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ヒト
 午後の仕事は一つだけだった。あの、異種混合スポーツ少年たちの相手だ。学校が終わってすぐの集合だったため、半田さんは午後五時まで何の予定も入れていなかったのだ。
 僕はスポーツドリンクを買ってきて、疲れ果てた少年たちに手渡した。大きな声で感謝され、礼儀正しく頭を下げられて、大したことをしていないのに、と照れてしまう。
「半田さんも飲みますよね?」
「一応もらっとく」
 レモン味のドリンクを手渡すと、半田さんは蓋を開けて口をつけた。
「気がきくようになってきたね、ヒトシオ」
「わざと間違えてませんか、もしかして」
「ヒトコトは半人を止めようと神社に飛び込んで行ったり、役に立っていないんじゃないかって心配したり、色々と人がいいよ」
「そう……ですかね?」
「人が良すぎて利用されないか心配だな、半田は」
 仕事を終えて、事務所に向かう。今日一日の仕事が全て終わったことを、一応報告しに行くのだそうだ。
 扉を開ける。広いとは言えない事務所のスタッフルームに向かうと、パソコンとにらめっこをしている所長の河原さんが見えた。
「仕事が終わったぞ、所長」
「……ん? ああ、お疲れさん。悪いな、まだ書類の整理ができてなくって」
「所長は相変わらず事務処理が苦手だね。事務員を雇えって言ってるのに」
 どうやら、手元にある書類をデータとして入力していく作業のようだ。領収書も数値化して、保存する必要があるらしい。河原さんは難しい顔をしながら、キーボードをカチリ、カチリと少しずつ打っていた。
「機械オンチなんだ、所長は」
「……今、何となくそうかな、と思いました」
 会話する僕たちの隣で、うううん、と唸り声をあげた河原さんが頭をボリボリとかいて口を開く。
「よし、明日やろう」
 河原さん曰く、暗いからやる気が起きないのだとか。
 関係ない気がする。

 寮に戻ろうと事務所を辞する時、ふと付けっ放しのテレビの音声が耳に入ってきた。彼岸町で起きた連続暴行事件の犯人は未だ捕まっておらず。
 何でも、通行人を狙って殴る蹴るを繰り返し、金品は盗らずに逃走、今も行方を追っているのだそうだ。
「怖いですね、半田さん」
「犯行の動機が分からない。精神が不安定な半人の仕業かもね」
「ま、またまた、そうやって何でも半人のせいにするのは良くないですよ」
「……ヒトハダは性善説を信じる人かな?」
 半田さんはさっさと先へ行ってしまう。僕は慌てて後を追った。性善説を信じるわけではない。けれど僕は、半人を色眼鏡で見られるほど、半人に詳しいわけではないのだ。
 その日の夕食は、コンビニ弁当だった。

 翌朝、僕は半田さんよりも早く起きた。携帯のアラームを使って無理やり目を覚ましたのだった。二段ベッドの下をうかがう。よかった、眠っている。
 僕はさっさと事務所に向かった。鍵はかかっていない。もう所長である河原さんが来ているらしい。きっとパソコンとにらめっこしていることだろう。
 僕はスタッフルームに入っていくと、河原さんに声をかけた。
「よければ、僕がやりますよ」
「え、あ、えっ、ヒトトセ、早いな!」
 僕のことをヒトトセと呼んでくれる人がいる。ああ、なんて嬉しいんだろう。
 河原さんに席を代わってもらって、僕は書類とデータを見比べて、よし、と、一度大きく呼吸をした。
 パソコン検定の資格を持っているのだ。
 これくらいなら、訳はない。
 事務処理でも、スポーツドリンクの補給係でも、何でもいい。
 少しでも役に立ちたかった。
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