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監視者



「はい、もしもし。ああ、湖沼(こしょう)さん、こんにちはぁ。佐藤くん? いるよ。原稿はまだだってさ」
 塩見さんの家に厄介になって数日。僕はこの同居を後悔していた。
 塩見さんはオカルト雑誌、月刊・ヌゥで僕の担当をしている湖沼さんと連絡を取り合い、僕が原稿を書き上げられるように監視することが多くなっていたのだ。
 初めからそれが狙いだったのかもしれない。そこそこ売れている僕が、これからもそこそこの出来で書き続けられるよう、出版社でなんらかの働きがあったに違いない。そこで、最近僕とべったり一緒な挿絵画家の存在に目をつけたというわけだ。
 挿絵画家と怪奇作家、両方一緒に住まわせれば、メールや電話一つで二人分の進捗状況を把握できる。きっとそんなところだろう。
「僕の方はもうデータ送ったでしょ、確認してって僕の担当に伝えといて」
 塩見さんは余裕だなあ。
 僕はアクババの伝承を調べて、詰まっているというのに。
 アクババ。漢字に直すと悪婆。しかし悪婆で調べると、意地の悪い老女の意味であることしか出てこない。または歌舞伎の役柄が出てくるばかりだ。
「佐藤くん、湖沼さんが締め切り伸びませんよだって」
「わ、わかってますよ……」
 携帯電話を片手に塩見さんが僕の部屋に入ってくる。
 僕は親に勉強を指図された子供のように言い訳がましい声を吐いて、パソコンに向かって唸っていた。
 きし、と彼の声。笑い事じゃあ、ないのに。
「いざという時は僕がお尻叩いて原稿書かせるよ、じゃあね」
 そう言って塩見さんは通話を切ったのだろう、僕の元へ歩いてくるのだった。
「悪婆は乳母に化けるって言われてる」
「え? ……あっ、メモメモ……」
「赤ん坊を絞め殺して、人目のつかない所で食べる……見たことないけどさ」
「参考になります」
「あとは君の文才次第だけど……悪婆にこだわってないで別の話にすれば?」
 塩見さんの細長く青白い指が、パソコンの画面をつついた。液晶の画面はむにゅんと少しだけ歪み、塩見さんが指した場所を示す。
 カーソルの位置だ。
 ワードを開いて、縦書きにした一番最初の行。アクババという怪異を知っているだろうか、とだけ書かれた文章。
 そう。まだ一文しかできていない。
「……乳幼児突然死症候群の話でもしてやろうか? それとも、赤ん坊を誘拐して自分の子として育てた男の話? コインロッカーベイビー?」
「……できれば全部聞かせてください」
「駄目駄目な作家だなあ。リサーチ力が足らないよね。何? 僕が書いてるのと変わらないじゃない、これじゃあ。原稿料半分もらう権利あるよねえ、僕!」
「うう……」
 塩見さんの家に厄介になって数日。僕はこの同居を後悔していた。

「明日までに書かないと、怪異の餌にしてやるからね」

 塩見雪緒は鬼である。
 たしか、少し仲良くなった気がしないでもない、なんて言ってなかったか、この人は。気がしないでもない、なんて遠回しな言い方だったのは、いつ見限ってもいいようにか。
 ううん、鬼だ!
「しょげかえってないで指を動かせよ、ポチ」
 彼のざらりとした声が僕を監視している。それを感じながら、僕は小さくため息をこぼしたのだった。

 そういえば、僕、いつ頃「君」から「佐藤くん」になったんだっけ。

 塩見さん、少しは僕のこと、認めてくれたのだろうか?
「ポーチー」
「か、書いてます! 書いてますってば!」