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異世界ハニー

Step.14 目覚め

 目を覚ましたあずきは、勢いよく跳ね起きた。里の長が使っているログハウスのような家の、奥の方に寝かされていた。
「やっと起きたわね」
 傍らには銀秘命(しろがねひめのみこと)が座っており、あずきの額から落ちた濡れ布巾を拾い上げ、木製の桶に張られた水の中へ、その布巾を浸しているところだった。
「山賊は?」
「起きて早々それ? とっくに片付いたわよ。あんたが連れてきた用心棒三人がいたでしょう。その人たちが捕まえて、首都に連れて行っちゃったわ」
「えー……起こしてよ。せっかく連れてきたのに活躍見逃しちゃったじゃん!」
「顔面蒼白で爆睡してた癖に何言ってんのよ、まだ顔色悪いわよ、寝てなさい」
 里の長の家は、言い合いをする二人以外に人の気配がなかった。あずきはふらつく体を立ち上がらせると、辺りを見回す。外が騒がしい。銀秘命の方を振り向くと、彼は真っ白な長髪をかき上げながらため息をついていた。
「みーんな、あんたのこと忘れてるわ」
「何かあったの?」
「宴よ、宴。用心棒が里を救ってくれたからって、お祝いに飲み会してるのよ」
 家を出てみると、そこには里の住人たちが全員集まっていた。大人たちが楽しそうに飲んでいるのは、おそらく里で作った酒だろう。そして膨らみの悪いパンを頬張る子供たち。皆、笑顔が輝いている。
「少年、目を覚ましたのか!」
 声をかけてきたのは、傭兵の一人であるアルヌルフだった。くすんだ金髪で、頬にそばかすがある、親しみやすい青年だ。彼はシュラーゲンとトリットの懸賞金を受け取らず、他の傭兵に譲ったのだと里の住人が言った。
「ここは首都に酒や発酵食品を納めてくれる重要な里でね、助けることができて良かったよ、ありがとう、少年」
 アルヌルフに握手を求められる。あずきはそれに応じて口元を綻ばせた。里が無事ならば何でもいいのだろう。そんなあずきを見て、アルヌルフは心底不思議そうに口を開いた。
「少年は、この里の出身じゃないんだろう? 長に聞いたよ。里に訪問してきてすぐに、みんなを助けるために動いたんだってね? 縁もゆかりもない里のために、どうしてそこまで働けたんだ?」
「いや、何となく」
「何となくって……」
「しょうがないのよ。考える前に動いちゃうんだから」
 呆気にとられるアルヌルフに返したのは、銀秘命だった。半人半蛇の彼はあずきのことを見下ろし、じっとりとした目を向けている。あずきは銀秘命を見上げると、悪戯っぽく笑ってみせるのだった。
「考えてる間に最悪の事態になったら困るじゃん?」
「即断即決すぎるのよ、あんたは」
 里の長があずきに気づいて近寄ってくる。手には陶器で出来たグラスが握られており、顔がやや赤らんでいた。
「おお、旅の人! あなたもありがとう! おかげで里は、これからも無事に暮らしていけそうだよ!」
「フィリップさん、めっちゃ酔ってる。酒の匂いがすごい」
「旅の人、名前を聞かせてはもらえないだろうか! 火の粉の里を助けてくれた恩人の名前を、覚えておきたいんだ!」
 肩を組んでくる里の長、フィリップ。酒の匂いが濃い。気分が悪くなってくる。目を回しかけたあずきをフィリップから引き剥がしてくれたのは、不機嫌そうな銀秘命だった。同じく酒の匂いにやられかけていたのだろう。
「この子の名前は、あずきよ」
 まだ体調が回復しきっていないあずきを労わるかのように抱き寄せて、銀秘命はそう言った。フィリップがアルヌルフと顔を見合わせ、こちらを向く。
「アズキ? 変わった名前だな、発音がしにくい」
「そしてあたしは銀秘命(しろがねひめのみこと)」
「なんて? 早口言葉か?」
「あ、ヒメさんです」
 さらりと省略したあずきのせいで、魔物の姫かと勘違いをされたヒメさんは、きゅっ、とあずきの首を絞めて抗議していた。
 宴は夜まで続いた。