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ムジナ道



 人混みの中を抜けて路地裏に入る。板張りの塀が続く、人通りの少ない場所だ。
 塩見さんは歩いている途中で、二人に増えたり、色が変わったりした。
 驚いて立ち止まる僕に、彼はきし、と笑う。そして僕の背中を叩いて前に進ませると、あのね、とざらりとした声で話し始めるのだった。
「この路地裏はムジナ道と呼ばれてるんだ」
「ムジナ……アナグマですか?」
「うん、ムジナはアナグマ、ハクビシン、タヌキがごちゃ混ぜになった呼び名のことなんだけど、妖怪としてのムジナはキツネやタヌキと並んで人を化かすものと伝えられてる」
「そ、それがこの場所にいるってことですか」
「さっきから僕ら化かされっぱなしだろ」
 それが何よりの証左だよ、と塩見さんはにんまりと笑い、ムジナ道を歩いていった。狸囃子が聴こえていた。
「人を化かす獣って、けっこういるんですね」
「そりゃね。カワウソも化けるし化け猫も蛇も化ける」
「へえ……蛇も」
 塩見さんはきし、と笑った後、妖怪がいかに曖昧かを語ってくれた。
「同じ現象でも別の名前がついてることなんてザラにあるよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。小豆洗いは、別の地域では米とぎ婆って呼ばれてる。地域によって呼び名が変わる最たる例は、河童だろう? カッパ、河太郎、メドチ、エンコー」
「……じゃあ、同じ名前でも現象が違うって場合もあるんですか?」
「あー……隠れ座頭とか?」
 ムジナ道を二人して並んで歩く。塩見さんは顎に指を当てて、それから口を開いた。僕がメモをし終わるのを待ってのことだった。
「隠れ座頭は子供を攫うっていう妖怪なんだけど、夜に足音を立てる妖怪でもあって、その足音を聞いた人間に富をもたらしたりもする……」
「ブレてますね……」
「夜に出るっていう共通点はあるけどね。あとはキツネ、蛇とかかな? これは元々動物霊だったものと、人間が変化したものに分かれる」
 塩見さんはよく知っているなあ、と感心しながらメモを取り続ける僕は、そこでようやく事態の異様さに気づいた。
 この路地裏、歩いても歩いても終わりがないのだ。
「し、塩見さん、ムジナ道ってこんなに長いんですか?」
「きし」
「笑ってないで説明してくださいよ!」
「だから、化かされっぱなしだって言ってるじゃない。ムジナの気が済むまで道からは出られないよ」
 塩見さんの真骨頂だ。
 怪異とコンタクトは取れても、解決することはできない。
 わかっていて化かされる、それが僕なのさ。と塩見さんがにんまりと笑って、僕の背を再び叩いた。狸囃子が続いていた。
「だから暇つぶしに怪異の雑学喋ってるんだろ。さ、続きいくよ」
「……冷静ですね」
「この道、何度も通ってるからね。ええと、なんだっけ」
「キツネの正体が人間だったってところでしょうか?」
「ああ。生前嘘つきだったり情欲に溺れていたりした人間がね、死後、畜生道に落ちて、狐へと変じるんだよ。これは動物霊のキツネとは違う」
 終わりが見えないムジナ道で、塩見さんのざらりとした声が響く。彼の知識はどこから湧いてくるんだろう。
「狐や蛇に変じた人間霊は、拝まれて神格を持っちゃうことがあるんだけどさ」
「神さまになるってことですか?」
「所詮は畜生道に落ちた人間だから。本当のお稲荷さんや竜神には負ける存在だよ」
 気づけば人通りの多い場所に出ていた。きしきしと笑う塩見さんが、不思議がる僕を指差す。僕に何か問題が? と首を傾げると、不健康の擬人化はこう言った。
「君が慌てふためく様を見たいから閉じ込めてたの、ムジナは。けど、君は僕の話に集中してたろ?」
 つまらなくなって、道から放り出したってことか。