二者択一
「私、高校を卒業したら、医療系の大学に入らなければいけないんです」
散らかった食器を片付けながら、酢田みちるさんは言った。
「それは、どうしてですか?」
「実家が病院を経営しているんです。父は院長で、私は一人娘……病院を引き継ぎなさいと、幼い頃から言われて育ちました。その為の許嫁までいます」
「い……許嫁……」
「古い考えだね、まったく」
一人だけ掃除に参加せず、ソファでコーヒーを飲んでいる塩見さんが、ざらりとした声で相槌を打つ。酢田みちるさんから皿やコップを受け取った僕は、それをシンクに運んだ。
酢田さんはソファに腰掛ける。ちょうど塩見さんと向かい合う形で。
僕は塩見さんの隣に座り、彼女に続きを促した。
「私、苦しくって」
俯きながら酢田さんは吐き出す。
「将来のこと、何もかも両親に決められて、こんな人生、意味あるのかなって」
彼女は勢いよく顔を上げた。その瞳は爛々と輝いていて、塩見さんに向けられていた。まるで鼠を見つけたフクロウのようだった。
「その時、母の口から兄の存在を聞いたんです! 私の大好きな月刊・ヌゥの挿絵画家だと、調べているうちに分かって……運命だと思って」
「運命、ですか?」
「だって……だってそうじゃないですか! 両親は私の趣味なんて知りませんし理解もしないでしょうけど、ヌゥの挿絵画家である兄さんなら、私のことを受け入れて……助けてくれるかもしれない! 私に第二の人生を用意してくれるかも……そうじゃなくても、私が私らしく生きることを肯定してくれるかもって」
彼女の頭の中では、そこまで発想が展開していたらしい。窮屈な自分の人生の中で、一筋の光を見たような気になったのだろう。
何もできない十七歳の切なる願いがヘドロのように溢れ出し、塩見さんの表情を曇らせていった。
「二人暮らしだとは思いませんでしたけど、一目でどちらが兄さんか分かりました。私、きっと黒魔術の力が覚醒し始めているんです」
「それは違うね」
あっさりと返した塩見さんに、縋り付くように語っていた酢田さんの表情が凍りついた。笑顔が引きつり、目は見開かれ、時と呼吸が止まったかのようだ。
酢田みちるさんが言うまで気づかなかったが、たしかに彼女は僕と塩見さんを見て、どちらが塩見雪緒なのかを当てた。当てずっぽうだったかもしれないが、僕にはその仕組みが分からない。
「何が違うんですか?」
言葉が出てこない彼女の代わりというわけではないが、僕が彼に尋ねた。
彼は静かに口を開き、そして話し出す。
「どちらが塩見雪緒なのかを見破ったわけじゃない。こちらが塩見雪緒ならいいなと思った方に、声をかけたんだろう」
思わず半開きになった口を慌てて閉じて、僕は酢田みちるさんを見る。何が何だか分かっていない様子の彼女と一緒に、塩見さんの言葉の続きを待った。
「佐藤くん、君は普通だよ」
「え、僕ですか? はい、普通……だと、思いますけど」
「平凡な見た目なんだ。取り立てて美しいわけでもない」
ぐっさりと刺さる言葉を平気で投げてくる彼は、僕が密かに傷ついたことを知らないだろう。力なく、そうですね、と肯定すると、塩見さんは言った。
「それに対して僕はどうだい」
「どうって……」
「白いだろ、髪。肌だって血の気が薄いしね。珍しい外見だとは思ってるよ」
ああ、幽霊のような見た目をしている自覚はあったのか、と彼を見ると、彼はやや不機嫌そうに僕を睨んでくる。
「何を考えているか表情でだいたい分かるってのは便利だね、ポチ」
見破られたか。
そして若干不機嫌なまま酢田みちるさんに向き直り、彼は告げたのだった。
「君は、より非日常な姿形をしている方を、自分の兄の座に据えたんだ」
日常から、逃げ出す為に。