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異世界ハニー

Step.7 一文無し

「坊ちゃん、これからどこへ行くんだい」
「えっ、そうだなあ……虹を探しに行きたいんですけど」
「虹? 虹なんて久しく見てないな。あれだろう、霧が出ると行方不明になってしまう者が出て、虹が出ると行方不明になった者が戻ってくるっていう」
「あ、こっちでもシステム同じなんだ」
 坊ちゃん、と性別を間違われていることには頓着しないあずきである。おそらくスッポン配達のジャケットと長ズボンという、原付に跨る際の服装のせいで性別が分からないのだろう。あずきの襟足が長い髪型も影響していると思われる。
「なんだい、行方不明になった家族でも探してるのかい?」
「あー……いや、その、霧が出た時、見知らぬ人がいきなり現れた、とかいう話は知りませんかね?」
「え? うーん、言葉が通じない奴らならちらほら見かけるけど、どうせ砂の国の奴らだろう? それがどうかしたかい?」
 違う世界から来て、違う世界に帰るために虹を探している、とは言い出せない。こちらの世界では、異世界人と砂の国の住人の区別がついていないのだ。
「まあ、虹が出るには雨が降らなきゃならない。雨が降りやすい水の国に行けば何かが分かるかもしれないな」
 刃物屋の男はそう言うと、ニヤリと笑ってあずきの肩を抱いた。
「坊ちゃん、体が細いなあ。そんなじゃあ水の国に行くまでに魔物に食わちまうだろうに。そこで便利なのがこちら、短剣だ!」
「えっ、なんかセールス始まった。助けてヒメさん」
「やあよ、自分で何とかなさいな」
「魔物と戦うもよし、肉、野菜を刻むもよし、持っていると助かる一品だ!」
「魔物って、そんなに出るんですか」
「出るさ、そりゃあ。魔物の肉は美味いし、あんたが持ってる地図だって魔物皮紙でできてるんだ。町の門をくぐったら覚悟を決めて進みな。で、そんな魔物を牽制するのにも必要なのが武器! 分かるか? これを……そうだな、五ヒノクニ、五ヒノクニで売ってやろう!」
 この男、ノリノリである。
 あずきは男の勢いに押され、いつの間にか短剣を握らされていた。
 さようなら、五ヒノクニ。こんにちは、物騒な刃物。
 断りきれずに買わされてしまったあずきを、ヒメさんが呆れたように見ている。
 呆れるくらいなら止めに入ればいいものを。
「……あっ! そうだ。あの、水の国にはどう行けばいいんですか?」
「島の北端にも港町がある。そこの船で土の国に入国して、土の国から風の国、風の国から水の国に移ればいいんだよ。船賃は持ってるか? 一人あたり十ヒノクニはかかるぞ」
 残った硬貨を見る。二ヒノクニだ。ネーミングセンスをドブに捨てたような名前の通貨だが、もう慣れてしまった。
「……お金の稼ぎ方ってどうやるんですか」
「魔物退治、荷物の配送、そこらの店の手伝い。選ばなければ何でもあるさ」
 刃渡り約二十センチの短剣をズボンのベルトに差し込み、あずきはヒメさんを見上げた。思い切り苦笑している。
 ヒメさんこと銀秘命(しろがねひめのみこと)は、水の国に辿り着くのにどれ程かかるかを遠い目で計算し……途中でやめたのだった。

「で、町の外の草刈りをしてるわけなんですけどね」
 手袋を二ヒノクニで買わされて、短剣を使ってガサガサと草を刈っていくあずき。どうやら葉がギザギザしたものは薬草らしく、ツンと薬臭い店の前で座っていた老婆が、それを集めたら買い取ってくれると言うのだ。
 なので先程からずっと草を刈っている。
 ヒメさんは木陰で、頑張んなさい、と応援してくれるだけで、別に手伝う気配はなかった。一文無しのあずきは言われた通り頑張るしかなく、何も言えない。
 あずきの腰痛レベルが一上がった。
 疲労が一溜まり空腹度が二上がった。あずきは称号、草刈り民王を入手した。
「いらんわそんな称号、何だ草刈●生って」
「地の文と会話するんじゃないわよ」
 貸し出されたカゴの中は薬草とよく分からない草でいっぱいだ。あずきはひとまずこれを売りに行こうと腰を上げ、途中で止まった。
 鋭く長いツノが生えたカピバラが、目の前に立っていたのだった。