×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

彼女の背後



「おはよう、ございます」
 部屋から出てきた酢田みちるさんに話しかけてみた。彼女は最初、目を丸くして驚いていたが、やがて僕が塩見さんの隣を陣取っている助手のような存在だと思い出したのか、ツンとした態度で何も言わずにリビングへ向かってしまった。
 リビングには、彼女の分の食事を置いてある。といっても、トーストと目玉焼き、そして紅茶だけなのだが。
 今まで菓子パンを買って食べていた彼女は大いに戸惑っていた。無理もない話かもしれない。唐突にもてなされたら、僕だって身構えるだろう。
「佐藤くんは甘っちょろいんだ。何にでも感情移入してあわあわしちゃってさ」
 自分の部屋でコーヒーをすすっている塩見さんからは冷たい言葉をいただいたが、僕は努めて笑顔でいることにした。酢田みちるさんはそんな僕を気味が悪いもののように見つめながら、朝食をとっていた。
「昼は三人で外食にでも行きませんか?」
「何が目的だい」
 彼が横目で見てくるが、僕は答えない。遊園地の際の塩見さんの真似だった。

 雨の中、紺色のセーラー服を身にまとった黒髪の美少女が、色素の薄い長身痩躯な男性と僕に挟まれて駅前を歩くのは、少しばかり目立ったことだろう。
 僕が外食を提案したのだからと支払いは全て僕が行うことになったが、文句はない。ただ、今月はこれ以上贅沢ができなくなったな、と思うのみである。
「サイズリアンでいいですか?」
「まあ、君の懐具合を鑑みるに、それが妥当だろうけどさ」
「うう……」
 安いイタリアン系飲食チェーン店に入っていく僕たちの後を、酢田みちるさんはついてきた。キョロキョロと辺りを見回しながら。
 席に案内され、メニューを開いて彼女に手渡す。彼女はそわそわと落ち着かない様子で僕を見て、そして塩見さんを見ていた。
「好きに注文していいんですよ、酢田さん」
「お、お任せします」
 彼女はとても緊張した様子で俯いていた。
「その、私、レストランに慣れてなくて……」
「はい?」
 予想外の言葉に僕は思わず問い返す。酢田さんはセーラー服のリボンを細い指でキュッと握りながら、頬を赤らめていた。
「レストランなんて、二ヶ月に一度来るか来ないかで。その時も、父がメニューを決めてしまいますし、私、こういうの、慣れていないんです」
「お父様が決めるんですか? 酢田さんの食事を」
「ええ、うちではいつもそうです。私が良い成績を取ったご褒美に、外食に連れて行ってもらえる程度で……昨日の遊園地だって、私の誕生日でもないのに連れて行っていただけて、驚いていたんです」
「じ、じゃあ、お友達と遊びには行かれないんですか?」
「そんなの、親が許しません」
 なんということだろう。僕は酢田さんにリラックスしてもらおうと思ってファミリーレストランへ連れてきたのに、それが一番彼女を緊張させるだなんて。
 それに、酢田みちるさんのご家庭にも、何か問題があるような気がしてきた。
「両親の言う通りにしていれば、間違いはなかったんです」
 レストランの片隅で俯く酢田さんに視線を向けた塩見さんは、指でぐるぐると円を描いて僕に見せる。自己嫌悪が始まっているらしい。
「でも、縁を切ったんでしょう?」
 僕はそう言った。
「そうだ。昼食をとったら、映画を観に行きませんか?」
「佐藤くんの奢りだろうね」
「は、はい。……ああ、でも、雨が降っているんだった。DVDをレンタルするのでもいいですか?」
 僕のもてなし方は、どこまでもリーズナブルだ。
 酢田さんはその日、初めて自分で食べたいものを注文して、お腹いっぱいに詰め込んだ。レンタルショップで品定めし、死霊や悪魔が出てくるホラー映画を選んで一週間借りた。
 家に帰って映画鑑賞に付き合わされた僕は、ショックな場面で声を上げては酢田さんに笑われてしまうのだった。