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現実は奇なり



「馬っ鹿だねえー……君、馬鹿だぁ」
 喫茶店の隅で、塩見さんは僕をそう評した。
 竜崎での人身事故から一ヶ月後、僕の貯金残高はほぼゼロに近くなっていた。インターネットで調べてみたところ、神社修繕の義援金を募っていると分かったのだ。
 塩見さんに怪異を解決する力はない。僕にだってない。だが、怪異の解決以外なら、できることはあるはずだ。そこで僕は思い切ったのだ。
「だからって生活費までぶち込む奴がいるかい」
「……大丈夫です、原稿料、もうすぐ入るんで」
「それまでどう生活するのさ」
「も、もやし……」
「馬ぁー鹿」
 塩見さんは吐き捨てる。そして痛烈な一言にうなだれる僕を呆れ返ったような表情で見下ろし、首を傾げた。
「水道、ガス、光熱費……払えるのかい?」
「それくらい残してますよ」
「家賃は? 君ん家アパートだろ」
「……待ってもらいます」
「馬鹿だねぇ」
 いったい今日だけで何度馬鹿と呼ばれただろう。
 塩見さんの冷たい視線を受けてすっかり縮こまってしまった僕に、彼は深くため息をついた。
「やい、貧乏作家」
 ぐう、傷口に塩だ。
「……返す言葉もないです」
 しょぼくれた僕は、ウェイターが持ってきてくれたフライドポテトを食べる元気すらない。
「家賃がいらない家ならあるけど、どうする」
「……え?」
 そのフライドポテトは、ざらりとした声の彼に食べられていた。
 塩見さんの言っている言葉の意味が分からない。家賃がいらない家とはなんだ。もしかして、座敷童子まみれだったあの廃屋だろうか。それとも別の?
 いや、家賃はきっと待ってもらえるはず。廃屋暮らしは避けたいところだ。僕はお断りをしようと口を開いて……
「僕ん家、部屋が空いてるんだけどさ。来る?」
「お邪魔します」
 気づけば頭を下げていた。
「言っとくけど、なんにもないよ」
 コーヒーを飲み終えた彼が精算に向かうのを見送って、僕はまだ呆然としていた。貯金が増えるまでの間だけだろうが、塩見雪緒の家に居候することとなったからだ。
 サトウトシオは二人で一人の作家だと、久しぶりに思い出していた。
「早く来なよ、ポチ」
 塩見さんは僕がしょぼくれていると、決まって犬扱いしてくるようになっていた。きしきしという笑い声に、僕はもう慣れきっていた。

「本当に何もない」
 塩見さんの部屋を見た第一声がそれだった。全体的に白い。床も、壁も、カーテンも、猫足のテーブルも、ソファも白い。
 窓側には白い仕事用の机があり、画材が置かれていた。キッチンには白い冷蔵庫。全体的に殺風景である。
「君の部屋はここ」
 そう案内された場所は、塩見さんの部屋よりも幾分か狭いが、使い勝手の良さそうな部屋だった。真っ白なクローゼットは空っぽで、僕が使っていいのだという。
「転居の手続き終わったら、勝手に掃除して住み着きな」
「住み着くって」
 僕を見て、きし、と塩見さんは笑う。
「それじゃあよろしく、怪異に深入りしちゃう、甘っちょろいお砂糖の佐藤くん」
 サトウトシオは、いよいよ本当にサトウトシオとなったのだった。