「あぁ、起爆札を貼り付けるのは……」

オレは十字に印を組み、十名ほどの多重影分身を発動させる。

「こいつらにしておけば問題ない」
「なるほど!」

納得すると、カナも七名の多重影分身を発動させ、起爆札とクナイを手渡す。
合計十七名の影分身は、その場で散り散りになって薄暗い通路の向こうへ消えていった。
それからオレは、口寄せでパックンを呼び出し、敵の匂いを感じ取りながら出口へと案内してもらう。

アジト内は案外単純で、スムーズに先程の分岐点まで戻ってこれた。洞窟の奥の方では、敵の悲鳴と爆破音が何度も響き渡る。
オレの分身はまだ一人しか解けていない。作戦は順調だ。いや、順調過ぎる。

「カカシ、急に匂いが濃くなったぞ」

オレは写輪眼で周囲を見渡す。すると──

「ククク、まさか仲間の仇がここまでご丁寧に来てくれるとはな、はたけカカシよ!」

今までの緑鬼面よりもいかつく、獅子のような毛がついた面を被った男が壁からぬっと飛び出てくる。
その他、無数の敵が壁から現れた。
フルネームで名前を呼ばれるなんて、まさか、昔の任務の際にガイがオレの名前を呼んだのを他の仲間が聞いていたのだろうか。ツメが甘かったと、数年前の自分とガイを恨んだ。

「……囲まれましたね」
「ここは我々のアジト。緑鬼衆のものであれば壁伝いであればどこでも行き来できる」
「へぇ、オレたちがこうやって奥から出てくるのも計算済みだったってか!」
「壁の中からお前らを見ていたよ」
「カカシ、拙者は一旦退くぞ」

オレはボン!と消えていくパックンにありがとう、と一言お礼を言いながら地面に手をつけると、雷遁を這わせ敵を一斉に攻撃する。
カナも後方からクナイと手裏剣を放ち、援護射撃をした。

「カナ、後ろは頼んだぞ!」
「もちろんです!」

オレとカナは次々と敵をなぎ倒していく。カナは相手の武器を奪ったり、体術をふんだんにつかったりと、くの一にしては荒々しいくらいの戦い方で、頼もしい。
涼しい洞窟の中で汗ばむほど動けば、あっという間に敵は半分以下になった。分身達もほぼ爆破を終えて、オレ達の元へ戻ってくる。
たくさんあった分岐通路は、すべて向こう側は瓦礫の山となっていた。

『何かありましたか、カカシさん!』

無線機からゲンマの声が聞こえる。
動いた際に、衝撃で繋がってしまったのだろうか。

「オレもカナも囲まれてバリバリ戦ってるよ!ボスもお出迎えだ。外は?』
『一部中から逃げてきた敵はすべて殲滅しました。援護にいかなくても大丈夫ですか?』
「大丈夫、カナがめちゃめちゃいい仕事してくれてるよ」

影分身も加勢してあと残る敵は、ボスを除いて十人だ。数えているうちに、カナがまた二人倒す。オレは一気にカタをつけるべく、影分身を全て解き、右手にチャクラを集め、雷切を発動させた。
あと七人、六人、五人、四人──カナがもう一人、奪った槍で喉をついて三人、そしてオレがもう一人突いて二人。
敵は真ん中にボス、そしてその両脇に二人が立ちはだかる形でオレたちと対峙した。

「ほう、流石は天才コピー忍者と呼ばれるだけあるな。でもこれはどうかな?」

ボスの男が右手を前に突き出すと、スッと姿が消えた。
消えると同時にとんでもない地響きが聞こえ始め、地面が大きく揺れ出す。

「クソッ、土波と岩宿崩しか?!カナ、こっちに来い!離れるな!」

少年期の嫌な記憶が蘇る。友を亡くした、あの日の記憶だ。
離れたら守ることができなくなると、オレの後方にいたカナを呼ぼうと振り返ろうとした瞬間、オレの身体は動かなくなる。見ると、先ほどボスの両脇にいた男が地面から上半身を出して、オレの身体を掴んで固定していた。腕まで掴まれて印を組むことすらできない。
まずい、このままでは天井から崩れた岩の下敷きになってしまう。

「先輩!」

カナがオレを呼び、こちらへかけてくる。その間にも天井の岩はがらがらと崩れ、足元は揺れる。オレもカナもバランスを取るのが大変で、すっかり窮地に追い込まれた。
それに、敵の大将の姿が見えない今、こちらは圧倒的に不利だ。
オレは写輪眼でボスの居所を探る。──ヤツは下に潜っている。

「カナ!岩をよけろ!それから大将は地中だ!」
「了解です!」

カナは次々に落ちてくる岩を避けつつ、揺れる地面を上手く利用してトランポリンのように飛び跳ねながらオレの方へ近づいてくる。
そして、一度大きく空中へ飛び上がると、手裏剣をいくつもオレの足元へ向かって放った。それぞれまっすぐに飛んできて、オレを掴んでいる二人の腕一本ずつに突き刺さる。突然の痛みに、敵は一瞬オレの身体から離れた。
今だ、とばかりに俺はまた雷切を発動させ二人の喉元を突く。声もなく敵は倒れた。

