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異世界ハニー

Step.17 混乱

「とにかくだ!」
 兵士があずきの肩を掴んだ。焦りか苛立ちか、力の加減ができていない。
「痛っ……ちょっと離してくださいよ!」
「大精霊の宝玉を盗んだなんてとんでもない嘘をついた上に、魔物を連れている怪しい少年め! じっくり話を聞かせてもらうからな! さあ、来るんだ!」
 兵士が乱暴にあずきを引っ張った瞬間だった。
 真っ白な尻尾が、兵士の手を弾き飛ばしたのは。
「手荒くしてんじゃないわよ、この唐変木」
「魔物が牙を剥いた! おのれ、小癪な!」
 兵士はパニックに陥っていたのだろう。銀秘命に向かって槍を構え、勢いよく突き出していた。ぢっ、と何かが掠る音。あずきが慌てて銀秘命の方を向くと、半人半蛇の彼は、槍を払いのけたのだろう右手を、左手で押さえていた。
 赤い血が、ポタリ、と滴る。
「ヒメさん!」
「平気よ、これくらい! それより、この兵士ほんっとに使えないわね。悪党のたわ言を信じるし、冷静さもないし。頼りないったらないわ」
「おおう、この状況で煽っていくぅ」
「な、何だと、魔物風情が! 貴様、口を慎め!」
「そして全力で煽られていくぅ」
 青筋を浮かべたヒメさんと兵士が睨み合う。その真ん中で、あずきが囃す。
 囃すな。
 兵士が怒りに目を吊り上げ、赤く上気した顔でヒメさんへと槍を突きつけた。もはやあずきのことは視界に入っていないようだった。
「殺してやる! 魔物め!」

 ドスン、と重たい音が辺りに響いた。

 銀秘命(しろがねひめのみこと)が目を見開く。シュラーゲンとトリットが口をあんぐりと開けている。重い音を立てて、舗装された道に倒れこんだのは。
 先ほどまで激昂していた、兵士だった。
「……えっ、イノシシくん、来ちゃったの……」
 呆然としたあずきの目の前で、街に入り込んだ大きな青いイノシシが、兵士を思い切り踏んづけている。けひょ、と謎の声を漏らして気を失った兵士を前に、シュラーゲンとトリットが、同時に口を開いた。
「ニクミ・ソイタメ……ニクミ・ソイタメじゃねえか!」
「肉味噌炒め?」
「この青いイノシシだよ! さては俺たちの根城から盗みやがったな! どこまで卑怯なんだ、小僧!」
「ちょっと待って、肉味噌炒めってつけたの、名前? えっ、もう一匹の方は?」
「ビビン・バドンだ!」
「ビビンバ丼!」
 食用だったのか、この青いイノシシ。
 イノシシは、シュラーゲンとトリットの方を見ると、フンッ、と鼻を鳴らし、そっぽを向いた。どうやら全く懐いていないらしい。それは仕方ないだろう。肉味噌炒めと呼ばれて、いい気がするわけがない。
「うわ! 魔物が二匹、街に侵入! 仲間がやられた! 応援求む!」
 であえであえと言われて本当にであった兵士の一人が、目を回している方の兵士を見つけ、大声で叫んでいた。直後、腰に提げていた小型のラッパを口に当て、パァー、プゥー、と豆腐屋のように吹き鳴らす。
 さてはラッパが下手だな、この兵士。
「赤毛で、謎の紋様が描かれた緑の上着を着た少年が、主犯と思われる!」
「違いますけどーっ! 巻き込まれてるだけですけどーっ!」
 青いイノシシはあずきを鼻先でひょいと持ち上げ、背中に乗せて走り出した。向かうは、薄暗い路地である。ゴミが散乱し、鼠が走る通りへと、突進していくのだった。
「ちょっとイノシシ、待ちなさいよ、どこ行くのよ!」
 しゅるりと後をついてくるヒメさんが、追っ手が来ないようにと木板やガラクタを尻尾で壊し、道を塞いでいく。シュラーゲンとトリットの二人が、駆けつけた兵士たちによって連行されるのが見えた。
 魔物と、魔物扱いをされた神と、あずきは、怪しげな通りに躍り出ていた。