塩見の実験
家の中で黒魔術は行わないこと。という、オカルト雑誌関係者ならではなルールが設けられたのが、その日の午後だった。
ルールに従えないなら家を出ることだと塩見さんに告げられた酢田みちるさんは、世界の終わりでも告げられたかのような青ざめた顔をして突っ立っている。
「私の取り柄なんです、黒魔術は」
「その取り柄を悪用したろ。佐藤くんを苦しめた。意味、分かってるのかい?」
「あれは、だって、私、兄さんの家に来てから調子がいいんです! 蛍光灯が割れた時は驚きました。でも、あれもきっと私の力なんです。もう佐藤さんは狙いません。だから……」
「君は」
上から押さえつけるような平坦な声が、酢田みちるさんにかけられた。びくりと肩を震わせる彼女に、ざらりとした声の持ち主は告げる。
「君は、何を呪ってるんだ」
「……兄、さん」
塩見さんの視線は酢田さんの肩を、いや、酢田さんの肩越しに後方を見つめていた。僕の肩にいるミースケを見る時と同じだ。そうやって、彼にしか見えない怪異を、そして奇異なものを見ているのだ。
やがて塩見さんは少しだけ目を見開いた。それが驚きを示すものだと分かったのは、僕だけだったらしい。事情が飲み込めていない酢田さんは、ぽかんと塩見さんを見つめているだけだった。
「……君が、思い込みだけで佐藤くんを呪えた理由が、分かったよ」
そうとだけ呟いた彼は、それきり何も言わなくなってしまった。
もちろん黒魔術は禁止のままだ。
「何が分かったんですか?」
僕が尋ねても、不健康な白さを持つ彼は、健康的な白さを持つ彼女の前では一言も喋ってはくれなかった。
そして何故か僕たちは遊園地にいる。
試してみようと思ってね、と何が何だか分からないことを言われ、僕と酢田みちるさんは塩見さんに連れられてバスに乗り込んだ。
ついた先は、隣の県にある兎山スターワールドだった。
ワンデイフリーパスを三人分購入した塩見さんは、遊園地を楽しむ気なんてないような事務的な態度で、それを僕たちに手渡してくる。訳もわからずフリーパスを手にした酢田さんと僕は、やはり訳もわからず園内へと連れて行かれるのだった。
「好きなのに乗って遊びなよ」
と言われてもだ。塩見さんが何を思って行動しているのかいまいち分からない現状で、呑気に遊ぶわけにもいかないだろう。
恐る恐る酢田みちるさんを見てみると、ゴシックロリータ姿の彼女は呆けたようにアトラクションの数々を眺めていて、一言、潤った声で呟いていた。
「何でもない日に遊園地に来たのなんて初めてです」
「そうかい」
塩見さんは特に興味も示さず、そう言った。
アトラクションに一切乗らない塩見さんの代わりに、僕が酢田みちるさんに振り回されることになったのは、誰がどう見ても予想通りだったかもしれない。
絶叫マシンに連続で三回も乗ったときには、呪われた時よりも強い吐き気が僕を襲ったし、メリーゴーラウンドなんてロマンチックなものに冴えない僕が乗ったのを見て、塩見さんがニタニタ笑っているのを見た際には、ひどい羞恥心に襲われたものだった。
「兄さん、次はお化け屋敷に入りませんか?」
どことなくはしゃいだ様子で酢田さんが誘う。
「僕はいいよ、君らで行っておいで」
素っ気なく返す塩見さんは、アイスコーヒーをちびちびと飲みながらベンチに座っていた。
「し、塩見さん……これ、何を試してるんですか?」
疲労困憊、生ける屍と化した僕に、彼は言う。
「今は見えないんだよね。あの子の後ろにある、ぐるぐるしたものが」