×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

渦の向く先



 散々酢田みちるさんに振り回された僕とまったく振り回されなかった塩見さんは、薄暗くなった遊園地のゲートをくぐり、バスで帰宅したのだった。
 前の座席で眠っている酢田みちるさんを見て、塩見さんは言う。
「これの背後にぐるぐるしたものが見えててさ」
「ぐるぐる……ですか」
「そのぐるぐるが、絡みつくように背中に張り付いてるんだよ」
「い、今も?」
「いや、今は見えないんだ。思った通りだった」
 酢田みちるさんの後ろの座席で、二人並んで座っている僕たちは、そう小声で会話をしていた。思った通り、という塩見さんの言葉に、僕は彼の方を向く。
「ぐるぐるの正体とは、何なんです?」
「……嫌悪、かな」
「け……嫌悪……僕を睨んでいた時もありましたか、それ?」
「あったあった。随分と元気にぐるぐるしてたからね」
 嫌悪感が酢田みちるさんを取り巻いているのだという。
「遊園地で遊んでいる時には嫌悪感がなかったんですね」
「他のことで気が紛れたんだろうね。そして嫌悪は君にじゃなく、これ自身に向かっているものだった」
「……いい加減、あれとかこれとか呼ぶの、やめてあげましょうよ」
 いつまでも物のように呼んでは罪悪感を抱きそうだ。僕がおずおずと言うと、塩見さんは色素の薄い瞳でじろりとこちらを見て、きし、と久しぶりに笑い声をあげるのだった。
「甘っちょろいね、本当に、君は」
 嫌悪感が自分に向いていると塩見さんは言っていたが、それでは酢田みちるさんは自分自身を嫌っているようではないかと思い、彼に小声で尋ねてみた。彼は肯定した。理由は分からないが自己嫌悪の渦に取り込まれている。それが今の酢田みちるさんらしい。
 最寄りのバス停に着いたので、僕が酢田さんをゆり起こすことにした。塩見さんはさっさと降りてしまっていて、空を見上げいた。何故なのかはバスを降りてすぐに分かった。
「雨、ですね」
「天気予報じゃ、まとまった雨になるって言ってたからね……早めに帰ろうか」
 コンビニで傘を買わされた。ビニール傘が三本。あくびをしている酢田さんに手渡すと、彼女はすんなりとそれを受け取り、差し始めた。

 雨は範囲を広げ、二日ほど降り続けるらしい。現在、酢田さんが占拠している僕の部屋で、天気予報を見ていた時だった。塩見さんが酢田さんの背後を見つめて、目を細めたのは。
「ぐるぐる、見えますか?」
 声を潜めて尋ねると、彼は小さく頷いて酢田みちるさんを見る。
 それから僕たちは部屋を辞して、リビングにつながる塩見さんの部屋へと戻っていった。本やぬいぐるみや黒いレースだらけの酢田さんの部屋とは違い、塩見さんの部屋には最低限のものしか置いていないように見えた。
「しまってあるだけさ」
 彼は素っ気なく言う。

 一人用のベッドで僕たち二人が眠るのも、慣れたものだ。枕は一つしかないので困りものだが、ソファに置いてあるクッションで間に合わせることにした。
「そういえば、彼女が思い込みだけで僕を呪える理由って、何なんですか」
 僕に背を向けて横たわる彼に尋ねてみると、塩見さんはちらりと視線をこちらによこして、それからざらりとした声で答える。
「自己嫌悪の話をしたろ。それだよ」
「自己嫌悪してると……呪えるんですか?」
「正確には、自分自身を呪ってるんだ」
「酢田さんは、酢田さんを呪って……」
「そうさ。自分自身という一人の人間を既に呪えてるんだ。今更呪う人数が増えたところで、かかる負荷と呪いの跳ね返り以外に違いはない」
 あれが何故自分を呪っているのかは知らないけれどね、と塩見さんは告げて、掛け布団に潜り込んでしまった。
 僕は、酢田みちるさんのことが心配でならない。