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幽霊柘榴
 書類は思いのほか早く片付いた。河原さんが手こずっているからどんなに複雑なのかと身構えていたけれど、なんのことはなかった。
「領収書のデータはこちらにまとめました。少し見やすくしてみたんですけど、どうですか……」
 河原さんが分かりやすいように、色をつけたり、表にしてみたりと工夫をしたのだけれど、余計なお世話だっただろうか。少し不安な僕に返ってきたのは、上ずった河原さんの声だった。
「天才だ! 天才がいるぞ!」
「え、いや、大げさでは……」
「大げさなもんか! パソコンを使えるっていうのはな、ヒトトセ、才能なんだぞ! 俺には到底できないことをお前はやってくれたんだ! いやあ、ありがとう! 本当に助かった!」
「ヒトリミの得意分野はこっちだったか」
 僕を抱きしめて、叫ぶように感謝してくる河原さんの後ろに、いつのまにか半田さんが立っている。半田さんは近くの食堂で売られている唐揚げ弁当を三つほど買っていて、そのうちの一つを僕に手渡してくれた。
「どうせ食べてないでしょ、朝メシ」
「はい、ありがとうございます」

 今日の仕事は一つだけのようだった。なんでも、時間がかかる依頼らしい。拘束時間の割に収入が少ないので、半田さん以外の従業員は断ってしまったのだという。
 彼岸町役場に来た半田さんと僕を、あの世課の事務だろう女の人が待っていてくれた。彼女は丁寧に頭を下げると、送迎用の車を出した。
「人手が足らなくて困ってたんです」
 運転席で事務の女性が言う。
「何のお仕事なんですか?」
 僕が尋ねると、それに答えたのは半田さんの方だった。

「幽霊柘榴の収穫作業だよ」

 彼岸町にある裏目霊園を通り過ぎ、通行止めとなっているはずのトンネルに車は入っていく。何事もなく通り抜けた先にあったのは、薄く霧が立ち込める、レトロな町並みだった。
「ここは?」
「あの世とこの世の境。いいか、ヒトデ、ここで出された食べ物は決して口にするんじゃない。あの世産のものが混じっていたら、一発で人間卒業、あの世の住人だから」
 車から降りながら半田さんは言う。
「そうですよ、この世界で幽霊柘榴を食べたら、一発で、必ず、半人になってしまうくらいなんですから」
 車から降りずに事務員の女性は言った。
「わ、分かりました……」
 恐る恐る頷く僕に半田さんも頷き返して、二人で農園の場所まで歩いて向かうことにした。あの事務の女性は、と尋ねると、半田さんは簡単に告げた。
「あの人は竜神の血を継いだ人だからね。あの世の方が恐れ多くて長居させられないんだよ」
「竜神……」
 普通の人間にしか見えなかったけれど、半人だったのだろうか?
 考えているうちに、赤い実がぽつぽつとついている木々が見えてきた。
「待っていましたよ」
 そう声をかけてくるのは農園の主人である一つ目の男性だ。驚いて固まる僕をよそに、半田さんは慣れた様子で軍手をはめているのだった。

「幽霊柘榴は一年中実る」
「そうなんですか?」
「あの世とこの世の境では割とよくあることだよ。慣れな、ヒトエ」
「お手伝い、ありがとうございます、ヒトエさん」
 農園の主人にまで間違えた名前で呼ばれて、僕はもう、訂正する気力がなかった。艶々した柘榴をカゴに入れていくばかりだ。
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