「助かったぞ、カナ!」
「修行ではヘマしてばっかりなんで、たまにはいいとこ見せないと、ですからね!」

オレ達は合流すると、出口に向かってまっすぐ走る。
少し先には光が見えてきた。あと少しだ。
しかし──

「随分威勢の良いくの一だな、木ノ葉みたいなクズの里に埋もれているのが惜しいくらいだ」

地中に隠れていた大将の腕が、カナの左脚をぐいっと掴もうとする。カナはすんでのところで避けるが、敵はしつこく彼女の足を狙う。
オレも彼女を助けてやりたいが、地面がぐらぐらと上下に突き上げるように揺れるため、クナイを投げようにも狙いを定めることができない。

すると、彼女がまた大きく飛んだ。それから、右手を背中の方へ伸ばし、担いでいたチャクラ刀の柄を掴み、引き抜く。鞘から抜かれた瞬間、眩い光が放たれる。
刀身はバチバチと青白く稲光のようだった。カナのチャクラと呼応し、なおかつ性質変化が上手く行われているようだった。
カナはそのまま刀の刃先をくるりと下へ向けると、落下を利用して真っ直ぐに地面へ刀を突き刺した。
その瞬間、バチバチと爆発のような音がして、洞窟内がホワイトアウトする。敵の野太い呻き声も響き渡った。

「カナ!」

光が消えると、洞窟内は一気に暗転する。
しばらく目を凝らしてカナのいた方を見ると、ゆっくりとカナがチャクラ刀を鞘へ戻していた。

「カナ!無事か!」
「カカシ先輩!私、出来ました!性質変化、成功しました!」

地面の揺れも、天井の崩れも収まり、あたりがしんと鎮まりかえる。
ようやく闇に慣れた目が、こちらへ駆け寄るカナの嬉しそうな笑顔と、黒く焼け焦げた姿で倒れている大将の姿をとらえた。
オレは安堵のため息を漏らすと、彼女に歩み寄る。

「カナ、よくやったぞ!」

──そう声をかけた瞬間だった。

「バカめ、とどめを刺したか確認せずに敵に背を向けるなぞ甘いわ!」

地面から巨大な手が伸び、カナの身体をはたき飛ばした。彼女の身体はものすごい勢いでびたん!と鈍い音をたてて打ち付けられ、力なく地面に落ちる。

「カナ!大丈夫か!」

オレはすぐにカナのそばへ駆け寄る。呼んでも返事はなく、ぴくりともしない。頭を打っているはずなので、そっと手元だけ触ってみるが、糸が切れた傀儡のように力が入っていない。完全に意識を失っていた。

「小娘のくせにこのオレを丸焦げにするなんて、随分とやってくれるわ!しかし攻撃は単純そのもの、至近距離での攻撃ならこちらの方が有利に決まっているであろう!愚かな女だ!」

地面から再び姿を表した緑鬼衆のボスは、ゲラゲラと笑うとまた岩宿崩しを発動させ始める。
オレはその下品な笑い声とカナへの侮辱に腹の底から怒りが湧き起こり、残りのチャクラを右手にかき集める。
雷切はもうこれが最後の一発になるだろう。
全身に怒りを込めて、落ちてくる岩を貫きながら真っ直ぐに敵に狙いを定める。もう体力はギリギリだというのに、今日一番のスピードで相手に突っ込んだ。

「何ッ?!」
「単純で愚かなのはどちらかな」
「……う……グッ……、」

右手が敵を貫通したのを確かめると、上へ一度手を振り上げ、再び地面に向かって一気に手を滑らせる。男は真っ二つに裂かれ、割った薪のように二方向へと倒れた。
それからしっかりと動かないことを確認すると、そいつの身体に起爆札を貼り付け、そっとカナの身体を抱き上げ洞窟の外へと出た。

暗闇から光のある場所へ出ると、目がチカチカと眩んだ。
腕の中のカナを見ると、唇は青白く、また壁に打ったところが赤黒くなっている。内出血を起こしているのだろうか。
アジトの入り口から少し離れた木陰に彼女を安置すると、額当てを下ろしてようやく写輪眼をしまい、無線でゲンマ達に任務完了の旨を伝えた。

「こちらカカシ、洞窟内の敵は殲滅。これより入り口封鎖に取り掛かる。尚、カナが敵にやられ負傷している。……しかも重症だ。すぐに戻ってきてくれないか」
『こちらゲンマ、アジト内から逃げ出した敵は先ほどからゼロ。任務完了の模様。二人でそちらへ至急向かいます!』
『カカシさん、私達が向かう間にカナさんの様子を教えてください』
「壁に思い切り体側を打ち付けられた。出血はないが、意識は無し、呼吸あり。顔の側面は青くなり始めているから、内出血していると見られる……」
『怪我をしてからはどれくらいですか?』
「五分以内だ……」
『わかりました!あと三分でそちらへ着きます!』
「すまない……」

