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異世界ハニー

Step.9 髪、逆立てし者

  一時間ほど歩き、森に入った。薬草屋の老婆が言う通り、北へ進んでいった結果である。魔物はわんさかといた。いたのだが。
「なんか……モンスター感ないなあ」
「ほんと。姿形が変わってる野生生物なだけって感じよね」
 ツノが生えたリス、矢印のような尻尾のネズミ、青い毛並みのイノシシ。
 人間を見ても襲いかかってくることはほぼなく、イノシシに威嚇はされたが、それだけだった。必要以上に近づかなければ危険はなさそうである。
「ええと、地図を見る限りこの森は小さいから……たぶん、すぐ抜けると思う」
「じゃあ火の粉の里まではもうすぐなのね?」
「うん、だと思うよ。字が読めないから全然分かんないけど」
「さらっと不安にさせないで」
 木陰で少し休憩した後、再び歩き出した。ヒメさんこと銀秘命(しろがねひめのみこと)は、着ている水干が木の枝に引っかかり、進みづらそうだ。
「この枝ぶち折ってやろうかしら」
「ぶち折るとか言うと可愛くないよ」
「やだ、あたしったら! 可愛いから遠ざかるのは死んでも嫌だわ!」
 ハッとしたように両手で口を覆う銀秘命に手綱の握り方を何となく察したあずきは、銀秘命をなだめるつもりなのか、カバンの中を探り、大麦でできたパンを一つ取り出す。
 それを半人半蛇の巨大な水神に差し出した。
「とりあえず、食べる? お腹が空いたからイライラしてるんだよ、たぶん」
「……頂くわ」

 さっと緑色の鳥が飛んできて、パンを掴んで飛び去った。

「……食べ物は、森を出てから出そうね」
「いい教訓になったわね」
「そうね、本当に」
 何というか非常に気まずい。

 森を抜けて少し歩いた先には、小さな集落があった。ここが火の粉の里だろう。
 なんだか寂れているように見えた。
 里の子供たちが、じろじろとあずきを見ている。
「仕事を探せる状況じゃないみたいね」
 ヒメさんが里の入り口を見て言った。
 片手で持てる大きさのハンマーを手にした、モヒカンヘアーの男が立っていた。
「え? 世紀末? ヒャッハー?」
「モヒカンってだけでそういうこと言うんじゃありません。よく御覧なさいよ、トゲ付き肩パッドじゃないから」
 知っているのかヒメさん。
 そして異世界とモヒカンの不協和音よ。
「あ、こっち来た」
 あずきが言う通り、男は一人と一柱を見つけると、ズカズカと近づいてきた。ぎょろりとした目を見開き、威圧してくる。
「お前ら、この里に何の用だ、ああん?」
「うわあ……世界観が崩れる」
「せか……何の話だこらあ」
 青筋を浮かべるモヒカン。どうやってその髪型にしたのだろう。男はあずきを足元から頭の先までくまなく観察すると、大きく舌打ちをした。
「金は持ってなさそうだな」
「さらっと傷つくこと言われたんですけど」
「しょうがないじゃない、事実だもの」
「へっ、そっちの蛇の魔物は喋れるのか。こりゃあいい見世物になるだろうな」
「ああ? 何よまた魔物呼ばわりなわけ? 絞め殺すわよあんた」
「ステイステイステイ、ヒメさんステイ」
 金目のものがあればこの男に奪われていた、というところらしい。
 一人と一柱はつまらなそうな顔をしたモヒカンに通され、火の粉の里へと入っていった。そこで暮らす人々の顔色は優れなかった。蛇の魔物こと銀秘命に怯えた目をする少女もいる。全体的に活気がなかった。
「……お、お邪魔します」