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駄菓子屋は夜を行く6

「信じるとは、自分にとって都合の良いように期待することじゃないですよ」

 駄菓子屋の店主の言葉が城田カナの頭に響く。
 良かれと思ってやっていたことが、全て藤代サヤへの負担になっていたというのか。
 全て。
 全て……城田カナの独善だったというのか。

 ありがとう、カナ。
 私はあなたに殺された。

 藤代サヤの遺書に書かれていたあの内容は、確かに間違いなく、城田カナによってじわじわと追い詰められていった藤代サヤの叫びだったのだ。

 それから、どうやって駄菓子屋まで行ったのか、城田カナは覚えていない。
 ふらふらとした足取りで店にやってきたカナは、シャッターを閉めようとしている綿貫の傍をするりと抜けて、勝手に駄菓子屋へと入り込んだ。

「閉店ですよ」

 ぼそりと言うぼさぼさ髪で丸い鼻の女が、シャッターを閉めきらずに城田カナの元へ歩み寄ってくる。作務衣に赤いちゃんちゃんこ姿の人間……のふりをした狸は、青白い顔で足元を見つめている城田カナに、そっと問いかけた。

「どうでした。期待通りでしたか?」

 カナは首を振る。左右に振る。始めは小さかった首の動きがどんどん大きくなっていき、最終的には頭全体を激しく左右に振り乱して泣き始めたのを、駄菓子屋の店主である綿貫は半ば諦めたように見ていた。
 ひい、と息を吸い込んだ城田カナが、涙をぼろぼろこぼしながら言う。

「私のせいだ!」

 茶色いストレートロングの髪が、勢いよくしゃがみこんで泣きじゃくるカナに合わせてすとんと落ちた。所在無さげにちらほらとほつれた髪は、今のカナのように頼りない。

「私……自分が間違ってるなんて思ってなかった……!」

 頭を抱えて泣き喚く城田カナを、綿貫は静かに見つめている。

「私がサヤを……サヤの首を、真綿で絞めていたんだ……私が死なせたんだ……何が、何が“自殺を食い止めてあげたい”よ! 何が“説得してあげたい”よ! 私のせいだったじゃない! 全部、私の!」
「全部ってのは、傲慢な考えじゃないですか?」

 のんびりとした声を上げた綿貫に、涙が止まらないままの城田カナが睨みつけるような視線を寄こす。それに動じた様子もなく、首から雲外鏡を提げた化け狸は言った。

「貴女の影響力なんてたかだか貴女一人分しかありませんよ。サヤさんの全てを貴女が左右していたなんて、思い上がった考えです」
「でも……サヤは日記で、私に恨み言を書いてたのよ。遺書にだって!」
「サヤさんの世界が、城田さん……貴女一人で構成されていると思わないことです。きっかけは貴女だったでしょうけど、原因は多岐にわたる……そういうものですよ」

 ひっ、と引きつった呼吸をして城田カナは黙り込んだ。
 心細さで潰れてしまいそうな胸を押さえて、カナは綿貫を見つめる。涙は枯れていた。
 初めて店に来たときとはまったく印象が違う弱弱しい少女を見下ろして、綿貫はぼそりと独り言ちる。

「人間ってのは、これだから空しい……だが、嫌いじゃない」

 綿貫の言葉の意味は、城田カナには分からなかった。
 作務衣と赤いちゃんちゃんこを着た化け狸は、意味を理解しかねている女子高生に構わず、続けて問いかけた。

「過去……変えますか?」

 そうだ。過去を変えられる店だから頼りに来たのだった。
 はっと目を見開いて、そして城田カナは迷わず頷く。

「私は、変えたい……ちゃんとサヤに謝りたいの」
「そうですか」

 眠たそうな目をした外見年齢三十代の女性は、ゆっくりと頷いた後、シャッターに手をかけて一気に引き下ろした。
 金属の板が悲鳴を上げながら落ちてくる。がしゃん、と強く地面に打ち付けられた鉄扉を前に、城田カナは呆気に取られている。

 シャッターを閉められたら外に出られない。帰ることができない。
 いや、帰る必要はないのだ。

「おいでなさい」

 綿貫はゆっくりと言う。
 駄菓子屋の奥にある居住区に足を進める彼女に、城田カナは黙ってついていった。
 城田カナが帰る先は、あの日なのだ。

 綿貫は合わせ鏡を使った。それと、ろうそく。
 真っ暗な部屋で、城田カナの指先を針で突く。血が滲む。その血で飛びたい過去の日付を紙に書かせ、しっかりと握らせた。

「背後に気配を感じても……何があっても振り向かないこと」

 静かに告げる綿貫が、火が灯ったろうそくを、部屋の端と端に置かれた合わせ鏡の中央に置く。

「こちらを向いて」

 綿貫に促される方向の鏡を見つめ、城田カナは次の指示を待った。

「そのまま歩いて。鏡の中を歩き続けて。紙は手放さないように……さあ、お行きなさい」

 鏡の中を歩く?
 不思議に思った城田カナが綿貫の方を見ようとしたときだった。

「私のほうを見ないで」

 綿貫が静かに告げたのは。

「視線をそらさないで、まっすぐ鏡を見てください。余所見をしている暇など、貴女にはないはずですよ」

 城田カナは背筋を正す。今は綿貫の言葉を信じるしかない。
 化け狸の言葉を信じていいのだろうかと少しだけ疑う気持ちがないではなかったが、何故だか作務衣と赤いちゃんちゃんこ姿の店主を信じようという気持ちがあった。

 カナは歩き出す。
 鏡がカナの足を飲み込む。
 驚きながらも、城田カナはそのまま前へ前へと進んでいった。

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