無線が切れると、オレは鳥のさえずりと青々と茂る木々の葉が風にさわさわと揺れる音の中にポツリと取り残された。
カナをみると、まるで眠っているように見える。
木漏れ日が彼女の瞼や頬の上でキラキラと揺れて、まるでこの世のものではないかのように美しい。人形のようにも見える。

「カナ……」

再び呼びかけるが、やはり反応はない。このまま助からないのではないかと嫌な考えが過ぎった。

「カナ、少し待っててくれ。今、アジトの入口を塞いでくるから」

そんな意味のない声かけをすると、オレは洞窟の入口へと戻って、起爆札をつけたクナイを数個投げ込む。
そして、先ほど倒した緑鬼衆のボスへの怒りと憎しみを込めながら起爆札を発動させた。洞窟全体は轟音と土埃をたてて崩れ落ち、瞬く間に瓦礫の山となる。
このまま放置してもいいのだが、相手は土遁使い。微妙な隙間で耐え凌いでいることも考え、チャクラを振り絞ってこの瓦礫の山に封印術を施す。
中から出てこようとしたときに、脱出者の身体を破壊するような仕掛けだ。
術をかけ終わると、強い風が吹いて土煙をさらっていった。

全て終わらせて、ヘロヘロになりながらカナの元へ戻ろうと踵を返すと、丁度ゲンマ達が到着した。

「カカシさん!」
「……任務は完了だ。頼むからカナを……」
「どこにいらっしゃるんですか?」
「……あの木の向こうだ」

医療忍者がカナの方へかけていくのを確認すると、オレは膝からその場に崩れ落ちた。
大丈夫か、とゲンマがそばへやって身体を支えてくれる。

「雷切を使い過ぎただけだ……オレは大丈夫だからカナを、」
「落ち着いてください、カカシさん。カナは彼女が見に行ったので大丈夫ですよ。立ち上がれますか?」
「あぁ……」

大きく一度深呼吸をすると、オレはゆっくりと立ち上がる。
緊張が切れて力が抜けただけで、まだ少しは体力が残っているようだ。ゲンマの手は借りずに、カナと医療忍者がいる方へ歩いていく。
隣を歩いていたゲンマが、医療忍者に向かって「どうだ」と低い声で静かに尋ねる。

「脈も呼吸も確かにありますが、意識はこのままでは戻りそうにありません。病院での治療が必要です。とりあえず衝撃を受けた細胞と内出血部分は修復しておきましたが、早急に病院へ行かないと……」
「助からない可能性もあるってことか……?!」
「わかりません……骨は幸い折れていないようなので、後は頭部の衝撃がどのくらいかによるでしょう……木ノ葉病院で見ない限りなんとも……」
「クソッ……!」

オレは目の前にいながら彼女の身の危険を察知して助けてやれなかったことに、臍を噛んだ。
暗闇でうっすらと見えた、あの純粋な笑顔が脳裏に浮かんで離れない。
任務が終わったらもっと褒めてやろう、もっと難易度の高い修行をつけてやろうと思っていたのに、これでは──

「カカシさん、聞いてますか!」

気がつくと、ゲンマがオレの顔を覗き込み大きな声で呼びかけていた。
うっかりオレは自分の世界に入ってしまったようだった。

「……すまない、聞いていなかった」
「カカシさん、あなたはもうカナを連れて里に戻る方が賢明だと思います。さっき暗部の奴らが数人姿を見せていました。後処理は暗部とオレ達でやります」
「しかし、オレはもうチャクラが……!」
「私がカカシさんにチャクラをある程度補給します。これで里までは余裕でカナさんを抱えて帰れるはずです」

医療忍者の女はそう言うと、「失礼します」と言って親の腹のあたりに手をかざし、チャクラを送り込んだ。先程まで倦怠感に包まれていた身体が、次第に調子が良くなってくる。
一分ほどそうやってチャクラを補給すると、アジト内にいた時くらいの体力に戻っていた。

「ありがとう。おかげで走って戻れそうだ」
「なるべく頭部を動かさないように運んでください。何がきっかけで悪化するか分かりませんから……」
「あぁ、わかった……あとは頼んだぞ」

オレはぐったりと意識のないカナの身体を抱き上げる。思っていたよりずっと小さく、意識が無いというのに悲しいほど軽く感じられた。まるでもうここに彼女の魂が無いような、身体だけ残してどこかへ行ってしまったような気がして、オレの身体中の細胞がドクドクと脈打ち、呼吸が自然と荒くなるのがわかった。
オレは、明らかに動揺していた。
そんなオレの様子を察してか、ゲンマが「落ち着いてくださいよ」と念を押すように言った。
オレは静かに頷く。
カナを落とさないようにしっかりと腕と手に力を込めると、オレは無言のまま全速力で里へと戻った。


back