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塩見の隣



「君は僕に、助けてくれるかもしれない、と言ったね。第二の人生を用意してくれるかも、と。……つまり、愛読している月刊・ヌゥのように、非日常に連れて行ってくれるかもしれないと、そう期待したわけだ」
 酢田みちるさんの瞳は、すっかり生気をなくしてしまっていた。おそらく彼女にとって、塩見さんは非日常の使者だったのだ。
 未だ見ぬ兄が、幻想を象徴する雑誌の画家だった。息苦しい人生を過ごしてきた彼女からしてみれば、今すぐにでも飛びつきたい「特別な存在」だったことだろう。行動力がある子供は強い思い込みを胸に、単身で突撃したのだ。
 きっと、救われたい一心で。
 窓の外では、冷たい雨が降り続いていた。
「僕は特別な存在なんかじゃない」
 塩見さんの目には何が映っているのだろう。酢田みちるさんの背後の渦は大きくなっているのだろうか。
 唇を噛み締めて悲しみをこらえるようにしていた彼女は、ふらふらと立ち上がると、彼女が使っている部屋へと戻って行ってしまった。

 それから五分もしないうちに悲鳴が聞こえてきたので、僕は驚いて彼女の部屋に飛び込んだ。
 部屋にあるテレビには、長雨の影響により蛇見谷で土砂崩れが、とテロップが流れている。蛇見谷……確か、酢田さんの実家があるのも蛇見谷じゃなかったか。
 酢田医院と看板が掲げられた病院の決して広くはない駐車場は、山から流れ込んできた土砂に飲まれていた。
「わ、私のせいで! 私のせいで!」
「落ち着いてください、酢田さんのせいじゃないでしょう」
「私……私、兄さんに禁止されても、黒魔術をやめなかったんです! 私を縛り付ける親を恨んで、呪ってしまったんです!」
「……そんな」
 それじゃあ、この土砂崩れは酢田みちるさんの力で?
「そんなわけないだろ」
 塩見さんの一声で、僕はハッと意識を覚醒させたのだった。

「昔から土砂崩れが多い地域には、蛇の字がつけられることが多いんだ。水害が多い地域は竜、地震災害が多い地域は鮎なんかの字がつく」
 水害が多い地域のことは、竜崎の一件で聞いたことがあった。それ以外にも、当てられる字があるなんて知らなかったが。
「酢田さん、あのね、君の黒魔術とやらの効果範囲は、そんなに広くないよ」
「……え?」
「長雨のせいで土砂が落ちてきただけさ。君に責任はない」
 土砂崩れが起きて当たり前の土地だったんだ、と、珍しく優しい声音で、ざらりとした声が告げていた。
「で、でも、私、佐藤さんを呪えました! 食器だって操れたし……」
「それは、僕の体質のせいだよ」
「……兄さんの?」
「僕はね、怪異とコンタクトが取れるんだ。ただし制御も解決もできない」
「怪異……怪奇現象や、お化けですか?」
「そう捉えて構わないよ。信じなくてもいい。君の強い思い込みが怪異を呼び、僕の体質のせいで具現化していたに過ぎないんだ。君の力じゃあない」
 塩見さんが自分自身のことを話すなんて、珍しい。事態が事態だけに仕方ない部分はあるのだろうけど、正直、もっと嫌そうに話すと思っていた。
 塩見さんは僕を見る。色素の薄い瞳がわずかに歪み、口角が上がっていた。

「だからね、誰のことも呪わず、変なことに首を突っ込んではあわあわ慌てふためいてるようなお人好しで、普通の存在じゃないと、僕の隣は務まらないんだ」

 それは、僕のことだろうか?
 見れば、酢田みちるさんの視線は僕の方に向けられている。ひどく驚いたような表情だった。僕だって驚いていた。
 だが、何故だろう。なんだか嬉しい気がする。彼の隣は僕じゃないといけないらしい。そのことに胸が高鳴る気分だ。にやつきを抑える僕に、彼は言った。
「あんまり調子に乗るなよな、ポチ」