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- ナノ -

異世界ハニー

Step.8 草食われし者

 輝くツノを生やしたカピバラがこちらに向かって走ってくる。軽やかかつ素早い。流れるような身のこなしで、勢いよくカゴに上半身を突っ込んだ。
「ムシャムシャムシャムシャ」
「ああーっ! 食ってる! 食ってるよ人が一生懸命集めた草を!」
 あずきが力ずくでツノの生えたカピバラをカゴから引っ張り出す。スポンッと抜けたカピバラは目一杯に草を頬張っており、カゴの中を覗き込めば、半分ほどかさが減っていた。
「まだ食ってる! ちょっともうやめて路銀が! 路銀が!」
「ムシャムシャムシャムシャ」
 どうやら異世界語の翻訳は、カピバラ相手には通じないようである。
 一心不乱に薬草と思われるそれらを貪っていくツノ付きカピバラが、不意に頭をぶるぶると振って何かを落とした。
 ツノだ。
 鋭く長いツノが、それこそスポンッと抜け落ちたのである。
 カゴの中身を食い尽くしたカピバラは、颯爽と森の中へ去っていった。
 空になったカゴと、妙に長いツノだけが残されていた。

「お前さん、ツノ生えし者に出会ったのかい?」
 薬草屋の老婆は、空になったカゴを背負い、思い切り沈み込んだ表情で戻ってきたあずきに、そう声をかけていた。
「ツノ生えし者?」
「ああ、お前さんが握っているそのツノはツノ生えし者のものだろう。粉にすると毒や麻痺によく効く万能薬……の、素材になるんだよ」
 ツノ生えし者。直球な名前である。
「……このツノ、売れます?」
「粉にしないと売れないねえ。うちには石臼がないから、粉にはできないねえ」
「……そうすか」
 がっくりと落ち込むあずきの後ろでは、半人半蛇の水神が肩をすくめていた。
 日が暮れていく。あずきとヒメさんは、薬草屋の老婆を手伝うことを条件に、一晩泊めてもらうこととなった。
 薬草には色々と種類があり、それらを混ぜて磨り潰すことによって様々な薬を作るらしいが、あずきは言われたものを言われた量だけ薬研で磨り潰すのが精一杯で、覚えてはいられないのだった。
 ヒメさんはもちろん何も手伝いはしなかった。
 美顔ローラーで自分の顔をコロコロとマッサージしていただけである。
「えっ、美顔ローラー持ってきてたの?」
「だって配達の直後にこっち来ちゃったじゃない。手放す暇なかったわよ」
「……それ、売ろう?」
「あんた今なんでも金に見えてるでしょ」

 結局、朝食まで世話になったあずきとヒメさんは、ここから近いという火の粉の里まで歩いて移動することになった。
「火の粉の里って……たけ●この里みたいな」
「あんたが喋るたびにピー音が鳴るのどういうシステム?」
 老婆から、大麦でできた、膨らみの悪いパンを二つ受け取り、使い古しの肩掛けカバンを貰い受けたあずきは、深々と礼をして店を後にするのだった。
「とりあえず、たけのこの……」
「火の粉の里よ」
「ああ、そうだ、火の粉の里。そこに行って、仕事を探そう。草食いしカピバラに邪魔されないように」
「ツノ生えし者じゃなくて?」
「もうどっちでもいいよ、草食っちゃうんだもん、あれ」
 途中で実がなっている木を見つけ、なんの木の実か分からないながらもそれを収穫。よく分からないものを食べる勇気はなく、ただカバンを圧迫しただけの状態で歩き続けた。
 さらに道に落ちているきらきらと眩しい石ころを数個拾い集め、カバンに収納し、道端に落ちていたいい感じの木の棒を拾い、上機嫌になるあずきであった。
「子供じゃないんだから何でもかんでも拾うのおやめなさいよ!」
「テンション上がるじゃん、こういうの持つと! 強くなった感じで!」
 木の棒よりも短剣の方が強そうなものなのだが。