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駄菓子屋は夜を行く4

 お揃いのキーホルダーだって買った。きっとサヤに似合うと思って購入したそれを手渡して、一緒につけようと提案した事があった。サヤは困ったような笑顔で小さく数度頷いて、さっそくカバンにつけてくれた。

「サヤ。私とサヤは仲良しだって信じてる!」

 そういってサヤと手を繋いだ。サヤはいつも通りの困ったような笑顔でカナを見ていた。
 仲が良かった二人だが、いじめ集団は懲りていなかったようで、再度サヤを狙って暴言を浴びせてきた。

「犯罪者」
 廊下ですれ違うたびにぼそっとかけられる声に、サヤはびくりと怯え、俯いていた。
「ちょっと! なんでそんな事言うのよ! 酷いじゃない!」
 カナが怒りに吠える。いじめ集団ににじり寄っていく。そんなカナを止めようとしていた藤代サヤを見て、いじめ集団の主犯格がへらりと笑っていた。

「だって藤代、万引きしたんだろ? 俺の知り合いが見たって言うんだよ」
 カナはたまらず、怒りに任せて主犯格の頬を平手で打っていた。
 振り返って、真っ青な顔でこちらを見ている藤代サヤと目が合った。なので力強く笑いかけて、城田カナは彼女を励ました。

「大丈夫! 私、サヤが盗んでなんていないって信じてるから!」
 藤代サヤは、いつだってカナの傍で困ったように笑っているような大人しい女子で、決してカナを傷つけるような存在ではなかったという。
 それなのに。
 藤代サヤは自殺した。
 
 私はいじめを受けていました。
 他の誰も助けてくれなかった中、たった一人、手を差し伸べてくれた人がいました。
 それは城田カナちゃんです。
 ありがとう、カナ。
 私はあなたに殺された。

 靴の中にねじ込まれた遺書は、いじめ集団ではなくカナを名指ししていたのだ。
 どうして?
 あんなに仲が良かったのに。
 何故藤代サヤは「あなたに殺された」などとカナの名を書いたのだろう?

「親友だって、信じていたのに……」

 重々しく呟いたカナが口を閉ざす。ごくり、とビールを飲み込む音が嫌に響いた。
 小さなため息。作務衣に赤いちゃんちゃんこを羽織った三十代ほどの女が、いかの酢漬けを食べる。
 その後、眠たそうな目で城田カナを見た。

「“信じる”とは、自分にとって都合の良いように期待することじゃあ、ないですよ」

 丸い鼻をこすりながらぼさぼさ髪の店主はそう言った。
「……どういう意味よ?」
 城田カナの声に棘が含まれる。二人の仲を否定されたような気になって、怒り半分、戸惑い半分といった気持ちだったのだろう。

 綿貫は、自身が首から提げていた小さな鏡の鏡面部分を城田カナに向けて、顎で“覗いてごらんなさい”と示した。

「何よ? 鏡がどうしたって言うの?」
「これは、雲外鏡」
「うんがい……何?」
「雲外鏡ですよ。言ったでしょう、うちは怪異の力で人を過去に送るんだって。これも怪異の一種。真実の姿を映し出す鏡……とでも説明すればよいでしょうか?」

 まあ、まずは見てごらんなさい。話はそれからです。綿貫の言葉に促されて、城田カナは訳が分からないまま鏡を覗き込んだ。
 一瞬、息が止まる。

 たぬきだ。

 いや、綿貫のあだ名のことではない。
 動物の狸がいるのだ。
 鏡の中には、作務衣の上から赤いちゃんちゃんこを羽織った、二足歩行の狸が、半ば諦めたような表情で缶ビールを持って座っているのだ。

「これって!?」
 驚いた様子で鏡から目をそらし綿貫を凝視するカナ。そんな彼女に、綿貫は言った。
「都市伝説と話をつける役の私が人間だなんて、いつ言いました?」
「え……え……」
「これで分かったでしょう? 真実を映す鏡だって。サヤさん、でしたっけ? その方の真実だって見えますよ……どうぞ?」

 再び鏡を向けられて、カナは戸惑った。きらりと輝く鏡面に、背を向けた三つ編みの姿がちらりと映る。
 サヤだ!
 そう思った瞬間、城田カナは思わず鏡を手に取り、深く覗き込んでいた。

「ああ、ちょっと、苦しいんでそんなに引っ張らないでください……」
「ちょっと黙って! サヤ! サヤだわ! サヤ!」
「ぐえ……当時の姿を映しているだけで声は届きませんよ。過去の映像です」

 城田カナは夢中で鏡を見つめていた。親友だと信じていた彼女の姿が次第にはっきりと映される。
 藤代サヤは、涙を流しているようだった。
 手元には日記帳だろうか、ノートが広げられている。泣きながら何かを書いているようだった。

「なんで……なんでサヤは泣いてるの……?」

 藤代サヤは、困ったような笑顔が特徴的な、大人しい友人だったはずだ。少し気が弱いが、城田カナの隣でいつも大人しく微笑んでくれていた……そのはずだった。
 その藤代サヤが泣いている。

「いじめはやめさせたはず……サヤが泣く理由なんて何もないはずなのに、どうして?」

 ありがとう、カナ。
 私はあなたに殺された。

 脳裏によぎったサヤの遺書に、ぞわりと背筋が凍る思いがした。

「私が介入できるのは、こうして雲外鏡を見せることと、過去に送り出すことだけです。サヤさんが泣いてらした理由は、ご自分でお調べになってください」

 鏡を取り上げて綿貫が言う。首が絞まっていたのだろう、はあ、と大きく呼吸をし、眠そうな目でカナをじろりと睨みつけていた。

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