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オキツネサマ
 目覚まし時計のアラームで目を覚ます。朝の七時。社会人にしては遅い目覚めだ。僕は二段ベッドの上から降りて、壁に埋め込まれた収納スペースから服を取り出した。半田さんの姿はない。
 昨日の晩のことを思い出す。半田さんはちょっとした事件で半人になったという。覚悟の上だったとも言っていた。その覚悟は、いったいどれ程の重さを秘めていたのだろう。
 だって、そうじゃないか。化け物になるんだから。一度半人や化け物になってしまったら、二度と元には戻れないというんだから。
 部屋の扉を開けて外に出た。渡された合鍵で鍵を閉めて、寮の外へ向かう。研修中の腕章を忘れずにつけて、僕は朝ごはんを買いに、近くのコンビニへ向かうところだった。

 コンビニには辿り着けなかった。
 きゃあ、という甲高い悲鳴を聞いたからだ。
 何事かとそちらへ駆けてみると、女性が震えながらある方向を見つめている。
 視線を追って、事態を把握した。
 神社の境内。そこに、両手が鎌の形になった、半分獣のような人物が、唸りを上げて立っていたのだ。
 半人……いや、これは、もうすぐ怪異に変わろうとしている?
 とにかく、何とかしなければ。危険な半人を狩る、赤井さんがやって来てしまうかもしれない。半魚人となった男性のように、この人も飲み込まれてしまうかもしれない。
 僕に策があるわけではなかった。ただ、何とかしたいと思って走り出しただけだった。鳥居をくぐり、両手が鎌状になった人物の前に躍り出る。
 その瞬間だ。
 半分獣と化したその人物が、何かに弾き飛ばされたかのように鳥居の外へ吹っ飛んでしまったのは。
 呆然とする他ない。
 僕がやったわけでは、もちろん、ない。
 吹っ飛んだ人物はきりもみ回転をしながら地面に叩きつけられ……る、その直前に、グレーの作業着姿の誰かに受け止められた。だらりと腕が垂れ下がる。今の一発で意識を失ったらしい。
「やれ、穢らわしい」
 境内の奥から不意に響いてきた言葉に、僕は驚いて振り返った。
 狐面で顔を隠した、神主のような姿の男性が、こちらへ向かって歩いてくるところだった。
「神域に化け物が足を踏み入れるとは、無粋よ、不敬よ、大罪よ」
 真っ白な髪を頭の上で団子状に纏め上げた髪型のその人は、意識を失った半分獣の人物を抱えた半田さんを見て、ふん、と鼻を鳴らす。
「そこな半人は鳥居をくぐる愚行を犯さなんだか……よき心構えよな」
 半田さんを見下しているかのようだ。僕は少しばかり気分を害した。
 半田さんの何を知っているんだと言いたくなって、口をつぐむ。僕だって半田さんのことをよく知っているわけじゃない。それに、半田さんを見て半人と口にしたこの男性はいったい何者なのだろう?

「あれは神の使いだよ」
 気を失っている、カマイタチの怪異と化した人物を、彼岸町役場のあの世課に引き渡して、半田さんは呟いた。
 あの世課は、半人や化け物となってしまった人々の生活を支える課でもあるらしい。赤井さんが所属するうたたね課とは少なからず因縁があると教えられた。
「すごい力で吹っ飛ばしてただろ?」
「はい、あれは何だったんですか?」
「神通力。半人は穢れた存在だから、ああして追い払われる」
「穢れてなんて……いい人だっているじゃないですか」
「そういう話じゃないんだよ。いいか、ヒトツメ、半人は神や神の使いから見れば不浄の存在なんだよ。半人が神域に足を踏み入れることは、基本的に歓迎されないんだ」
 そこで思い出した。
 たしか半田さんは神社の清掃の時、鳥居の内側に入ってこようとしなかった。
 半人前が神社の依頼を受けるなんて無謀。あれは、そういう意味だったのか。
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