青いイノシシと真っ白な蛇が飛び出してきて、通りで暮らしている者たちは飛び上がっていた。まさか魔物が攻め込んでくるなんて、と。そして青いイノシシの上に誰かが乗っていることに気づいた一人が、声を上げた。
「魔物使いか!」
「違いまーす!」
イノシシの手綱をしっかりと握りながら、蜜蜂あずきが叫んだ。
障害物だらけで通れなくなっている通路を呆然と眺めながら、通称、火柱通りの住人たちは、あずきに声をかけた。
「兵士さんにでも喧嘩を売ったのかい? ラッパの音が聴こえていたけれど」
豆腐屋のようなあの音色、結構届くらしい。
あずきはハッとした様子でヒメさんの方を振り向き、右手から滴る赤い血を確認した。ぽたり、ぽたり、と少しずつだが、止まることなく血が落ちていた。
「あの、手当てができそうな場所知りませんか!」
警戒されていることも全く気にせず、あずきは周囲に問いかける。考えなしに動いてしまう性質は、こんなトラブルが起こっても治らないもののようだ。
「薬草屋なら、ほら、あの看板が下がっている所に」
唖然としながらも答えてくれた男性にお礼を言って、あずきは古びた肩掛けカバンからゴソリと皮袋を取り出した。口の部分を革紐できつく結んである。火の粉の里で、里の長であるフィリップにもらった、水が入ったそれだ。
「ヒメさん、傷口を洗っておいた方がいい。待ってて、薬を分けてもらえないか聞いてくるから!」
押し付けるように皮袋を手渡すあずき。ヒメさんが皮袋を握ったのを確認すると、あずきは駆け出した。薬草の看板が風に揺れている。南の港町にある薬草屋よりも大きな店に、飛び込んでいった。
「薬草をタダで分けてなんてやれないよ」
店の主人に断られる。あずきはそれでも諦めず、お願いします、と頭を下げた。
「あんたが薬の材料を持ってるなら話は違うけれどさ」
渋る主人。その言葉に、あずきはあることを思い出していた。
首都に来る前に、たしか、草を刈っていなかったか。短剣が折れるほど。そうだ、間違いない。あれが薬草かどうかは分からないが、ここで使わずにいつ使う。
ギザギザした葉、妙にくねった葉を持つ草、葉が分厚い草に、短剣が折れる決定打となった、赤とオレンジのグラデーションになっている草。
肩掛けカバンからそれらを全て取り出して、あずきは言った。
「使い道があるものは全て差し上げます! その代わり、薬を分けて下さい!」
「……これは止血に使える。これは毒消しに。この分厚い葉を持っている草は、痛み止めになる。赤い草は、咳止めの薬草……あんた、こんな貴重な薬草をどこで手に入れたんだい!」
「そこら辺に生えてました!」
「そこら辺!」
薬草屋の店主は、いやいや、と苦く笑いながら首を横に振っていた。
「こんなに珍しい薬草がそこら辺に生えているなんて、有り得ない。草を愛し、草に愛された者、草刈り民王でもない限り、そんな奇跡的なことがあるはずは」
「えっ、草刈り民王です」
「えっ」
三秒間の沈黙。
薬草屋の店主は、店にあった傷薬をあずきの手に握らせ、またのお越しを、と力強く告げたのだった。
「草刈り民王って、こんな優遇される肩書きなんだ……」
なんだか釈然としない面持ちで、あずきは走って行く。白い神が待つ通りへ。
「えっ! 嘘! なんでヒメさん倒れてるの!」
ぐったりとしている銀秘命(しろがねひめのみこと)を前に、あずきは目を見開いて驚愕の声を上げていた。銀秘命は、ただでさえ白い顔をさらに青白くさせながら、肩で息をしている。手には、水が入った皮袋が握られていた。
「この蛇の魔物が、汲んでも汲んでも水が溢れてくる、不思議な力を持っていてな。水を分けてもらいたいとみんなで集まっていたら、突然倒れたんだ」
住人が言い、あずきは銀秘命を凝視した。水神である彼は水を操れる。しかし力を使えば使うほど、彼は弱っていった。周囲からの信仰心が、ないばかりに。