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駄菓子屋は夜を行く3

 で、どういった内容なんですか? とビールを片手に尋ねられ、ロングの茶髪をいらいらと掻き毟る城田カナは口を開いた。

「私の親友が自殺したの!」
「はい。それで?」
「それでって、ここまで聞けば分かるでしょ! 親友の自殺を食い止めてあげたいのよ!」

「……ふうん」
 駄菓子屋店主の反応は薄い。小さくため息をつき、「あげたい、ねえ」とぼやくと、カナを見ながらビールをあおる。ずず、と最後の一滴まで味わった後、綿貫は小さく肩を竦めた。

 城田カナは綿貫ののんびりとした動作にいらいらを募らせていた。まるでやる気が感じられない。変えたい過去を変えてくれるのではなかったのか、と。
 そんなカナの苛立ちを知ってか知らずか、綿貫はマイペースを貫いていた。

「ところで、お嬢さん」
「あ、そういえば名乗ってなかったわね。城田カナよ」
「はい、じゃあ、城田さん……あなたは都市伝説をご存知ですか?」

 鈴カステラを食べながら、綿貫が唐突にそんな事を言う。訝しそうに眉を潜めるカナに、綿貫はもう一度同じ事を尋ねるのだった。

「都市伝説を、ご存知ですか?」
「ええ、まあ……ほんの少しくらいなら」
「ほんの少しでも知っているならいいです。これから過去を変えるシステムについて説明するので、聞いてくださいね」

 まるで世間話でもするかのように綿貫はゆっくりと話し出した。二つ目のビールに手を伸ばそうとしていたのを見つけて手を強く叩いたカナが、システムって何よ、ときつめの口調で言う。
 叩かれた手をさすりながら、綿貫は名残惜しそうに缶ビールに目をやり、そして口を開くのだった。

「過去改変……つまり、タイムリープというやつですね。それに都市伝説が関わってきます」
「はぁ?」
「過去に戻れる、という内容の都市伝説を使って、実際に過去に戻るんですよ」
「な、何それ? どういう意味?」
「どういう意味も何も、それがうちのやり方です。都市伝説や怪異の力を借りるんです」

 城田カナは、呆れた。
 白目をむかんばかりに目を大きく見開いて、肩をがっくりと落としている。
 馬鹿じゃないの。心底そう思った。

 都市伝説と言うのは架空の話で、口頭やネットの掲示板で拡散されていく胡散臭い怪談話がほとんどだ。その都市伝説を使う?

「信じられるわけないでしょ?」
 カナの言葉に、綿貫は半ば諦めたような表情で返した。
「信じられないなら結構ですよ、他をあたってください」
「ぐっ……」

 他にあたれる場所などあるはずがない。
 過去を変えるなどという胡散臭い事を抜かしている店など、ここしか知らない。
 言葉に詰まるカナに、綿貫は「そもそもね」と言葉を発した。

「過去を変えられる店がある、なんていう疑わしい噂にすがってきた人が、都市伝説だけは信じないなんて……そっちの方が不思議ですよ?」
 さっと手を伸ばして缶ビールを手に取った綿貫が、ぷしゅ、と音を立てて缶のタブを起こした。そして一口飲むと、続ける。

「うちはそうやって、怪異の力を借りて人を過去に飛ばしてるんです」
「人を……過去に飛ばす……」
「ええ。一度過去に飛んだら二度と元の時間に戻ってこられません。成功するかどうかもあなたの行動次第。リスキーでしょう?」
「そ……そうね」

 眠たそうな目がカナを捉えた。ゆっくりと瞬きをする綿貫は、ああ、と声を出して再び口を開いた。

「失敗したからもう一度、なんて、何度も過去を変えられちゃ困るんで、過去改変は一人につき一度だけって決まりになってます」
 それでも過去に飛びたいですか? と、綿貫の瞳は問うていた。

 一人一度しか飛べない過去で、もしかしたら失敗するかもしれない可能性もある。しかも二度とこの時間に戻ってくることはできない。それでも「やり直し」を求めるのですか、と、綿貫の目は言っていた。
 カナは頷く。
 綿貫が小さなため息をついた。

「どうしてそこまでして親友さんの死をなかった事にしたいんです?」
「なかった事にしたいんじゃないわ! 自殺しなくて済むように説得してあげないと! それに! だって! 仲が良かったのに何も言ってくれなかったのはあっちなのよ!」
「落ち着いて」

 綿貫の一言に、それまで顔を真っ赤にして捲くし立てていた城田カナははっと息を呑んで冷静さを取り戻した。突然逆上した自分を恥じているのか、こほん、と小さく咳払いをしている。
 綿貫は首から提げた鏡をちらりと覗き見る。そうしてカナに目を向けると、

「何があったんです」
 それだけ尋ねた。
 あとは城田カナの口から全て滑り出てきた。

 自殺した女子高生の名前は、藤代サヤという。城田カナの無二の親友だった。
 カナの記憶の中では、サヤはいつでも笑っていた。
 黒い髪を三つ編みにし、眼鏡をかけている少女だった。控えめで物静かな性格だったからか、困ったような笑みばかりだったのを思い出す。彼女はいつもカナの傍にいてくれた。

 誰よりも深い絆で結ばれていると信じていたし、誰よりも気が合う仲が良い相手だとも思っていた。
 藤代サヤは控えめで大人しく、いじめの標的にされることもあった。辛そうな彼女を見ていられずに、城田カナは行動を起こすことにしたのだった。学級会だ。
 学級会を開いていじめの主犯格を厳しく糾弾した。
 これにより藤代サヤへのいじめはぴたりと消えてなくなったのだ。

 カナは藤代サヤに向かって笑いかける。サヤも困ったような笑みで笑うので、カナは彼女の肩を叩いて励ますように言った。
「私、サヤがいじめに負けるような弱い人じゃないって、信じてるから!」
 サヤは困ったように笑って、小さく数度頷いていた。気持ちが伝わったようで、カナは嬉しかった。

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