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ポルターガイスト



 塩見さんと僕が暮らす家にやって来てからというもの、酢田みちるさんの背後のぐるぐるは大きくなったり小さくなったりと忙しいようだった。彼女の背後を見ているのは塩見さんなのだが、彼曰く、日に日に自己嫌悪の渦が大きくなっているのだそうだ。
「そりゃあ家出して学校も休んでるんだから、罪悪感はあるだろうね」
 塩見さんは他人事のように呟く。仕事机で妖怪の挿絵を描いているところだった。下半身が蛇へと変わっていく女性が、段々と存在感を増していく。ああ、清姫だ。そう思った。
「それで、これからどうするんだい?」
 塩見さんはペンをしまう。髪を振り乱す蛇女は、恨めしそうに虚空を睨んでいる。雨降りが続く重苦しい空気を更に淀ませているような気がした。
「レストラン、映画鑑賞ときて、お次は何だい。子供騙しのご機嫌とりを続けて何がどうなるっていうんだ」
「僕はそんなつもりじゃ……」
「のめり込みすぎなんだよ、佐藤くんは」
 淡々と言う塩見さん。彼の方こそ冷たすぎるというものじゃないか。
「妹さんかもしれないのに、あんまりじゃないですか」
「血を分けた妹である証拠はどこにあるっていうんだい」
「それは……DNA鑑定とか」
「君がその金を払ってくれるんだろうね」
「うう……」
 塩見さんの視線が僕の肩越しに後ろを見つめている。猫のミースケでも見ているのだろう。そのまま塩見さんは口を開いた。

「そろそろ警察に保護してもらおうと思ってさ」

 空を切る音。
 飛んできたのは皿だった。
 叩きつけられて粉々になった白い皿が、リビングの床に虚しく散っている。
「えっ?」
 振り向いた僕の頬を何かが掠る。
 フォークだ。
 赤い引っ掻き傷ができた頬を押さえながら、僕は食器類が飛んできた先に目を向けた。
 酢田みちるさんが、頭を抱えて立っていた。
 周りにカップやナイフを浮かばせながら。
「えっ? ど、どういう……」
 戸惑う僕。当たり前だ。物が浮いているところなんて見たことがない。そんな僕に向けて、塩見さんは小さな声で言った。
「忘れたのかい、ダメ作家。これの思い込みと僕の体質が合わさって、怪異を呼び込んでしまうから追い出してくれって、前に言っただろ」
 塩見さんが彼女をちらりと見る。そしてしれっと言い放つ。
「嫌悪感に飲み込まれかけてるね」
 僕が買ってきた黒猫のシルエットつきのマグカップを、浮いている食器の中からひょいと取り出し、彼は自分の部屋に下がった。
 お気に入りのカップだけ持って避難するなんて、狡い人だ。
 とにかく、今、酢田みちるさんに変な刺激を与えると、このポルターガイストまがいの怪異が襲いかかってくることだけは確かだ。
 きっと塩見さんはミースケではなく、僕の背後にいた酢田さんを見つけて、あえて警察の話題を出したに違いない。
 だったら。
「詳しく話してもらえませんか? 酢田さん、あなたがここに来た理由を」
 ガラス製のコップが飛んできた。僕の腕に当たって、鈍く落ちた。
「僕たちに何ができますか? あなたは僕たちに何を望んでいますか?」
「兄さんの助手になりたい……兄さんのそばにいたいんです!」
「……今すぐじゃないと、いけませんか?」
「決まっています! 今すぐ! 私、兄さんに会って、それから、それから!」
 酢田さんが目を見開く。食器がバラバラ床に落ちていく。彼女は泣いていた。
「私らしく、生きたいんです」
 か細い声が、リビングに響いた。